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第2章 夢のかけら
芽生える思い・4
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「シェリルっ? 今までどこに行ってたの!」
アルディナ神殿へと帰り着いたシェリルを一番に見つけたのは、親友クリスティーナだった。大聖堂からシェリルのいる中庭まで駆け寄ってきたクリスティーナのその声に、今度は神官長エレナまでもが大聖堂から顔をのぞかせる。シェリルの真横に浮いていたルーヴァは人の目に映らない為、クリスティーナはルーヴァの存在にまったく気付く気配がない。
「一体どこで何をしていたの! 黙っていなくなるなんて」
「ごっ……ごめん、クリス。これには訳が」
クリスティーナの剣幕に二、三歩後ずさりながら横目でルーヴァに助けを求めたシェリルだったが、ルーヴァは『人に姿を見せる事は禁じられています』と、面白そうに言うだけだった。
「クリスティーナ、もうそのくらいにしておあげなさい。シェリルだって何か訳があったのでしょうから」
優しい声音でシェリルをクリスティーナの説教から助けてくれたのはエレナだった。シェリルの前に立ったエレナはその横に浮くルーヴァへと目を向けて、静かに小さく頭を下げる。
「エレナ様? もしかして、分かるんですか?」
「あなたに神のご加護があったようですね」
エレナの言葉にシェリルとルーヴァはお互いの顔を見合わせて驚き、クリスティーナは一体何の事だか分からずに首を傾げた。人の目が天使の存在を映す事はないが、エレナのように信仰の厚い者ならばその姿を見る事も不可能ではない。
「話は後でゆっくり聞きます。疲れているのでしょう? 夜までゆっくりお休みなさい」
そう言ってもう一度ルーヴァに頭を下げたエレナは、シェリルを促すように神殿へと歩き始めた。
「そのうちカインが降りてくると思いますよ。それまであの方が言ったようにゆっくりした方がいいでしょう」
空に上昇しながらシェリルの心に直接語りかけてきたルーヴァは、そのまま風に乗って光と同化するように消えていく。天界へ戻っていったルーヴァを見送りながら、心のどこかでカインの事を思い出していたシェリルは、強く頭を振ってエレナとクリスティーナの後を追いかけて行った。
見る影もなく崩れ落ちた教会。その瓦礫の山の前にひとり佇むロヴァルの胸に、愛した影が甦る。
一度は死ぬ事でセレスティアのいない現実から逃げようとした。けれど、今なら分かる気がする。命をかけてロヴァルを守った、セレスティアの気持ちが。
「もう二度と、逃げたりしない」
自分に強く誓って、ロヴァルは消えていきそうになるセレスティアの残像を捕まえようと瞳を閉じる。
『ロヴァル……。愛してるわ』
遠くの方で、懐かしい声を聞いたような気がした。
「……あの、大丈夫ですか?」
ふいに真後ろから声をかけられ、ロヴァルは閉じていた瞳をぱっと開いた。蹲ったまま動かないロヴァルを心配したのだろう。少し遠慮がちに響いた女の声に、ロヴァルがゆっくりと後ろを振り返った。
「ああ。……気にしないでくれ」
そっけなく答えてその場を立ち去ろうとしたロヴァルの瞳に――見覚えのある藍色が飛び込んだ。
ロヴァルに声をかけた女の胸元で揺れる光は、間違いなくあの時セレスティアと永遠の愛を誓い合った、世界にたったひとつしかない藍晶石のかけら。
「セレスティアっ?」
驚いて顔を上げたロヴァルの前に立っていたのは、神官服を着たひとりの女だった。
肩で切り揃えられた髪を風になびかせてセレスティアそっくりの笑みを浮かべた女は、目の前のロヴァルに対して丁寧に頭を下げる。
「あの私、リディアと言います。こちらの教会で働くようになっていたのですが」
言いながらリディアと名乗ったセレスティアそっくりの神官は、崩れ果てた教会へ目を向けて呆然と立ち尽くした。
「……リディア?」
「はい?」
「今まで、どこに?」
「それがよく分からないんです。数週間前からの記憶が、その……。六日前に目を覚まして、それからこちらへ来たものですから」
少し俯いて語るリディアの額には、もう三日月の刻印はなかった。おそらく彼女はセレスティアの生まれ変わりで、ディランによって魂を抜き取られていたのだろう。偽りのセレスティアが死んで、彼女の魂はやっとリディアの体へ戻る事が出来た。
ロヴァルとの愛を受け継いで、戻って来たのだ。
「リディア」
優しく、そして少しだけ切ないロヴァルの声音を、なぜか懐かしいと感じたリディアの胸がとくんと鳴る。
「お前にとって、辛い記憶を思い出させてしまうかもしれない。……でも、俺はお前に思い出して欲しい。ここで何があったのかを」
