ユウとリナの四日間

奈月沙耶

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 それからまたおにいさんは絵を描き始めて、リナはそれを眺めていた。ちゃぶ台の上の時計が七時をすぎたころ、おにいさんが「お風呂」とつぶやいた。それから考えるようにしながらリナを見る。
「わたしは昼間入ったよ」
 それから汗もかいていないし外にも少し出ただけだ。お母さんなら「それでも布団に入る前にお風呂に入りなさい」と言うが、父親とふたりのときにはかまわない。だけどおにいさんはそういうことを気にしたのじゃないらしく、しばらく真顔で考えてから立ち上がった。
 押し入れの洗濯かごから衣類とタオルを持って、すっと畳の部屋から出ていく。かと思うと、仕切りのふすまが音もなく閉められた。この部屋に来てからふすまが閉められるのは初めてだ。とたんに部屋が狭く感じる。おにいさんがそうしたのだから、と思ってリナは大人しく座ったままでいた。
 おにいさんが使っていた鉛筆にそろそろ指を伸ばしてみる。まるで生きてるみたいに動物を描く、魔法の鉛筆みたいだ。リナは紙の空いているスペースに自分も絵を描いてみる。お花を描いてみたい。思ったけど、今ここでリナが描けるお花といったらチューリップくらいだ。一年生のときにあさがおの観察で自分の植木鉢のあさがおを見ながら描いたことがあるけど、それがどんな形をしていたかなんて細かいことは覚えていない。チューリップなら形がわかりやすいからと思ったが、リナが描けるのは幼稚園の頃に描いたのと変わらない。上をギザギザにするくらいしか特徴を出せない。
 本当のチューリップはこんなじゃない。むーと口をとがらせてリナは思い浮かべてみる。学校の花壇で見たチューリッップ。赤いのより黄色いのがリナは好きだった。元気がよくて可愛い感じがする。目を閉じて黄色いチューリップを思い浮かべてみる。
 花の下をふんわり丸くして上に向かってゆるく曲線を描く。そうだ、花びらだって、やさしく重なり合って、お洋服を重ね着してるみたい。だから上の部分がギザギザみたいに見えるんだ。思い出しはしたけど紙の上に上手く再現できない。花弁の部分は諦めて葉っぱの形を思い出してみる。
 細長い葉っぱ。それだってまっすぐではなくぼこぼこしていたような。むーとリナはますます頭を悩ませる。おにいさんみたいに写真みたいにはとても描けない。まずは形を覚えていないのだから。
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