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第7章 仲間という絆
午後のお茶会
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窓の外では本格的に雪が降り始めている。
テーブルの上には5人分の紅茶が置かれていた。中央には温めなおしたスコーンと、買ってきたばかりのピンクベリーのジャム。テーブルを囲む面々は不機嫌なエルフとそれを宥める美女、そして人形のように感情の読めない無表情な真紅の男。和やかにお茶を楽しもうという雰囲気では到底なかった。
「ほらほら、冷めないうちにどうぞ。カルネおばさんのスコーンはおいしいのよ」
僅かに緊張の張り詰めた空気の中、リシアの声だけが場違いなほど明るく響く。
「どうやったらこんな風においしく作れるのかしらね。今度レシピ教えてもらわなくちゃ……って思いながら、いつも忘れちゃうのよね。うふふ」
誰に言うわけでもなく大きな独り言を呟きながらスコーンを取り分けるリシアに続いて、レフィスがおずおずとピンクベリーのジャムを差し出した。
「このジャムつけると、凄くおいしいの。良かったら……」
ジャムを差し出したレフィスを、ライリの瑠璃色の瞳が鋭く見つめ返した。別に睨んでいるわけではないが、胸の内に燻る何かが自然と表情に表れてしまったのか、見つめられたレフィスは怯えたように差し出した手を素早く引き戻してしまった。
「ライリったら、そう怖い顔するもんじゃないわ。レフィスが怯えてるじゃないの」
「別に睨んでなんかないよ。のんびりお茶会してる自分に嫌気が差してるだけ」
「あら、自分を卑下するなんて珍しいわね」
「……もういいよ。疲れた」
下を向いたまま紅茶を飲むライリを優しい眼差しで見つめた後、イーヴィが改めて目の前のレフィスと真紅の男、そしてリシアを交互に見つめ返した。
「突然荒々しい訪問をしてごめんなさいね。ライリも気が昂ってただけで、本気でレフィスを傷つけようとした訳じゃないのよ」
「それは、もう大丈夫です。何だか分からないけど……私が、その……怒らせちゃったみたいだから」
ちらりとライリに視線を向けてみたが、その瞳が重なる事はなかった。
「あの……。良かったら、お二人の事を聞かせてもらえませんか?」
本気でそう訊ねてくるレフィスを見て、イーヴィが何かを探るようにリシアへと視線を映す。穏やかな笑みを向けるリシアの瞳の奥に、確かな真実が揺らめいて見えた気がした。
「その前に、レフィスの事を話してくれないかしら?」
「私の事?」
「そう。私たち、ずっとあなたを探していたのよ。あなたはここで何をしていたの?」
探していたと言われ、困惑した表情を浮かべたレフィスが、助けを求めるようにリシアへと視線を向けた。けれどリシアは何を言うでもなく、ただ黙ってレフィスを見つめているだけだった。
「……私、少し前まで冒険者だったんです。でも請け負った依頼の途中で大怪我をして……」
記憶を手繰ってゆっくり話しながら、レフィスが自分の胸に手を当てる。そこには今も痛々しい傷跡が深く残っていた。
「酷い怪我だったらしくて、そのせいで記憶が少し曖昧なんです。だから怪我した時の事も良く覚えてなくて……。もしかしたら、冒険者をしてる時にお会いしたんですか?」
相変わらずむすっとしたままのライリと、何かを考え込んでいるのか少し難しい表情を浮かべたイーヴィを見比べて、レフィスが僅かな不安を胸の内に揺らめかせた。
「うーん……そうとも言えるけれど……。ねえ、レフィス。他に何か覚えている事はない?」
「特には。……ごめんなさい」
「ユリシスの事も?」
「――え?」
申し訳なさそうに俯いていたレフィスが、弾かれたように顔を上げた。表情は曖昧なままだったが、耳の奥に響いて残る名前の韻が、なぜか心の深い場所に切なく突き刺さる。
「……ユリ、シス?」
胸の奥をざわつかせるそれは、名前を音として発した事で、更に深く激しく脈打ち始めた。切ない痛みが連動して、もう痛まないはずの胸の傷を疼かせる。
「……っ」
呼吸が浅くなり、胸元を強く押さえたレフィスを見て、それまで微動だにしなかった真紅の男が音もなく立ち上がった。かと思うと有無を言わさずレフィスを抱きかかえ、そのまま一言も喋らずに奥の部屋へと消えていった。
「……何、あの空気を読まない男」
