楽園ーPの物語ー

ブーケ

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白花茶

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 取引当日、バスは布染め工場に出向き、現金で支払いを終わらせた。
 工場の壁は、大きな傷もそのままで、手入れの悪さを物語っている。
「では、皆さんに賃金を支払って下さい」 
 二人きりの工場で、バスが言う。
「それが、五日しかなかったもんで、連絡が取れなくって。後から渡しておきます」
 しれっと言うダフに、バスはもう腹も立たなかった。
「息子が人足と一緒に、表に着いている頃なんですが、中に入れても良いですか?」
「はい。もう代金は頂いている頃なんですが、ご自由に運び出して下さい」
 ダフの目が、三ヶ月型に歪む。
「では遠慮無く。資材の搬入口はあちらですよね」
 バスは扉に歩み寄り、大きく開けた。
「今日は。失礼します」
 ギャンが大きな台車を押して入って来た。
 ぞろぞろと、人足達も着いくる。
 ダフがぎょっとして、彼等を見た。
 布染め工場の、元従業員達だったからだ。
「彼等達への支払いが先ですよね」
 バスが澄まして言う。
「え、ええ。でも、ほら、準備が」
「大丈夫です。解雇になった翌日に、承認頂きましたよね。今、持ってきます」
 事務も担当していたカニャが、帳場にすたすた入っていく。
 どうせ支払わないからと、さっさとサインしたことを、ダフは後悔した。
「でもほら、金種が」
「皆、小銭を持ってきてます」
 ティグがにやけながら言う。
 悔しさを隠そうともしないダフの横で、賃金の支払いは着々と進んでいった。
 1ヶ月分の精算を終えても、代金は半分以上残っている。
「じゃあこれで」
 残りの代金を持ち去ろうとするダフの手を、カニャが止めた。
「前月分の準備も出来ています」
「取引先への支払いもあるじゃないか。長い付き合いだろう。自分さえ良ければどうでもいいのか?」
「合同で乗り込まれて、支払いましたよね?残高はありません」
 ダフの憎悪の眼差しを、カニャは左の横顔で受け流した。
「・・・前月は丸々1ヶ月分だから、これじゃ足りないだろう。分け方を考えなきゃならないから、後だ、後!」
 ダフの目が吊り上げっている。
 サキシアの予想通りに、事が全て運ぶ。
 その様に、バスは内心舌を巻いていた。
 「今日は皆さんが、手弁当で運んで下さるという話しでしたが、その分として私が足しましょう」
 バスが懐から、札入れを取り出した。
 
 秋の始まりに、建家は完成した。
 布染め工場からは、半数近くの工員が転職した。
 研修時間も充分に取れ、建家の完成と同時に、工場は稼動した。
 ファナは一歳になり、乳離れも済んだが、サキシアは預り所は使わず工場へ出勤もしなかった。
 気を使わせてしまうからだ。
 サキシアは染めの研究をする他は、裏で時々手伝うに留めた。
 
 工場では夏の間『トゲトゲの』の花を大量に摘んだ。
食品加工場でそれを漬け、干して、お茶が出来上がると『白の花茶』として、直売所に出した。
 その横には、メイの父親が編んだ、籠を並べた。
 それに入れて吊るしておけば保存がきくし、装飾としても美しいからだ。
 ファナが椅子から落ちないよう、サキシアが考えたシートは、改良されて仕立て屋と直売所の両方に置かれた。
 直売所を任されたメイは、その社交性で売り上げに貢献した。
 そして外国からの旅人が来た時、特技も役立った。
 父親が怪我をするまで、行商をしていたので、近隣の数ヵ国語に堪能だったのだ。
 商売が大きくなるに連れ、メイのその能力は、どんどん生かされるようになった。 
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