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第五十七話 小さな決心
57-4.嫌いじゃない
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この人を、バラの花のようだと思った。あの日、正人とふたりで植物園で見たバラはなんという名前だったか。すっきりと上品で凛として美しく。けれど正人は違うと言った。彼が指差したサザンカの花言葉ならよく覚えてる。
『ひたむきな愛』
そんなふうに好きでいたかった。好きになってもらいたかった。
雨で散り落ちてしまったピンク色の花びらは。絨毯のように地面を埋め尽くしてそれでも美しくて。
唇を引き結んで堪えたが目が熱くなる。胸が痛くて鼻がつんとする。美しいものは美しい。心のどこかで憧れもあって。
「わたし」
ぐっと涙をこらえながら綾香はかみしめるように言葉をしぼりだす。
「先輩のこと嫌いじゃないです」
顎を戻して瞼を開き、美登利はやさしい眼差しになって微笑んだ。
「私もあなたを嫌いじゃない」
綾香がしゃくりあげそうになるのを我慢していると美登利は黙って歩き始めた。
縁側で拓己の仲間たちが騒いでいるのを眺めてまったりしていると、中川巽と榊亜紀子がやって来た。
「こんにちは」
「うん」
正人が頭を下げると巽は鷹揚に頷く。
「ご相伴にあずかりに来ました」
にこにこと機嫌が良さそうな榊亜紀子ともあいさつする。
先に玄関に回る亜紀子を見送ってから巽は座敷の中を見渡して目を細める。
「僕のお姫様は?」
そういえば姿を見ていない。正人も座敷を振り返る。小暮綾香もいない。
「あれ……」
立ち上がって巽と一緒に玄関へと回ると、ちょうど美登利と綾香が酒瓶と醤油の瓶を抱えて戻ってきた。
「お兄ちゃん」
「持ってあげる」
巽に瓶を持たせて美登利が台所に入るのを見届けてから、正人は残った綾香を振り向く。
目が赤い気がする。
正人が黙っていると、綾香が低く声を落とした。
「もうやめる」
「……」
「わたしは幸せになりたいもの。だからもうやめる」
「うん」
言えることなんかなにもない。「ごめんな」とも「がんばれ」とも言っていいことじゃない。
先に靴を脱いで綾香は廊下を座敷に向かう。
それをやりすごし台所の出入り口から巽が出てきて正人を見る。屋内の陰の中から日差しの下の正人に目を細める。
その視線を受け止めて正人はしばらく立ちすくんでいた。
『ひたむきな愛』
そんなふうに好きでいたかった。好きになってもらいたかった。
雨で散り落ちてしまったピンク色の花びらは。絨毯のように地面を埋め尽くしてそれでも美しくて。
唇を引き結んで堪えたが目が熱くなる。胸が痛くて鼻がつんとする。美しいものは美しい。心のどこかで憧れもあって。
「わたし」
ぐっと涙をこらえながら綾香はかみしめるように言葉をしぼりだす。
「先輩のこと嫌いじゃないです」
顎を戻して瞼を開き、美登利はやさしい眼差しになって微笑んだ。
「私もあなたを嫌いじゃない」
綾香がしゃくりあげそうになるのを我慢していると美登利は黙って歩き始めた。
縁側で拓己の仲間たちが騒いでいるのを眺めてまったりしていると、中川巽と榊亜紀子がやって来た。
「こんにちは」
「うん」
正人が頭を下げると巽は鷹揚に頷く。
「ご相伴にあずかりに来ました」
にこにこと機嫌が良さそうな榊亜紀子ともあいさつする。
先に玄関に回る亜紀子を見送ってから巽は座敷の中を見渡して目を細める。
「僕のお姫様は?」
そういえば姿を見ていない。正人も座敷を振り返る。小暮綾香もいない。
「あれ……」
立ち上がって巽と一緒に玄関へと回ると、ちょうど美登利と綾香が酒瓶と醤油の瓶を抱えて戻ってきた。
「お兄ちゃん」
「持ってあげる」
巽に瓶を持たせて美登利が台所に入るのを見届けてから、正人は残った綾香を振り向く。
目が赤い気がする。
正人が黙っていると、綾香が低く声を落とした。
「もうやめる」
「……」
「わたしは幸せになりたいもの。だからもうやめる」
「うん」
言えることなんかなにもない。「ごめんな」とも「がんばれ」とも言っていいことじゃない。
先に靴を脱いで綾香は廊下を座敷に向かう。
それをやりすごし台所の出入り口から巽が出てきて正人を見る。屋内の陰の中から日差しの下の正人に目を細める。
その視線を受け止めて正人はしばらく立ちすくんでいた。
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