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第二十二話 誘引

22-1.大学生の特権

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「あっついねえ」
「ほんとほんと」
「すごい入道雲」
「夏だねえ」
 高校生以下が夏休みに入る前の平日。海水浴場はまだ閑散としている。
「大学生の特権だね!」
 満足そうに船岡和美は笑う。

 その横でサンバイザーの角度を坂野今日子に念入りに直されていた中川美登利が、クルマの方を振り返って厳しく言った。
「荷物持ち! 早く運んでテント張ってよ」
 女性陣に引き連れられてやって来た宮前仁が、荷物を抱えながら憎々し気に吐き捨てる。
「いつから俺は下僕になったよ」
「バドミントンぼろ負けしたくせに」
「いつの話だ!」

 くっそーと黙々とテントを張りながら宮前は心の中で考える。池崎正人がいたなら喜んで小間使いになっただろうに。宮前の心中に気づいてか坂野今日子がにやりと笑う。

「こんな急なお誘いじゃなかったらダイエットできたのに」
 日焼け止めを取り出しながら小宮山唯子がこぼすのを聞いて和美が後ろから彼女のお腹を撫でまわす。
「どこが気になるってのさ? 大丈夫だよ」
「鈴原くんと一緒にいる分には良いけど、和美ちゃんたちの中に入ると気になるんだよ」
「いいじゃん、気にしなきゃ。言っちゃあれだけど、この中で一番充実してるの唯子ちんだから」
「それを言われると」
「貸して。背中塗ってあげる」

「なあ、澤村っていつ戻ってくんだよ?」
「二年の予定だったけど、延ばしたいふうだからどうだろう」
「和美さん和美さん、ベルギーのチョコレート頼んでくれた?」
「言われなくたってわかってますよう。村上さんにたっくさん貰ったばっかじゃん」
「お兄ちゃんが一緒くたに加工してわけわからなくなっちゃったんだもの」
「とんだテロだな」
「小間使い、おしゃべりしてないで浮輪も膨らませて」
「テメエ覚えてろよ」

 言われたことはやり終えてようやく一息つくと、テントの中から美登利が冷えたコーラを差し出した。まったくこいつは、上げて落としたり落としてすくったりが上手い。

「坂野女史も遊んでこいよ。番なら俺がいるから」
「いえいえ、宮前くんこそナンパでもしてきてください。美登利さんのおそばには私がいますから」
「坂野女史さ、いつから俺とまで張り合うようになったわけ?」
「私は誰とも張り合ってなんかいませんよー」
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