Bloody Rose

紫月音湖(旧HN/月音)

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第7章 仲間という絆

おかえり

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 ぱちんと、ひときわ大きな音を立てて、焚き火の炎が爆ぜた。
 その音にはっと顔を上げたものの、四人は未だ沈黙の淵に佇むだけだった。ルージェスは静かに目を伏せて、その沈黙が答えだと静かに悟る。

「……赤い髪の男は、いたのですね」

 呟きとも取れるほどの小さな声に、かすかな落胆の色が垣間見える。しかしそれは一瞬で消え、次に顔を上げたルージェスは毅然とした態度で後ろに控えていたカロンへと振り返った。

「カロン、城へ戻りましょう。急いで兄様へ報告して、ユリシスを救出に行かなくては」

「ですが、ブラッディ・ローズは……」

「秘宝は継承者にしか扱えません。私がここへ来た目的は、秘宝が今どこにあるかを知る事です。継承者が誰であれ、秘宝が今ユリシスの手元にはなく、ここを守る事に使われているのであれば、私たちは急ぎユリシスを救出に行かなければ手遅れになります」

 少しの迷いもなく強い意思を持って告げられた言葉に、カロンはひとつ頷いてすぐさま転送魔法陣の呪文を唱えにかかった。依然無言のままのイーヴィたちに軽くお辞儀をして、ルージェスが素早く立ち上がる。

「お話していただいてありがとうございました。では私たちは戻ります」

 少しの時間も惜しいのか、ルージェスは挨拶も簡単に済ませ、そのまま呪文を詠唱するカロンの前へ進み出る。待っていたかのようにルージェスの足元を中心にして、青白い光の線が滑りながら魔法陣を形成した。滑る度に小さな光の粉を巻き上げ、それは柔らかくルージェスの体に纏わりついていく。

「ちょっと待って。助けに行くと言っても、国が動けば戦争になりかねないわ。相手はあのルナティルスよ。それとも、秘密裏に動ける部隊がルウェインにあるの?」

 それまで黙っていたイーヴィが、険しい表情のまま言葉を発した。それは今すぐにでも発動されようとしていた魔法を止めるには十分で、痛い所を突かれたのかルージェスがかすかに動揺して下唇を噛みしめた。

「……それは」

「仮にジルクヴァイン王家が亡命したルナティルスの王子と親しかったとして、彼を救う為にルナティルスへ軍を送ったとしてもよ。ルナティルスに捕えられている『彼』が、亡命した王子だと言えるだけの証拠があるの? 今、『彼』は、唯一の証拠となりうる秘宝ブラッディ・ローズを持っていないのでしょう?」

 ルウェインの王家が軍を率いてルナティルスへ赴いても、捕えられているユリシスがルナティルスの王子である証拠がなければ、その進軍は侵略の疑いをかけられ戦争に発展する恐れすらあるのだ。現にルナティルス側がユリシスを王子ではないと言えば、ブラッディ・ローズを所持していないユリシスは身分を証明出来ない。

「三国家間の同盟も結ばれていない今は、事を大きくするべきではないわ」

「でも急がないとユリシスの身に危険が」

「助けに行かないとは言ってない。動くなら迅速に、かつ気付かれないように侵入できる少人数で行くべきだと言っているのよ。……ね、ライリ?」

 そう言ってウインクしてきたイーヴィに、ライリが諦めたように溜息をついて眉間に皺を寄せた。

「まぁ、分かってはいたけどさ……。せめて心の準備とか、させてくれない?」

「準備が必要なほど、貴方の心は繊細だとは思わないけど?」

 口では勝てないイーヴィを軽く睨んで、ライリが重い腰を上げて立ち上がった。

「とりあえず、その何とかって言う側近の話、聞きに行く? 話出来るんだよね、そいつ」

「え……えぇ、意識は戻っています。……でも、本当に二人だけで行くつもりですか?」

 不安げに二人を見つめたルージェスに、イーヴィがにっこりと微笑んで見せた。

「苛々して力を発散させたい男が、ここに一人いるから大丈夫でしょ。何とかなるわ」

「……力を発散させたい『男』、ね」

 ぽつりと呟かれたライリの言葉に、イーヴィが意味ありげに唇を引いて笑った。

「さて、そうと決まったら急ぐわよ。貴方……えぇと、カロンだったかしら? 悪いんだけど、私たちの分まで転送魔法の詠唱をお願いできないかしら? 見たところ、貴方の魔法力って物凄く強そうなんだけど……駄目?」

 あからさまな上目遣いと色気溢れる微笑でお願いしてきたイーヴィに、免疫力のないカロンが見て分かるほど動揺して顔を赤らめた。その横で密かに眉を顰めたルージェスはカロンの足にヒールの踵を食い込ませ、彼女なりのささやかな抵抗を試みたのだった。





 カロンの魔力で四人纏めて連れて行けない事はなかったが、万が一の事も考えて先にルージェスを送り、その後戻って来たカロンによってイーヴィとライリは城へ行く事に決まった。
 既に発動された転送魔法陣の名残を見つめながら、イーヴィは静かに息を吐いた。城へ着いたルージェスが兄王レオンに先程の話をしている場面を思い浮かべて、意図的に目をきつく閉じる。その瞼の裏側に、真紅を纏う男の姿が揺らめいて消えた。

 ルナティルスの秘宝、ブラッディ・ローズ。扱う者によって善にも悪にもなり、そして幾度も邪なる者に狙われ続けてきた小さな石は今、剣一振りで倒れてしまうであろう力なき女の手にある。国同士の争いに巻き込まれ、邪悪な者からも狙われ、必要と在らば非道な決断をも迫られるかもしれない。人の、世界の抱える闇を十分に知らぬ、まだ若き人間の女が。