流れるように行われた一連の動作に、怒りよりもただ呆けたようにぽかんとしたライリが同意を求めてイーヴィへと目を向けた。同じように呆れ顔にかすかな笑みを浮かべたイーヴィが、わざとらしく肩を竦めて見せる。
「まるで姫を守るナイトね。ユリシスがいたら面白かったのにね」
「そのユリシスがいないんじゃないか。石女と一緒にいると思ったけど、いたのはあいつだけだし。……何なんだよ、あいつ」
次第にまた怒りが燻り始めたのか、男が消えていった廊下を睨みながら、ライリがやり場のない思いを抑えようと紅茶を一気に飲み干して、少しだけ咳き込んだ。
「あの子はブラッドって言うのよ。名前がないから、そう呼ばせてもらってるの」
それまで落ち着いた様子で成り行きを見守っていたリシアが、やっと口を開いた。
「ブラッド?」
「そう。だって髪も目も赤くて、まるで血みたいじゃない」
「捻りも何もないじゃないか」
「覚えやすいかなと思ったんだけど」
「……さすが、石女の親」
失礼な物言いのライリだったが、リシアは気を悪くするわけでもなくだた小さく笑うだけだった。
「ブラッドは私たちの遠い親戚なの」
さすがのイーヴィも、この言葉には紅茶を噴出しそうになり、ライリにいたっては遠慮も何もかも忘れて思わずリシアに食って掛かっていた。
「はあ? どこをどう見たら血の繋がりがあるように見えるのさ? そもそも人間かどうかも怪しいくせに、よくそんなでたらめを言う気になったもんだね。ある意味尊敬するよ」
「ふふ。そう言う事にしてあるのよ……レフィスには」
ライリの剣幕にも動じる事なく、静かにお茶を飲んで一息ついたリシアが、その顔から笑みを消して真剣な眼差しを二人へ向けた。
「危険の中に身を置くよりは、このまま静かに穏やかに暮らして欲しい。それが子を持つ母の願いよ。けれどレフィスにとって、このままである事が幸せかどうかは、私には分からないわ。それはレフィスが決める事だもの。でも正直、あなたたちがここまでレフィスを探してきてくれた事には感謝しているの。……笑っているけど、辛そうなのよ。その気持ちがどこからくるのかすら分からないから、なお辛い」
二人を見つめていたリシアが、ふわりと穏やかに微笑んだ。
「あなたたちの来訪が、きっかけになればいいと思うわ」
そう言ったきり、リシアは再び口を閉ざしてしまった。
テーブルの上には5人分の紅茶が置かれていた。中央には温めなおしたスコーンと、買ってきたばかりのピンクベリーのジャム。テーブルを囲む面々は不機嫌なエルフとそれを宥める美女、そして人形のように感情の読めない無表情な真紅の男。和やかにお茶を楽しもうという雰囲気では到底なかった。
「ほらほら、冷めないうちにどうぞ。カルネおばさんのスコーンはおいしいのよ」
僅かに緊張の張り詰めた空気の中、リシアの声だけが場違いなほど明るく響く。
「どうやったらこんな風においしく作れるのかしらね。今度レシピ教えてもらわなくちゃ……って思いながら、いつも忘れちゃうのよね。うふふ」
誰に言うわけでもなく大きな独り言を呟きながらスコーンを取り分けるリシアに続いて、レフィスがおずおずとピンクベリーのジャムを差し出した。
「このジャムつけると、凄くおいしいの。良かったら……」
ジャムを差し出したレフィスを、ライリの瑠璃色の瞳が鋭く見つめ返した。別に睨んでいるわけではないが、胸の内に燻る何かが自然と表情に表れてしまったのか、見つめられたレフィスは怯えたように差し出した手を素早く引き戻してしまった。
「ライリったら、そう怖い顔するもんじゃないわ。レフィスが怯えてるじゃないの」
「別に睨んでなんかないよ。のんびりお茶会してる自分に嫌気が差してるだけ」
「あら、自分を卑下するなんて珍しいわね」
「……もういいよ。疲れた」
下を向いたまま紅茶を飲むライリを優しい眼差しで見つめた後、イーヴィが改めて目の前のレフィスと真紅の男、そしてリシアを交互に見つめ返した。
「突然荒々しい訪問をしてごめんなさいね。ライリも気が昂ってただけで、本気でレフィスを傷つけようとした訳じゃないのよ」
「それは、もう大丈夫です。何だか分からないけど……私が、その……怒らせちゃったみたいだから」
ちらりとライリに視線を向けてみたが、その瞳が重なる事はなかった。
「あの……。良かったら、お二人の事を聞かせてもらえませんか?」
