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第二十八話 嘘と強欲

28-1.まるで化石のよう

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『まことちゃん、まことちゃん。ジュースもらったよ。ふたつあるからひとつあげる』
『ありがとう』
『りんごとオレンジどっちがいい?』
『みどちゃんがいらないほう』
『まことちゃんはどっちがいいの?』
『……みどちゃんがいらないほう』
 大きな瞳をますます見開いて、天使は少し考える。

『それならまことちゃんはどっちがほしいのかあててあげる』
『うん』
『えーとね、りんごでしょ』
『うん。あたり』
 天使は満足そうに笑ってりんごのジュースを差し出す。自分がオレンジを欲しかったんだよね、わかってるよ。結局そうやって君は自分の望みをかなえるんだ。

『それならあんたはどっちが欲しかったのさ?』
 天使の顔をした悪魔が嗤う。
『狡いよね。いつも私に決めさせて、全部私のせいにする。そうやって私を責めるんでしょう』


「…………」
 電車の心地いい揺れにうとうとしていた。隣の美登利もすっかり寝入っている。
 次の停車駅が近づき電車が減速する。はずみで傾ぐ彼女の頭をそっと支える。帽子を目深に被せ直して髪が少し伸びたことに気がつく。本当にまた伸ばすつもりなのか。

 シャツの首元から自分があげたネックレスが覗いている。あのときの出来事を遠い昔のように感じる。あれが昔なら、幼いころの思い出はまるで化石のよう。
 自分の考えに苦笑いして、一ノ瀬誠はもう一度目を閉じた。




「山寺だね」
 紅葉に染まった寺の境内をぐるりと回るとまるでハイキングだった。
「お地蔵様かわいい」
 夏の旅行以来、不機嫌なことが多い彼女だったが、ここではにこにこしている。赤い塔を背景に交代で写真を撮ろうとしている老夫妻に「撮りましょうか?」と声をかけたりしている。

 今日の観光の目玉である鍾乳洞に移動すると、久々に満面の笑顔になった。 
「地底探検だね」
 わくわくと上ばかり見上げている彼女に注意する。
「気をつけろ」
「はいはい」
 以前の調子で返事が返ってきたことに安堵する。最近の彼女は本当に刺々しかったから。
 頭上高くから更に地下に向かって振りそそぐ地中の滝に「おおっ」と見入る。
「口開いてる」
「だって、すごいんだもん」
 来て良かった。そう思った。

 洞窟を出ると到着したとき既に目を付けていたジェラートの店に駆け寄る。
「座って待ってて」
「三つも四つも買ってくるなよ」
「はいはい」
 ため息をついて空いたベンチに腰掛けると横から声をかけられた。
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