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第六話
男はみんな狼なのよ?(2)
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また気合を入れて、渉はまずは割れてしまったコンクリートの踏み板を取り外した。両側のササラに取り付けられたアングルピースにボルトで固定してあったそれを、再利用するのだからと丁寧に脇に除けて置いておく。
次に持ってきたL型アングルの四辺をアングルピースの上につき合わせてみる。寸法はばっちりだ。
渉はよし、と溶接機の準備を始める。アングルを溶接で接合するのだ。
中学生の頃、父親の工場でロボットが溶接したブラケットのバリ取りをさせられた。渉が通っていた中学校から職場体験の受け入れ先として頼まれたからで、他にも同級生がふたり工場に来ていた。
最後に、渉たちは溶接をやらせてもらった。火花が飛び散る熱い作業は、怖くもある。腰が引けつつも、幼い頃に憧れた溶接を体験できたことが嬉しかった。
溶接は男のロマンだ。飛び散る火花、溶ける鉄。ぱちぱちと爆ぜる音。
それ以降、何度か溶接をやらせてもらったけれど、父親が直接渉を見てくれることはなかった。渉に小型溶接機の操作を教えてくれたのは、当時ロボットと一緒に簡単な溶接をしていたパートのおばちゃんだった。
目に負担のかかる作業だから渉にあまりやらせるなと、母親が言っていたらしいことを後から察した。あの頃にはまだ、自分も溶接工になるのだと自然に思っていたのだけれど。
教わったことをひとつひとつ思い出しながら渉は準備を進める。
アースグリップを挟み、溶接する部分に付着物がないかをチェック。ゴーグルを装着し手袋をはめる。溶接スイッチを押して溶接棒からワイヤーを出す。ワイヤーの先端を溶接部分に合わせる。いよいよだ。
もう片方の手で溶接マスクを顔の前にかざす。ふうっと呼吸を整えてから、渉は溶接棒のワイヤーの先端を見つめる。
ファイヤー!
心の中で号令をかけ、先端ノズルのスイッチを押した。
溶接ワイヤーがアングルに軽く当たるだけで巨大な線香花火みたいな光球が生まれ、ぱちぱちと火花が飛び散る。それは光のシャワーみたいだ。
数十秒で一か所めの溶接が終わる。接合できているのを確認し、残りの三か所も溶接する。
完璧な四角形の枠を作ることができて渉はほっとした。枠をササラのアングルピースの上に固定する。
これで作業の山場は乗り越えた。よし、と頭を上げると、遠巻きにこっちを見ている子どもたちの姿が目に入った。
「すげー。花火みてえ」
「ぱちぱちいってたね」
「おにいちゃん、熱くない?」
遠くから心配そうに声をかけられ、渉は手袋をはずしながら首を横に振った。
「危ない作業はもうしないから大丈夫だよ」
すると、横から真っ先に俊が近寄ってきて覗き込んだ。
「すげえ、意外な特技。やるじゃん」
上から目線だが、感心してくれているようだ。ははっと笑って渉は踏み板の補修を始める。
割れた踏み板を枠の上に接着し、ひび割れたすきまを埋めるようにたっぷりめにパテを塗り込む。
乾いてから盛り上がった部分を削ってなめらかにする。だけど仕上がりの見た目が悪い。ペンキ塗装をすれば良いのだろうが。
「これで充分よ」
思い悩む渉に丸山園長が言った。
「業者さん相手ならもっと完璧にって言うところだけど、渉さんがやってくれたのならこれで充分、ね?」
「これで階段のぼっても平気?」
「うん。もう大丈夫。渉さんにお礼をしましょうね」
口々に子どもたちからお礼を言われ、渉はこれで切り上げることにした。見た目を気にするときりがないからだ。
俊と中学生の男の子と女の子(昨日は男の子ふたりだと思ったが、ひとりはショートカットの女の子だった)が片づけを手伝ってくれた。
「みんなでスイカを食べましょう」
最後に園庭の水道で手を洗っているとおやつに招かれた。
昨日出入りした掃き出し窓から室内に入り、更に隣の食堂らしい部屋に案内された。既に子どもたちがスイカに夢中になっている。
「こっち座ろうぜ」
促されて席に着くと俊がスイカと麦茶を持ってきてくれた。渉への当たりが若干柔らかくなった気がするのは気のせいだろうか。
もらったスイカは、皮が薄く実が真っ赤な小玉スイカで、スイカ自体久し振りに食べた気がして余計に美味しかった。農家さんからの差し入れなのだと言う。
「正月には毎年臼を持ってきてもちつきやってくれるおっさんで」
「杵と臼で? 俺、見たことないよ」
「そういうのは恵まれてるんだよな、オレら。こうやって支援してもらえるから。クラフト作家の人が工作を教えに来てくれたり、サッカークラブのコーチが来たり。チャンスは与えてもらえてると思う。ものにできるかは自分次第で」