本気でそう訊ねてくるレフィスを見て、イーヴィが何かを探るようにリシアへと視線を映す。穏やかな笑みを向けるリシアの瞳の奥に、確かな真実が揺らめいて見えた気がした。
「その前に、レフィスの事を話してくれないかしら?」
「私の事?」
「そう。私たち、ずっとあなたを探していたのよ。あなたはここで何をしていたの?」
探していたと言われ、困惑した表情を浮かべたレフィスが、助けを求めるようにリシアへと視線を向けた。けれどリシアは何を言うでもなく、ただ黙ってレフィスを見つめているだけだった。
「……私、少し前まで冒険者だったんです。でも請け負った依頼の途中で大怪我をして……」
記憶を手繰ってゆっくり話しながら、レフィスが自分の胸に手を当てる。そこには今も痛々しい傷跡が深く残っていた。
「酷い怪我だったらしくて、そのせいで記憶が少し曖昧なんです。だから怪我した時の事も良く覚えてなくて……。もしかしたら、冒険者をしてる時にお会いしたんですか?」
相変わらずむすっとしたままのライリと、何かを考え込んでいるのか少し難しい表情を浮かべたイーヴィを見比べて、レフィスが僅かな不安を胸の内に揺らめかせた。
「うーん……そうとも言えるけれど……。ねえ、レフィス。他に何か覚えている事はない?」
「特には。……ごめんなさい」
「ユリシスの事も?」
「――え?」
申し訳なさそうに俯いていたレフィスが、弾かれたように顔を上げた。表情は曖昧なままだったが、耳の奥に響いて残る名前の韻が、なぜか心の深い場所に切なく突き刺さる。
「……ユリ、シス?」
胸の奥をざわつかせるそれは、名前を音として発した事で、更に深く激しく脈打ち始めた。切ない痛みが連動して、もう痛まないはずの胸の傷を疼かせる。
「……っ」
呼吸が浅くなり、胸元を強く押さえたレフィスを見て、それまで微動だにしなかった真紅の男が音もなく立ち上がった。かと思うと有無を言わさずレフィスを抱きかかえ、そのまま一言も喋らずに奥の部屋へと消えていった。
「……何、あの空気を読まない男」
流れるように行われた一連の動作に、怒りよりもただ呆けたようにぽかんとしたライリが同意を求めてイーヴィへと目を向けた。同じように呆れ顔にかすかな笑みを浮かべたイーヴィが、わざとらしく肩を竦めて見せる。
「まるで姫を守るナイトね。ユリシスがいたら面白かったのにね」
「そのユリシスがいないんじゃないか。石女と一緒にいると思ったけど、いたのはあいつだけだし。……何なんだよ、あいつ」
次第にまた怒りが燻り始めたのか、男が消えていった廊下を睨みながら、ライリがやり場のない思いを抑えようと紅茶を一気に飲み干して、少しだけ咳き込んだ。
「あの子はブラッドって言うのよ。名前がないから、そう呼ばせてもらってるの」
それまで落ち着いた様子で成り行きを見守っていたリシアが、やっと口を開いた。
「ブラッド?」
「そう。だって髪も目も赤くて、まるで血みたいじゃない」
「捻りも何もないじゃないか」
「覚えやすいかなと思ったんだけど」
「……さすが、石女の親」
失礼な物言いのライリだったが、リシアは気を悪くするわけでもなくだた小さく笑うだけだった。
「ブラッドは私たちの遠い親戚なの」
さすがのイーヴィも、この言葉には紅茶を噴出しそうになり、ライリにいたっては遠慮も何もかも忘れて思わずリシアに食って掛かっていた。
「はあ? どこをどう見たら血の繋がりがあるように見えるのさ? そもそも人間かどうかも怪しいくせに、よくそんなでたらめを言う気になったもんだね。ある意味尊敬するよ」
「ふふ。そう言う事にしてあるのよ……レフィスには」
ライリの剣幕にも動じる事なく、静かにお茶を飲んで一息ついたリシアが、その顔から笑みを消して真剣な眼差しを二人へ向けた。
「危険の中に身を置くよりは、このまま静かに穏やかに暮らして欲しい。それが子を持つ母の願いよ。けれどレフィスにとって、このままである事が幸せかどうかは、私には分からないわ。それはレフィスが決める事だもの。でも正直、あなたたちがここまでレフィスを探してきてくれた事には感謝しているの。……笑っているけど、辛そうなのよ。その気持ちがどこからくるのかすら分からないから、なお辛い」
二人を見つめていたリシアが、ふわりと穏やかに微笑んだ。
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