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第二十四話 夜の女王

24-2.かんざし

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 どうしろと?
 笑顔のまま凍りついているところに誠が水を持ってきた。
「水分補給」

 自分にもペットボトルを渡されて亜紀子は礼を言った。
「ありがとうございます」
 水を飲みながら、沖合の方を指差して何か話しているカップルの様子を亜紀子は鑑賞する。
 美男美女で十分絵にはなるが、やっぱり女神様には巽の隣にいてもらいたい。兄妹ゆえのしっくりさ加減とそれに比例する背徳感といったら……。

 人知れず邪悪な妄想に浸っていたら一ノ瀬誠と目が合った。冷気を感じた。
 が、すぐに彼はにこっと微笑んで目線を外す。
 美登利はずっと水平線を見ていて今のやりとりに気づかなかったようだ。

 さすが女神様のおそばに侍る者は出来が違う。いつかの植物園で会った友人もそうだった。亜紀子を警戒している。女神はそれだけ愛されているのだろう。
(そうはいきませんよ)
 女神様には極上の台座が似合う。ぜひそこに上ってもらいたい。

 パラソルの方へ視線をやると、巽が困ったように微笑みながら亜紀子を見ていた。
(わかっています)
 ひとりで先走ったりしません。亜紀子が口をファスナーで閉じるような仕草をすると、巽は笑って頷いた。




 夕方になると紗綾が浴衣を引っ張り出してきた。
「新作よ。これを着て花火をしましょう」
「花火のために浴衣を着るの?」
「気分よ」
 ひらひらの裾のスカートよりは格段にハードルが低いから美登利は言われた通りにする。

 先に紗綾の着付けをして髪を結い上げていると、少女はこれをさしてと螺鈿細工のかんざしを取り出した。現代風にライトストーンが散りばめられている。
「素敵だね」
「高次がくれたの」
「それはそれは」
 誠がくれた蝶のかんざしのことを思い出した。もうずいぶん長いこと使っていない。

 黒地に百合の柄を勧められてそれを借りることにする。せめて髪留めを持ってくれば良かった。紗綾が心得た様子で百合の造花の髪留めを取り出してつけてくれた。

「まだ余分に持ってきているけれど榊さんは着るかしら」
「声かけてみようか」
 兄と亜紀子が使っている客間に行ってそっとノックしてみる。
 物音がしない。と思ったらそーっとドアが開いた。巽が静かに顔を出す。浴衣の二人を見て無言のまま微笑んだ。
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