鋭敏な俺と愚直な君

奈月沙耶

文字の大きさ
上 下
49 / 62
第七話

ウェディングドレスは誰が着る(1)

しおりを挟む
「もおおお、付き合いきれないっすよ。式場選びならまだしも、ドレスの試着までいちいち付き合えって言うんですよ。男のオレが行ったってしょうがないじゃないですか! 友だちと好きに行ってくりゃあ、いいのに」
「そうなんだよなあ」
「一緒に行ったところでケンカになるのは目に見えてんすよ。どう? なんて訊かれたって、綺麗だよって言うしかないじゃないですか。どれがいいかな? なんてふられても全部同じなんだからどれだっていいんですよ、オレからしたら。そうすっと、真剣に考えてないってぷりぷり怒り出すんすよ」
「わかる、わかるぞ」
「ウェルカムアイテムっていうんですか? あれ、手作りしたいって言い出して。オレには席札を作れって、はあ? ですよ。金払えばやってもらえるのになんでわざわざ」
「ああ。おれも作らされたなあ。ちまちまと」
「マジっすか!?  意味わかんないっすよ。自分が好きでやるならいいんすよ、なんでオレにまでやらせるのかって話なんすよ」
「うんうん」
「だってふたりの結婚式でしょって。ちげーよ、おまえひとりで決めて、何がふたりの結婚式かって話なんすよお!」

 今日が初対面の川村を相手に、望月の愚痴は止まらない。
 既婚者の川村がいてくれて良かったと渉(わたる)は思う。自分にはまったく縁のない話に、どう宥めたらいいのか渉には見当もつかなかっただろうから。

「まあなあ、主役は花嫁だから。新郎なんか添え物よ、添え物」
「でも、背負うものが大きいのは男の方じゃないっすか」
「それを言い出したら泥沼になるぞ」
 行きつけの焼鳥屋の四人掛けのテーブル。ビールのジョッキを持ち上げて川村は苦笑いした。既にすっかりアルコールが回っている赤ら顔で、望月はちょっと黙った。
「男同士でガス抜きにならいいけど、本人に向かって言ったらダメだぞ」
「川村さあああん! アニキって呼んでもいいっすかあああ」

 駄目だ。こいつは完全に酔っている。渉の方が申し訳ない気持ちになったが、川村は面白そうに笑っていた。
「みんな通る道だからな。ガンバレ」
「たいへんっすね。結婚なんかやめちゃえばいいのに」
 何も考えていない遠藤の発言に、テーブルの下で川村から蹴りが入ったらしく遠藤はばたんとテーブルに突っ伏した。自業自得だ。

「結婚したら新居は? 裾野勤務になったんだろ」
 尋ねると、望月はとろんとした顔で渉を見て、それからはっとしたように目を見開いた。
「そうそう、それもさ。いずれ近くの社宅に入るつもりで、オレは今実家からクルマ通勤で頑張ってるわけ」
「うん」
「でもかおるは、自分の実家の近くに住みたいって。ここでももうドンパチよ」
「それもあるあるだなあ、嫁さんにしたら自分の母親を頼ることが多くなるから近くの方がいいって考えるわけだから」

 理解を示す川村に、望月は口を尖らせてまた訴える。
「それはまあ、気持ちはわかるけど、毎日通勤するオレの都合を優先してほしいっすよ。これから仕事が増えるぞって上司から期待されてオレだってやる気になってるのに」
「嫁さんは仕事は?」
「パソコン教室のアシスタントやってますけど、今教えてる新人が立ち上がったら辞めるって」
「うーん……」
「比べてどうこう言いたくはないっすけど、オレはやりがいのある仕事をしてるつもりです。こんな、モチベが下がるようなことは勘弁っす。オレが我儘なんすか?」

「多分なんだけどさ」
 川村は口に放り込んだ軟骨を呑み込んでから話し始めた。
「嫁さん側の我儘は、まあ、言っちゃなんだけど、小さいことばかりなわけだ。ドレス選びに付き合えとか、名札を作れとか。やってやれないことじゃないだろ?」
「それは、そうっすね」
「対して、望月くんの、新居は職場の近くにっていうのは大きな問題だろ。嫁さんにしてみれば誰も頼れる人がいない場所に移り住まなくちゃいけない。考えてみろよ。ダンナには職場の人間関係が既にできてるからいいけど、嫁さんの方が圧倒的に家にいる時間が長くなる、その上この後、出産・育児って大事業が待っているのに、孤立無援にならなきゃいけない。これってどうよ」
「それは確かに……」
「天秤に掛けるのもなんだけど。新居についてはどうしても譲れないっていうならさ、その他のことは歩み寄ってやればいいんじゃないか。〈ふたりの結婚式〉なんだからさ。多分、嫁さんは共同作業にしたいんだよ。しっかり共同作業で夫婦になれれば、その後のこともふたりで乗り越えられるって、そういう確信? 安心感? がほしいんじゃないのか?」

 いつの間にか聞き入っていた望月の瞳がうるうるしていた。
「わかりました、アニキ。その通りっすね。オレはちっさいオトコでした。かおるのちっさい我儘にイライラして。オレ、オレ、恥ずかしいっす……っ」
しおりを挟む

処理中です...