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本編
03
しおりを挟む年長さんのとき、知らないおばさんがお菓子をたくさんくれた。
小学生のとき、クラスの子が春乃だけに秘密基地を案内してくれた。
中学生のとき、当番の仕事をいつも誰かが代わってくれた。
そういう『他の人よりちょっと特別』で春乃の人生は満遍なく塗りつぶされている。ただそれは無償で享受できる類のものではなく、春乃の望むと望まざるに関わらず春乃自身を対価として強制する性質を有している。そう気付けたのはほんの数年前のことだ。
*
午前中の授業は後ろの席の存在を意識しすぎてしまってほとんど集中できなかった。ようやく昼休み開始のチャイムが鳴った時には普段の数倍の疲労を感じているほどだった。そんな疲労の中で春乃は意を決して振り返った。
「佐倉、一緒に昼ご飯たべない?」
鞄からガサガサとコンビニの袋を取り出していた佐倉は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐににこっと笑って「もちろん」と答えた。
「春乃はいつもどこで昼メシ食ってんの? まさか学食ではないだろ?」
「学食には行けない。ついてきて」
教室を一歩出ると廊下は人でごった返している。がやがやとした喧騒はいつもより悲鳴が多めである。春乃は佐倉に目配せをしてから廊下の端を歩き始めた。じろじろと無遠慮に向けられる視線に辟易としつつ、目が合わないように正面よりやや下に目線を定めて足早に進んでいると、後ろを歩いていた佐倉が春乃の隣に並んだ。佐倉は春乃に身体を寄せると「道案内してな」と囁いてするりと手を握り、そのまま春乃の視界を半分塞ぐような位置で周囲の視線などどこ吹く風といった顔で堂々と歩いた。
ごく自然な仕草で庇われて春乃も何か言うタイミングを見事に逃してしまった。結局ずっと佐倉の影に匿われながら、隣の棟の一階にある部屋にたどり着いた。
「失礼します。花田せんせー、今日もう一人いるんだけど大丈夫?」
「若宮くん、いらっしゃい。どうぞどうぞ……あら? 佐倉くんじゃないの」
ノックをして部屋に入ると慣れた様子で養護教諭の花田先生が出迎えてくれた。彼女は春乃と一緒に保健室を訪れた佐倉に気が付いて目を丸くした。
「花ちゃんやっほー。お邪魔しまーす」
「こら、花田先生でしょう? まったくもう」
気安い調子で話す佐倉に花田先生も言葉では叱りつつ目尻には柔和な皺が寄っている。
「先生、佐倉と仲良いの?」
「あらやだ、そうなのよ~。この子、入学したばっかりの時期は保健室の常連さんでね。しょっちゅう来るもんだから仲良しになっちゃったの」
「俺、季節の変わり目に体調崩しやすいんだよね。花ちゃんも保健室で暇してたしwin-winじゃん」
花田先生は「暇なわけないでしょ」とまた冗談めかして佐倉を叱った。保健室と花田先生は言うなれば高校における春乃の安全基地だったので、そこに違和感なく馴染んでいる佐倉にどこかむず痒い心地がする。どこか所在なく二人のやりとりを眺めていたが、花田先生が急に小さく手を叩き合わせた。
「先生、これから打ち合わせがあるんだったわ。二人はゆっくりお昼食べていていいからね。若宮くん、出て行く時に鍵だけお願いしていいかしら?」
「わかりました」
「よろしくね~」
花田先生が慌ただしく保健室を出てゆき、春乃と佐倉の二人だけが残された。
「昼はいつもここにいんの? 教室にはいねーなとは思ってたけど」
佐倉が手に持ったコンビニの袋をガサガサと鳴らしながら勝手知ったる様子で部屋に置かれているソファに腰掛けた。
「だいたいそう。落ち着いてご飯食べられる場所がここしかない」
「だろうな」
佐倉はくつくつと笑って袋からパンやおにぎりをいくつも取り出し始めたので、春乃も充分に距離をとったうえでソファに座る。緊張でどきどきしながらお弁当箱を取り出して蓋を開けると横から中身を見た佐倉が「唐揚げいいな~」と独り言のように呟いた。
