天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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「先生も素直になれよ? 俺別に気にしてないし」
 沼田は英治の言葉に真っ赤になる。すっくと立ち上がって、沼田は玉木を見た。顔が紅い。
「職員室に戻りますんで、お二人とも帰り、気を付けてお帰り下さいね?」
「有り難う御座います」
 十和子がお礼を云う。伊吹がまた来週と手を振った。沼田は職員室へ戻ると、クリスマスパーティ用のプリントを、ノート型パソコンで作り出す。途中まで進んでいるので、来週には保護者の手元に届くだろう。
「沼田先生、クリスマス彼女と過ごすんですか? 私の彼出張で一日遅れでクリスマス祝うんです」
 ひとクラス下の担任が声を掛けてくる。今は職員室には二人だけだ。
「残念、俺独り身で。彼女居ない暦三年です」
「あら、ごめんなさい。私てっきり」
「いえいえ。俺気にしてませんから。先生は愉しんできて下さいね」
 その時、沼田の机の引き出しから、マナーモードにしていた携帯電話が、バイブ音でお知らせを告げる。
「ちょっと失礼」
 沼田は着信者を見て、鼓動が高鳴った。【玉木】の表示に、沼田が慌てて職員室から出て、通話ボタンを押す。
「…はい」
【沼田先生?】
 低い声に沼田は携帯を持つ手が震えだす。
「はい、あの…何か忘れ物でも?」
【いえ。もし予定が無ければ、クリスマス、一緒に食事にでもどうかと】
「え!? あ、はい。はいっ空いてます!」
 受話器に向こうからクスリと笑う声。沼田はカッと顔が紅くなった。
【では、レストランを予約しておきますから】
「…はい」
 沼田はドキドキしながら、携帯を切る。
 ーーーこれって、これってどうしよう!? 沼田はオロオロと、動物園の熊の如く玄関先でグルグル回っていた。


「おやじ、デートってはっきりいえばいいのに」
 バックシートに座っていた英治が、ルームミラー越しに玉木に云う。
「子供がませた事抜かすな」
「ふ~んだ。それよりあしたむかえ、たのむから」
「伊吹君の家だろう? 駅の反対側に住んでいるんだっけか? 良い子だな、お前が懐くぐらいだ」
 英治はミラー越しに玉木と視線が合い、英治はそっぽを向く。耳まで紅かった。玉木は信号が青になったのを確認して、車を発進させた。


 伊吹は玄関に見知らぬ靴が在るのに気付くと、てっきり太一と勘違いしたらしい。
「おとうさん? きょうははやいの?」
「お父さんはまだよ。このお靴は、恵の家庭教師をしてくれる先生のお靴なの」
「かてい、きょうし??」
 伊吹は自分の靴を脱ぐと、階段下から二階を見上げた。
 ーーーのぞいてもいいかなぁ。
 伊吹はワクワクしながら、上着を脱ぐと、バタバタと恵の部屋を開けた。
「あ、こら伊吹!」
 十和子が驚いて階段下から伊吹を呼ぶ。が、伊吹は十和子の声を見事にスルーした。
「けいにいちゃんっ! ただい…まですなの」
 元気良く入ったは良いが、見知らぬカッコイイお兄さんに、伊吹は息を呑んだ。丸いテーブルを挟んで、恵と龍之介は伊吹を振り返った。教科書とノートが開いてある。
「やあ、始めまして。君が伊吹君?」
「は…えぇと」
 伊吹は紅くなって恵の背中にさっと隠れる。
「こら伊吹、ちゃんと挨拶」
 恵に注意されて、伊吹は恵の隣にちょこんと座る。
「はじめまして。ぼく、ほそかわいぶきです」
「おりこうさんだな。俺は南川龍之介。宜しく」
 銀縁眼鏡がよく似合い、タバコの匂いがほんのりと香る。龍之介は腕時計を見ると、勉強中の恵の顔を覗き込んだ。
「そろそろ俺は帰るよ」
「あ…うん…」
 龍之介が立ち上がると恵も立ち上がる。伊吹は二人を見上げて首を傾げた。なんとも甘ったるい、空気が違うような。
 ーーーいつものけいにいちゃんじゃないみたいだ。
 二人は部屋を出ると階段を降りて行く。伊吹もちゃっかり後を付いて行った。
「あらお帰りですの? お夕食ご一緒にいかがですか?」
「すみません。この後用事があるので」
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