楽園―Eの物語―

ブーケ

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エダンの樹

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「いやあ、お陰で儲かりました。こんなに投げ銭が入ったのは久しぶりです」
 座長が揉み手をしてルージュサンに近寄った。
「エダンの代役は果たせましたか?」
 ルージュサンが尋ねる。
「十二分に」
 座長が相好を崩す。
「それなら結構」
 ルージュサンはそう言うと、フレイアに目線を送った。
「と、いうことで座長」
 フレイアが腕組みをし、話の続きを引き取った。
「怪我をしたエダンを咎める前に、座長として父親として、息子達が何をどう感じ、考え、何をしたのか、よく見ておくべきでしょう」
「えっ?」
 座長の顔が険しくなる。
「そして、お前達」
 フレイアと座長が同時に兄弟を見た。
 兄弟は、半ば睨み付けるように、フレイアを見返す。
「己の力がどれ程のものか、よく分かりましたね?練習では無いことが、実地では起こるのです。不意を突かれる度に乱れていては、出し物になりません。エダンは単なる脱臼で済んだようでも、癖になる場合もあるのです。思いがけず、もっと酷いことになっていたかもしれない。他人を羨む前に、まず、自分自身を知りなさい」
 兄は赤い顔をして俯いた。
 弟は半ば、兄の陰に隠れている。
 フレイアが再び座長に向き直った姿には、王女として生まれ育った者の持つ怖いほどの威厳が、滲み出ていた。
「後は座長の力量というものでしょう。私はエダンを働かせるという、そなた達のお取り決めに、口を出す気はありません。けれど私の名付け子を軽んじるのは、私への、ひいてはカナライへの侮辱。このようなことが再び起きぬよう、宜しく頼みましたよ」
「・・・畏まりました」
 座長が目を伏せて膝を折り、礼を取った。
 
 見送りに出たエダンに、フレイアが問いかけた。
《本当に彼らと行くのですか?》
 エダンの丸い目が、更に丸くなった。
《今朝の話は本気だったんですか?親の無い子をいちいち引き取っていたら、キリがないですよ》
《それでもエダン、私は貴方が心配なのです》
 フレイアが困り顔になる。
《大丈夫です。王女様》
 エダンが誇らしげに言った。
《砂漠を通った時、僕らはエダンの木の下で休みました。大きな葉っぱは日よけになって涼しかったし、根っこはがっしりと張って安心できた。おまけに実はとってもおいしいんです。生まれた時に母さんが死んだ僕のことを考えて、王女様が『エダン』って付けてくれたんだって思って、凄く嬉しかった。それになんだか誇らしかった。十八になれば僕は自由になります。色んなことが出来るようにもなってるはずです。この脚があればどこにでも行けるし、お金があれば馬車にも船にも乗れる。僕はどこででも、何でも出来るんですよ》
 エダンが太陽のように笑った。
 
「一体なんてことしてるんですかっ!!僕が仕事をしてた間に!!」
 翌日学院から帰るなり、セランがルージュサンに詰め寄った。
「私は何をしたんですか?」
 ルージュサンが冷静に聞き返す。
「市場で毬を三つも呑み込んだり、鳥のようにナイフで刺されたりですっ!。僕じゃないんですからね?無茶をするにも程がある。なのに涼しい顔をしてるなんて。傷は何処ですか?!」
 そう言いながら、セランはルージュサンの袖を捲った。
 滑らかな肌にはアザ一つ無い。
「じゃあ胴体ですかっ?!」
 襟に掛けられたセランの両手を、ルージュサンがしっかりと握る。
「針小棒大が捻じ曲がってます。一日でそこまで変わるんですね。いくら大食いでも毬は食べませんし、体を傷付けたりもしません。曲芸の真似事をしただけですよ」
「本当?どこも怪我してないの?」
 疑わしげに首を傾け、セランがルージュサンの目を覗き込む。
「本当です。気になるのなら見せますが、場所は変えましょう」
 ルージュサンの目配せに、セランが慌てて部屋を見渡した。
 ソファーではオパールとトパーズが、平然と座っている。
 その横でフレイアは面白そうに成り行きを見守り、ナザルは止めるか部屋を出るか迷っていた。
「ああっ」
 セランが真っ青になる。
「ダメですダメです。ルージュの肌は誰にも見せませんっ!!代わりに僕が脱ぎましょう!。筋骨隆々とはいきませんが、これでも需要はあるんですよ?神話に出てくる美青年の像を作るとか、伝説の美神のモデルになってくれとか」
 セランがバッ、と上着とシャツを同時に脱ぐ。
 真珠の肌を銀の清流が滑り落ちた。
 左右対称の引き締まった体は、ただただ完璧な美だ。
 勢いよくズボンに掛けられたセランの手を、ルージュサンが押さえた。
「だれも私を見たがってませんし、貴方に脱げとも言ってません。今から詳しく話しますから、先ずは部屋着に着替えましょう」
 ルージュサンが服を拾ってセランに掛け、その背中を押す。
 二階に上がる二人を見送り、ナザルが遠慮して例えた。
「月と太陽、ですね」
「赤ん坊に子守り」
 フレイアが代わりに本音を言った。 
 
 
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