ロヴァルの真っ直ぐな視線を受け止めたリディアの胸元では、藍晶石が過去を思い出すように濡れた輝きを放っていた。
アルディナ神殿へと帰り着いたシェリルを一番に見つけたのは、親友クリスティーナだった。大聖堂からシェリルのいる中庭まで駆け寄ってきたクリスティーナのその声に、今度は神官長エレナまでもが大聖堂から顔をのぞかせる。シェリルの真横に浮いていたルーヴァは人の目に映らない為、クリスティーナはルーヴァの存在にまったく気付く気配がない。
「一体どこで何をしていたの! 黙っていなくなるなんて」
「ごっ……ごめん、クリス。これには訳が」
クリスティーナの剣幕に二、三歩後ずさりながら横目でルーヴァに助けを求めたシェリルだったが、ルーヴァは『人に姿を見せる事は禁じられています』と、面白そうに言うだけだった。
「クリスティーナ、もうそのくらいにしておあげなさい。シェリルだって何か訳があったのでしょうから」
優しい声音でシェリルをクリスティーナの説教から助けてくれたのはエレナだった。シェリルの前に立ったエレナはその横に浮くルーヴァへと目を向けて、静かに小さく頭を下げる。
「エレナ様? もしかして、分かるんですか?」
「あなたに神のご加護があったようですね」
エレナの言葉にシェリルとルーヴァはお互いの顔を見合わせて驚き、クリスティーナは一体何の事だか分からずに首を傾げた。人の目が天使の存在を映す事はないが、エレナのように信仰の厚い者ならばその姿を見る事も不可能ではない。
「話は後でゆっくり聞きます。疲れているのでしょう? 夜までゆっくりお休みなさい」
そう言ってもう一度ルーヴァに頭を下げたエレナは、シェリルを促すように神殿へと歩き始めた。
「そのうちカインが降りてくると思いますよ。それまであの方が言ったようにゆっくりした方がいいでしょう」
空に上昇しながらシェリルの心に直接語りかけてきたルーヴァは、そのまま風に乗って光と同化するように消えていく。天界へ戻っていったルーヴァを見送りながら、心のどこかでカインの事を思い出していたシェリルは、強く頭を振ってエレナとクリスティーナの後を追いかけて行った。
見る影もなく崩れ落ちた教会。その瓦礫の山の前にひとり佇むロヴァルの胸に、愛した影が甦る。
一度は死ぬ事でセレスティアのいない現実から逃げようとした。けれど、今なら分かる気がする。命をかけてロヴァルを守った、セレスティアの気持ちが。
「もう二度と、逃げたりしない」
自分に強く誓って、ロヴァルは消えていきそうになるセレスティアの残像を捕まえようと瞳を閉じる。
『ロヴァル……。愛してるわ』
遠くの方で、懐かしい声を聞いたような気がした。
「……あの、大丈夫ですか?」
ふいに真後ろから声をかけられ、ロヴァルは閉じていた瞳をぱっと開いた。蹲ったまま動かないロヴァルを心配したのだろう。少し遠慮がちに響いた女の声に、ロヴァルがゆっくりと後ろを振り返った。
「ああ。……気にしないでくれ」
そっけなく答えてその場を立ち去ろうとしたロヴァルの瞳に――見覚えのある藍色が飛び込んだ。
ロヴァルに声をかけた女の胸元で揺れる光は、間違いなくあの時セレスティアと永遠の愛を誓い合った、世界にたったひとつしかない藍晶石のかけら。
「セレスティアっ?」
驚いて顔を上げたロヴァルの前に立っていたのは、神官服を着たひとりの女だった。
肩で切り揃えられた髪を風になびかせてセレスティアそっくりの笑みを浮かべた女は、目の前のロヴァルに対して丁寧に頭を下げる。
「あの私、リディアと言います。こちらの教会で働くようになっていたのですが」
言いながらリディアと名乗ったセレスティアそっくりの神官は、崩れ果てた教会へ目を向けて呆然と立ち尽くした。
「……リディア?」
「はい?」
「今まで、どこに?」
「それがよく分からないんです。数週間前からの記憶が、その……。六日前に目を覚まして、それからこちらへ来たものですから」
少し俯いて語るリディアの額には、もう三日月の刻印はなかった。おそらく彼女はセレスティアの生まれ変わりで、ディランによって魂を抜き取られていたのだろう。偽りのセレスティアが死んで、彼女の魂はやっとリディアの体へ戻る事が出来た。
ロヴァルとの愛を受け継いで、戻って来たのだ。
「リディア」
優しく、そして少しだけ切ないロヴァルの声音を、なぜか懐かしいと感じたリディアの胸がとくんと鳴る。
「お前にとって、辛い記憶を思い出させてしまうかもしれない。……でも、俺はお前に思い出して欲しい。ここで何があったのかを」
ロヴァルの真っ直ぐな視線を受け止めたリディアの胸元では、藍晶石が過去を思い出すように濡れた輝きを放っていた。
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