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第十六話 自覚と慢心

16-4.「……なんの話?」

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 取り出してみて重く息を吐いた。なるほど、これか。
 美登利はごろんと仰向けに転がって写真を眺める。
 ウェディングドレス風な白いドレスを着た自分と、モールの付いた将校さん風な詰襟を着た兄が並んで映っている。

 我ながら可愛らしい笑顔だ。三歳くらいだと思う。もちろん記憶はない。でもきっとこのころには既に兄が大好きだったのだと思う。しっかり手まで握っている。
 いちばん好きなのはお兄ちゃん、わたしはお兄ちゃんとけっこんするんだから。そう信じて疑わなかった。自分自身いちばん素直で可愛かったころだと思う。

 すっと襖が開いて誠が戻ってきた。寝ころんだまま美登利は逆さに彼を見上げる。
「トランプやる?」
「いいけど」
 起き上がってクリアファイルを座卓に置く。
「見たことある?」
「……うん」
「そうか」

「淳史さんのこと怒るなよ」
「怒らないよ」
 今更。ファイルを本棚に戻したところで淳史も戻ってきた。
「まさかまたトランプ?」
「毎度恒例でしょ」
 仕方なさそうに淳史は座卓に座ってお茶を飲む。

「そうだ。物件は決まったのかな?」
「なんのこと?」
「巽くんがこのへんに家を買うって」
 なんですと。美登利はお茶をふくのを堪えて少し舌を噛んでしまう。
「……なんの話?」
「彼女さんがここを気に入ったからアトリエ兼自宅にするって。絵描きなんでしょ?」

 淳史はどこまでも無邪気に話す。
「二人で不動産巡りにもう何回も来てるよ。たまに中川さんも様子見に来たりしてさ……聞いてないの?」
 今頃しまったという顔をする淳史を絞め殺したくなった。
「聞かなかったことにする」
 苦々しく頭を抱えて美登利は再び仰向けに寝転がる。

「人生の一大転機だもの。発表のタイミングを見計らってるんじゃないの? 新築なりリフォームなり新居の完成を待って結婚、新生活って流れじゃない? いいなぁ理想的な結婚。叔母さんだって喜ぶんじゃないの? サプライズしたいだろうから、みどちゃん知らないふりしてよ」
 言い訳のようにくどくど話す淳史に、美登利はわかったわかったと手を振るしかできなかった。




 どうなんだろうな、あれ。寝入ってしまった淳史の隣で板間の天井を眺めながら誠は考える。
 さっきの美登利の態度はこれまでの余裕のないものとは違って、悲愴感もなければ動揺もないようだった。
 ただ感じたのは怒り、腹の底から怒っている気配がした。
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