こういうことをさらっと言える俊は、とても強いのだろうなと思った。だけど、みんながこんなふうに強いわけではない。
次に持ってきたL型アングルの四辺をアングルピースの上につき合わせてみる。寸法はばっちりだ。
渉はよし、と溶接機の準備を始める。アングルを溶接で接合するのだ。
中学生の頃、父親の工場でロボットが溶接したブラケットのバリ取りをさせられた。渉が通っていた中学校から職場体験の受け入れ先として頼まれたからで、他にも同級生がふたり工場に来ていた。
最後に、渉たちは溶接をやらせてもらった。火花が飛び散る熱い作業は、怖くもある。腰が引けつつも、幼い頃に憧れた溶接を体験できたことが嬉しかった。
溶接は男のロマンだ。飛び散る火花、溶ける鉄。ぱちぱちと爆ぜる音。
それ以降、何度か溶接をやらせてもらったけれど、父親が直接渉を見てくれることはなかった。渉に小型溶接機の操作を教えてくれたのは、当時ロボットと一緒に簡単な溶接をしていたパートのおばちゃんだった。
目に負担のかかる作業だから渉にあまりやらせるなと、母親が言っていたらしいことを後から察した。あの頃にはまだ、自分も溶接工になるのだと自然に思っていたのだけれど。
教わったことをひとつひとつ思い出しながら渉は準備を進める。
アースグリップを挟み、溶接する部分に付着物がないかをチェック。ゴーグルを装着し手袋をはめる。溶接スイッチを押して溶接棒からワイヤーを出す。ワイヤーの先端を溶接部分に合わせる。いよいよだ。
もう片方の手で溶接マスクを顔の前にかざす。ふうっと呼吸を整えてから、渉は溶接棒のワイヤーの先端を見つめる。
ファイヤー!
心の中で号令をかけ、先端ノズルのスイッチを押した。
溶接ワイヤーがアングルに軽く当たるだけで巨大な線香花火みたいな光球が生まれ、ぱちぱちと火花が飛び散る。それは光のシャワーみたいだ。
数十秒で一か所めの溶接が終わる。接合できているのを確認し、残りの三か所も溶接する。
完璧な四角形の枠を作ることができて渉はほっとした。枠をササラのアングルピースの上に固定する。
これで作業の山場は乗り越えた。よし、と頭を上げると、遠巻きにこっちを見ている子どもたちの姿が目に入った。
「すげー。花火みてえ」
「ぱちぱちいってたね」
「おにいちゃん、熱くない?」
遠くから心配そうに声をかけられ、渉は手袋をはずしながら首を横に振った。
「危ない作業はもうしないから大丈夫だよ」
すると、横から真っ先に俊が近寄ってきて覗き込んだ。
「すげえ、意外な特技。やるじゃん」
上から目線だが、感心してくれているようだ。ははっと笑って渉は踏み板の補修を始める。
割れた踏み板を枠の上に接着し、ひび割れたすきまを埋めるようにたっぷりめにパテを塗り込む。
乾いてから盛り上がった部分を削ってなめらかにする。だけど仕上がりの見た目が悪い。ペンキ塗装をすれば良いのだろうが。
「これで充分よ」
思い悩む渉に丸山園長が言った。
「業者さん相手ならもっと完璧にって言うところだけど、渉さんがやってくれたのならこれで充分、ね?」
「これで階段のぼっても平気?」
「うん。もう大丈夫。渉さんにお礼をしましょうね」
口々に子どもたちからお礼を言われ、渉はこれで切り上げることにした。見た目を気にするときりがないからだ。
俊と中学生の男の子と女の子(昨日は男の子ふたりだと思ったが、ひとりはショートカットの女の子だった)が片づけを手伝ってくれた。
「みんなでスイカを食べましょう」
最後に園庭の水道で手を洗っているとおやつに招かれた。
昨日出入りした掃き出し窓から室内に入り、更に隣の食堂らしい部屋に案内された。既に子どもたちがスイカに夢中になっている。
「こっち座ろうぜ」
促されて席に着くと俊がスイカと麦茶を持ってきてくれた。渉への当たりが若干柔らかくなった気がするのは気のせいだろうか。
もらったスイカは、皮が薄く実が真っ赤な小玉スイカで、スイカ自体久し振りに食べた気がして余計に美味しかった。農家さんからの差し入れなのだと言う。
「正月には毎年臼を持ってきてもちつきやってくれるおっさんで」
「杵と臼で? 俺、見たことないよ」
「そういうのは恵まれてるんだよな、オレら。こうやって支援してもらえるから。クラフト作家の人が工作を教えに来てくれたり、サッカークラブのコーチが来たり。チャンスは与えてもらえてると思う。ものにできるかは自分次第で」
こういうことをさらっと言える俊は、とても強いのだろうなと思った。だけど、みんながこんなふうに強いわけではない。
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