Bloody Rose

紫月音湖(旧HN/月音)

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第9章 温泉郷へいらっしゃい

朝の風景

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 今日も変わらず朝が来る。
 まだ太陽も昇らない早朝から街は起き始め、店を構える店主たちは各々の仕事に取りかかり始める。宿屋は宿泊客の朝食の仕込みを始め、花屋は水を取り替えたバケツに色とりどりの花を入れて店先に並べる。焼き上がったばかりのパンの香ばしい香りが漂う店の斜め向かいには、年季の入った木の台車にフルーツを並べる露店の店主が「あいたっ!」と短い声を上げて商品のひとつを荷台から転がり落としていた。
 ごろんごろんと地面を転がった赤いフルーツは、斜め向かいのパン屋から出てきた男の足に当たって止まる。拳くらいの大きさのフルーツを拾い上げると、それはフレズヴェールの太い親指に食らい付こうと赤い表面に歯のようなものを剥き出しにした。

「あ、すみません! それもぎ取ったばっかで活きがいいんで気をつけて下さい!」

 袋片手に駆け寄ってきた若い店主が、フレズヴェールの前で頭を下げる。彼の持ってきた袋の中にフルーツを入れながら、フレズヴェールが懐かしそうに目を細めた。

「ミロフィの実か。懐かしいな」

「ここらじゃあんまり見かけませんもんね」

「まぁ、な。こんな見てくれだしな」

 二人の視線を受けて、袋の中のフルーツが更に激しくガチガチと歯を鳴らした。

「良かったらそれ、もらって下さい。落とした拍子に傷が付いてるかもしれないけど……味は保証しますよ!」

 店主のさりげない心遣いに、フレズヴェールがにやりと笑みを返した。
 さっきからガチガチを煩く歯を鳴らす赤いフルーツはミロフィと呼ばれ、主に獣人の国ウルズで食されている。少し、いやかなり珍しい果物で、ミロフィは木からもぎ取る事で熟し始める。木にぶら下がっている状態では普通の赤い実が、もぎ取ると同時に歯を鳴らす。そしてその音が止むと実が熟し、ちょうど食べ頃になるのだ。
 少々グロい見た目からは想像できないほど甘く、ジャムやジュースにも加工されるが、生のまま齧り付くのは獣人くらいだ。その為か果物のままで流通することはあまりない。獣人であるフレズヴェールも、ミロフィの実を店頭で見かけたのは随分と久しぶりだった。

「そんじゃ、ありがたく頂戴するぜ。久しぶりに故郷の味でも堪能するかね」

 朝食のパンを買いに来たついでに思わぬ収穫を得て、フレズヴェールの顔が自然と綻ぶ。
 店主と別れてギルドへ戻るフレズヴェールの脳裏には、ミロフィに誘発されて遠い故郷の自然豊かな国が浮かび上がる。ミロフィに齧り付いた弟が、逆にミロフィに齧り付かれて大泣きした幼い頃の記憶までもが甦り、懐かしさにふっと声を漏らして笑った。


 ギルドにつく頃には、空に太陽の光が射し始めていた。
 大通りも少しずつ人が増え始め、数時間後にはベルズの街も完全に目を覚ますだろう。
 新しい依頼が幾つか来ていた。先日魔物討伐を依頼した冒険者が、そろそろ報酬を取りにも来るだろう。今日もギルドは大忙しだ。

「もう一人くらい補佐が欲しいもんだ」

 ぼやいて、おもむろにパンを頬張る。行儀は悪いがここで朝食の時間を短縮し、戻ったらギルドを開けるまでの小一時間で仕事の段取りをしようと咀嚼を早めた。

(あー……カロムティーが切れてたな。マローダでもいいか)

 爽やかな味のカロムティーを好んで飲むエルフを思い出して、フレズヴェールの胸が少しだけ鈍い痛みを覚えた。
 フィスラ遺跡での惨劇の後、ライリたちは状況が何も分からないまま一方的にパーティ解散を告げられた。イーヴィは困惑しながらも湧き上がる思いを必死に押し止め、反対にライリは怒りのあまり魔力を暴発させてギルドを吹っ飛ばしかけた。そんな二人を心配して、フレズヴェールは旧知の仲であるアシュレイを紹介したのだった。
 それ以降、今度はライリたちからの連絡もぱったりと途絶えてしまった。アシュレイに聞いてはみたものの、さすがの彼も掴んでいる情報は何もなかった。

(置いて行かれるもんの気持ちは痛いくらい分かってるはずだろうが。……連絡くらい寄越しやがれってんだ!)

 心の中で悪態をつきながら、フレズヴェールが持っていたパンのかけらを口の中に放り込んだ。
 ――がりっ!
 と、パンと一緒に頬の内側まで一緒に噛んでしまい、慌てて飲み込んだパンが鉄臭い味に変化する。

「……っ」

 ミロフィを貰っていい朝だと思った矢先に、これだ。
 はあっと溜息をひとつ零して、沈みかけた気持ちを浮上させるように、今度は胸いっぱいに朝の新鮮な空気を吸い込んだ。腕をぐっと上げて大きく伸びをしたフレズヴェールが、見上げた青空から視線を戻して前方を見やると、まだ開いていないギルドの入り口に人影が見えた。

 白い法衣を纏った栗色の髪の女がこちらを見ると同時に、フレズヴェールも気付けば走り出していた。

「レフィス!」

 手に持った袋の中で、ミロフィが嬉しそうに鳴っていた。
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