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第十三話 愛する人

13-5.だからいつも

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 かわいい。美登利はくすっと笑って目を伏せた。
「いいよ」
 驚きと喜びがぐちゃぐちゃになった顔に目を細めながら美登利は続けた。
「そしたらその後、私は死ぬ」
 彼の顔が凍りつく。
「冗談なんかじゃないよ。それくらいの覚悟が必要ってこと」
 ぎゅっと眉を寄せて今度は顔を青くしている正人に微笑む。
「私はいいよ。する?」
「そんな言い方は、狡い」
 彼の率直な言いようは胸にくる。笑みを引っ込めて美登利は素直に謝った。
「ごめんね」




 夕方、暗くなってからもう一度ロータスに行ってみた。
「また来たのか。あいつはもう帰ったぞ」
「知ってるっす」
 換気扇の下で志岐琢磨は煙草を吸っていた。
 向かいのカウンター席には村上達彦がいる。戸惑う正人にニヤリとした。
「ガキが気を遣うなよ。普段どおりにしてろ」
 無言で会釈して正人はその隣に座った。

「W大合格だって? おめでとう」
「いえ……」
 うかない顏の正人に達彦はまたニヤリとする。
「なんだその顔。やりたいって迫って拒否られた?」
 真顔で見つめ返すとぷっと笑われた。
「ガキ。全部顔に出てんだよ」

「先輩はいいよって」
 達彦の目線が鋭くなる。
「でもその後自分は死ぬって」
「……あの子らしい言い方だな」
「なんでそんな言い方」
「一ノ瀬が怖いんだろ」
「どうしてそんなに」
 そうだ。ずっと疑問に思っていた。なにが怖いの? なにが辛いの? 何を恐れて彼女はあんなふうなのか。

「……」
 最後に深く吸い込んで達彦は吸殻を灰皿に押しつけ、立ち上がった。
「俺は何も言えない。約束したからな」

 ――黙っててあげるよ。棺桶に入るまで。

 あのとき、囁いていたのを思い出す。
「じゃあな」
 さっさと達彦は出ていってしまう。

 取り残された正人の前に琢磨がコーヒーを差し出す。
「正人よ、おまえそんなにあいつが好きか?」
「好きです」
「あきらめた方がいいぞ」
「そんなの散々言われてるっすよ」
「そうだよな」
 はあっと琢磨は自分の頭をがしがしかく。

「しょうがねえな」
 新しい煙草に火をつけながら琢磨は改まった口調で話し始めた。
「なあ正人。こいつは俺と達彦しか知らないことだがな」
 不意に核心に迫る気配に正人は息をのんで琢磨の顔を見る。
「美登利は巽が好きなんだ」
 え? ときょとんとしてしまう。
「実の兄貴を好きなんだ。だからいつも苦しそうにしてる。もうかれこれ四年経ったな……」
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