「……ユリシスが何も言わずに消えてしまった理由のひとつは、これだったのかもしれないわね」

 誰に聞かせるわけでもなく、ぽつりと呟く。
 望もうと望むまいと、遠くない未来、レフィスは国の……世界の大きなうねりに身を投じる事になる。ブラッディ・ローズの継承者としてその存在が知られれば、力を乞われ、時に狙われ、今まで当たり前だった平穏が彼女から奪われる。力とは、そういうものだ。
 ただ仲間に会いたいと言う願いひとつで動いてきたイーヴィだったが、ユリシスの望まぬ形でレフィスの存在をジルクヴァイン王家に伝えてしまった事に、今はただ言葉をなくして己の愚かさを呪うばかりだった。

「唯一の救いは、あいつが具現化してる事だ」

 ただ何をするでもなく座っていたライリが、突然口を開いた。かすかに後悔の色を滲ませていたイーヴィの目をじっと見据えたライリは、今までにないくらいしっかりとした表情を浮かべている。

「レフィスだけだったら都合のいいように扱われるのは目に見えてる。でも……あいつが、意思を持って隣にいる。実際レフィスの命令しか聞かないデカイだけの人形だったとしても、あいつの姿はそこに居るだけでかなりの抑制になると思うよ」

 思っても見ないライリからの言葉に、イーヴィが驚きを隠せずに見開いた鳶色の瞳でライリを凝視した。

「それに今は使い物にもならないしね、あの石女。大体、石女の力なんか借りなくたって、僕とイーヴィでさっさと片付けてくれば何の問題もないだろ」

「ライリ……貴方、思ったよりいい事言うのね」

 そういったイーヴィが柔らかい微笑を浮かべているのに気付いて、ライリが僅かばかりその視線を泳がせた。

「何、その生暖かい目。だっ、大体あいつが役に立ったためしなんて今まで一度もなかったじゃないか!」

「あら、そう?」

「そうだよ! 森に入っては迷子になるし、あからさまな罠には引っかかるし、雑魚敵に見せかけた強敵にこれ幸いと一人で挑んでいくし! ああもう、何だよあいつ! 本っ当、手のかかる女!」

 記憶を辿れば辿るほど、あまり良くない思い出ばかりが浮かんでくる。悪態をつきつつも、その声音に本音が混じっていない事など、言わずとも知れた事だった。

「手がかかるほど、可愛いものね。ふふ」

「何それ。むしろ居ない方が動きやすいよ!」

 そう叫んでイーヴィを睨んだライリの耳に、声が届く。さっき聞いたばかりなのに、もう随分と聞いていなかったような気がするほど、懐かしい声が。

「今度は絶対役に立つから! だから私も一緒に連れてって……下さい」

 驚いて振り返った二人の前に、懐かしい白いローブを纏ったレフィスが立っていた。若草色の瞳に先程まで揺らめいていた曖昧さは一切なく、そこにあるのは確かな意思と揺ぎ無い決意を秘めた強い光だった。

「レフィス……貴女」

「こんな所まで迎えに来てくれて……本当にありがとう。二人が来てくれなかったら、私大切なものを忘れたままずっと一人で生きていくだけだったと思う。心にぽっかり穴を開けたまま……」

 胸に手を当てて僅かに俯いたレフィスが、続きを口にする前に深く息を吸い込んだ。冷たい空気が肺を伝って全身に行き渡り、今まで眠っていたレフィスの意識を完全に目覚めさせる。

「フィスラ遺跡から今までの事、全部思い出したの。あの時どうしても皆と一緒に行きたいと願った私のわがままのせいで、皆をばらばらにしてしまってごめんなさい。私には皆と一緒に行けるだけの力がなかった。……でも、今は違う」

 唇をきゅっと噛み締めて、目の前の二人を真っ直ぐに見つめた。かすかに震えた指先を隠すように、拳を作って自分を奮い立たせる。

「今の私には、ユリシスが残してくれた力がある。でも……どう役に立てたら良いのか、正直まだ分からないの。強すぎる力は良くないものを生むし、もともと力のない私に制御できるとも思えない。だから……、だから私がこの力を間違えないで使えるように、側にいて見張っててほしいの。そして私を……また一緒に連れて行ってほしいの。……お願いします」

 そう言って、レフィスがぎゅっと目を閉じて頭を下げた。叱られた子供が親の言葉を待つように、小さな体をかすかに震わせて、まるで泣くのを我慢しているようにも見える。その哀れなまでにか細い姿に、イーヴィは心の底から愛しさを感じずにはいられなかった。

「レフィス。それよりも、もっと他に言う事があるんじゃないの?」

「……え?」

 恐る恐る顔を上げたレフィスに、イーヴィが優しい笑みを浮かべた。その横ではライリがいつも以上に眉間に皺を寄せていたが、瑠璃色の瞳はかすかに揺らめいて泣いているようにも見える。

「私たち、本当に会いたかったのよ。その一心でここまで来たけど、肝心の貴女は記憶を失っているし……正直もう心が砕けそうだったわ」

「ご、ごめんなさ……」

「そうじゃなくて」

 言い直されて、再び口を噤む。その拍子に、レフィスの瞳から涙が一粒零れ落ちた。その熱は、今まで閉じていた記憶を溶かすように、じわりとレフィスの中に染みこんで行く。言葉を発する為に開いた唇から、嗚咽が漏れる。それが合図となって、涙が次から次へと溢れ出した。

「――あ、会いたかった……。私も、皆に……また会えて、よかったっ」

 子供のように泣きじゃくるレフィスをイーヴィが優しく抱きしめて、ライリがこつんと頭を叩く。

「お帰りなさい、レフィス」

「……――ただいま」

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