「あ、のさ……今日誘ったのは、佐倉に確認したいことがあったからなんだ」
「弾除けのことだろ」
佐倉はあっさりと春乃の本題を口にした。少したじろぎつつも春乃も頷いてまだ使っていない箸で唐揚げをひとつ取り上げる。
「弾除けの意味も正直あんまりよく分かってない。それに今朝の彼ぴがどうこうって話も、僕はてっきり昨日のあの場限りのことかと思っていたから……ちょっと混乱してる」
話しながら春乃はお弁当箱の蓋に置いた唐揚げにピックを刺して佐倉の前に差し出した。
「え、くれんの?」
「どうぞ。おいしいよ。ええと、それで弾除けの意味と佐倉がどういう意図で今日も僕の彼ぴを名乗っているのか教えて欲しいんだけど」
「……」
佐倉は急に黙り込んでしばらく唐揚げを凝視した後、ゆっくり視線をこちらへ向けて春乃のことも凝視する。
「いやあ……。春乃って隙だらけなんだよな」
「は? なんの話?」
春乃が眉根を寄せて問い返すと、佐倉は「しかも自覚がないと来た」と顔を両手で覆って項垂れた。
「……春乃はさあ、気が強くてクールでつけ入る隙なんてこれっぽっちもありませんって感じだけど、よく見てると一生懸命頑張って高嶺の花キャラを演じてるのがわかるんだよなあ」
一瞬、姉の夏希の顔が頭をよぎり、次にぐわり、と顔が熱くなるのが分かった。あまりの羞恥に叫び出しそうになって咄嗟に口を手で押さえた。そんな春乃の様子に気付くことなく佐倉は深く俯いたまま続ける。
「文化祭で花作る係にしたのが失敗だったんだよなあ。毎日毎日、文句のひとつも言わずに黙々と花を作っててさあ、ほんとはいい奴なの隠し切れんて」
深々と溜め息を吐いた佐倉は両手から顔を上げてこちらを見上げた。きっと茹蛸みたいになっている情けない顔を隠し損ねてうろたえる春乃を前に、佐倉は真っ黒な瞳をわずかに見開いた後、端正な顔をどこか幼気にくしゃりとさせて笑った。
「ほらもー……駄目だってそんな顔見せちゃ」
ゆっくりと佐倉の手が伸びてきて、春乃の頬を指先で掠めながら顔の横の髪を掬い上げる。
「耳まで真っ赤。こんなギャップ見せられたら『もしかしたらイケるかも』ってみんな思うよなあ」
ぱさり、と頬に髪が当たって佐倉の指先が離れていった。春乃は自らの頬に触れた手が佐倉の膝の上に戻ったのをしばらく見ていたが、そろそろと正面に向き直って熱い頬を冷やすように手のひらを押し当ててみる。
「バ、バレていたとは……。僕、中学で色々あって……グッドルッキング税が嫌で、そしたらなっちゃんがエクストリーム高嶺の花作戦を考えてくれて……でももう意味ないよね。僕が本当は高嶺の花でも何でもないってバレてるなら、もう」
「ちょちょちょ、一旦落ち着け。何言ってるか全然わからん」
佐倉が慌てた様子で自分のお茶のペットボトルを開けて差し出してくれたので、春乃はありがたく受け取ってくぴりと数口飲み下した。ふう、と一息つくと佐倉が「で?」と春乃を促した。
「……実は中学のときにこの見た目で結構苦労してさ。高校では落ち着いた生活がしたくてなっちゃん……姉に相談したんだ。僕ら顔がそっくりだから」
「それで提案されたのが、っ、……エクストリーム高嶺の花作戦だったと?」
春乃は小刻みに震える佐倉をじっとりと睨みつつ頷いた。笑うな、こっちは真剣なのだ。
「作戦名はともかく、本当に効果はあったんだよ。実際、半年はすごくすごく平和に過ごせた。文化祭のあれこれはさすがに不可抗力だったけど」
話しているうちにどんどん眉間に皺が寄っていくのがわかる。こんな顔はあまり見られたくないのだけれど、中学の話なんかしたせいか嫌な記憶がみるみるせり上がってきて喉が詰まった。取り繕うこともできないまま俯いてしまいそうになったとき、春乃の頭を大きな手が包み込んだ。
「うわっ」
