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第六十二話 迷子の仔猫

62-2.「ついに夢がかなったよ」

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 まだやることがあるという今日子と喫茶店の前で別れ、駅まで一緒に歩きながら美登利が尋ねてくる。
「下宿に帰る?」
 一緒に来てほしいのだろうか。思いながら正人は答える。
「予定はないし、決めてない」
「今日、いいことする?」
「いいの?」
 かぶりつきで確認してしまう。オトコは馬鹿だ。
「犬の散歩があるから戻らないとだけど」
「行く」
 即断即決。彼女といたいならそれが肝心だ。

 一緒にロータスに行って、琢磨の部屋を借りて着替えをすませた。店に下りると、美登利が真面目な顔をして携帯で誰かと話していた。と思ったら、通話を切るなり顔を輝かせる。
「池崎くん!」
「はいっ」
「ついに夢がかなったよ」
 なんですか? またろくでもないことが始まる気がして正人は背中に汗を流す。

「猫を探してくれって」
「ねこ……」
「便利屋といえば、指輪探しと迷子の猫捜しでしょう!」
 なんだかとっても嬉しそうだ。
「というわけで、犬の散歩はいいから猫を捜してくれって。行くよ、池崎くん」
 落ち着く間もなく美登利に引っ張られて出ていく正人を、琢磨がいつもの呆れ顔で見送った。




「まっしろで小さなネコなんだよ」
 住宅街で他所の家の庭先を覗き込みながら美登利は説明する。以前屋根の上で立ち往生していた猫を彼女が下ろしてやり、その家で保護されてそのまま飼い猫になったのだという。
「大きな犬もいるおうちだから外に出さずにいたけど、自分で窓を開けて出ちゃうようになって……」
 何度か庭で発見したが今度は敷地内では見つからず、外に出ていってしまったのではないかと飼い主のマダムが慌てふためいて連絡してきたようだ。

「保健所と近所の獣医さんにも問い合わせの電話はしてるけど。すぐのすぐ保護されるわけでもないだろうし。この辺にいればいいよねえ」
「普段家の中にしかいないなら遠くへは行かないだろ」
「そうだよねえ」
 姿勢を低くしていなくなったネコの名前を呼びながら一軒一軒の庭木の隙間やガレージを覗き込む。

 住宅街をうろうろしている間に、正人がよく見知った路地まで入り込んでいた。視線を低くばかりしていたから、最初は気づかなかった。
 よくある家並みのようでいて、でも違う。住宅の合間にある、やっぱり一見どこにでもあるような集合住宅の建物。きちんとした門扉があって、看板が掛けられている。
 青陵学院高等部の寮舎だ。手前の路地に面した棟が男子寮で、それとは直角に奥に引っ込んでいるのが女子寮だ。
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