「そんな泣きそうな顔すんなって」
わしゃわしゃと少しの遠慮もなく髪の毛をかき混ぜる佐倉の手のひらを押し返そうとするが、今度は両手で頭を押さえられてしまう。
「や、やめ……!」
「おーよしよしよし、春乃はなーんも悪いことしてないからなー、大丈夫だぞー」
「……」
佐倉は幼子をあやすような口調で春乃を抱き込んで丁寧に頭を撫でる。揶揄われている腹立たしさはありつつも、あまり悪い気はしなくて大人しくしていると佐倉の方から春乃を解放した。
「そういうところなんだけど、それはおいおい教えるとして、」
「そういうところって?」
「おいおいね。エクストリーム高嶺の花作戦が破られた今、春乃がまた平穏な高校生活を取り戻すには新しい作戦が必要じゃん?」
あっさり春乃の疑問を流した佐倉は神妙そうな顔でを作って話を本筋に戻す。
「新しい作戦として佐倉は彼ぴのフリをしてくれると?」
「そう。恋人って肩書きがあれば堂々と春乃のフォローができるだろ。それに恋人がいりゃ変なちょっかいもされにくいしな。弾除けってのはそういう意味」
「なるほど……」
ようやく佐倉の意図を知れたものの、春乃にはまだ確認しなければならないことが残っている。
「それで僕は佐倉に何をしたらいいの?」
「んん?」
「僕のことを好きじゃないんだから彼ぴのフリは佐倉にメリットが少ないでしょ。僕の問題に付き合わせる訳だから謝礼になるものがないと」
お金とかなら親に相談しなきゃいけないし、と付け加えた春乃に佐倉はソファに深くもたれてどこか白けたふうに腕を組んだ。
「あ……ごめん、気を悪くしたなら……」
「んにゃ、まあもっともだわな。何してもらおっかなー」
へらり、と笑って春乃の無礼を飲み込んだ佐倉はそれきり黙ってテーブルの上に広げられたパンを食べ始めた。春乃もそれ以上話を続けることもできず、もそもそとお弁当に手をつけ始めた。
「ありがと。からあげおいしかった」
「ん……」
互いに無言のまま昼食を終えた。佐倉に差し出された蓋をしめて、いそいそと弁当箱をしまうとゴミをまとめ終えた佐倉が立ち上がって伸びをした。
「謝礼?を何にするか考えてたんだけどさ、俺と友達になってもらいたいかな」
頭の後ろで手を組んだ格好でそう言った佐倉に春乃は眉を顰めた。
「友達って……そんなのお礼にならなくない? 僕のことを見せびらかしたいなら彼ぴの肩書があれば充分でしょ。もっと他にないの?」
「……。ええーダメ?」
誰かが春乃を特別扱いするとき、それは決して無償で差し出される善意ではない。最初はそれで良いと言うくせに、後々になって「あの時ああしてあげたのに」と春乃を詰るのだ。
佐倉は片眉をくっと上げて読めない表情で春乃の顔を見たあと、へらりと軽薄そうな笑顔を浮かべて言った。
「じゃあお弁当のおかず毎日一個もらう」
「もうちょっとさ……」
「いやあ、あの唐揚げのうまさが忘れらんないんだよな。お弁当は誰が作ってんの?」
「母親……だけど……」
「料理上手だねぇ。見習いたいわ。レシピ教えてほしいくらい。おかず、なんとかお願いできないっすかね」
「……まあ、そこまで言うならわかった」
母親の料理をここまでストレートに絶賛されればさすがに少し誇らしい気分になる。おかずひとつが彼ぴのフリなどという面倒事の対価になり得るかは疑問だが、本人がここまで要望するなら仕方あるまい。
照れ臭さにぽりぽりと頬を掻いていると、佐倉が薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていることに気がついた。
「なに?」
「春乃……俺が絶対守るからな……」
「? よろしくお願いします……?」
何故かやたら感慨のこもった様子の佐倉にそう言われたので、春乃は首を傾げつつとりあえずぺこりとお辞儀しておいた。
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