天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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「恵…」
 龍之介がホッとする。が、立ち上がって俊彦に駆け寄ると、胸倉を掴んだ。
「お前っ! 恵がお前に何をしたというんだ!? この子は母親を亡くしたばかりなんだぞ!?」
「…え?」
 俊彦が眼を見張る。
「お前だけは絶対に許さないっ! 恵がもしこのまま死んだりしたら、俺はお前を殺してやるからなっ!!」
 俊彦は背をゾクリとさせた。左頬を龍之介に殴り倒されても、恵の無邪気な顔が心から離れなかったのだ。
 白い白い雪が降る。恵は虚ろな眼で空を見上げていた。龍之介の声。恵の名を呼ぶ声。遠ざかる意識の奥底で、何故か小さな恵が膝を抱えて泣いていた。
「恵っ!!」
  救急隊員が駆け付けた時、恵は再び心肺停止状態になっていた。

 深夜。龍之介の連絡で掛け付けた、十和子と太一が病院に着くと龍之介が頭を下げた。
「どういう事ですか! ? 南川先生だから信用してあの子を預けたんですよ!?」
 十和子が龍之介に詰め寄る。そこへ、治療を終えた男性医師が診察室から出て来て、その背後から看護師が三人、恵の眠るベッドを集中治療室から一般病室へ運ぶ処だった。
「先生っ」
 太一が医師にお辞儀をする。
「ご家族の方ですか?」
「はい。孫はっ孫は大丈夫なんですか!?  二階から落ちたと訊きましたが」
「全身打撲で、呼吸停止が二度ありましたが、左腕骨折で済みました。…ただ」
「…ただ?」
 太一が眉根を寄せる。
「腸内洗浄をしておきました。肛門裂傷による出血があので、このまま入院かもしくは、ご自宅近くの病院を探された方が良いでしょう」
「裂傷って…」
 十和子は真っ蒼になってよろめく。太一が抱き留めるが、年寄りとは思えぬ速さで、龍之介の頬を叩いていた。太一も医師も驚く。
「あの子に何をしたの!?  子供に対して…あの子は母親を亡くしたばかりなんです! あの子があなたに心から信頼を寄せていたのは、あの子を見ていて解っていたから……だからあの子だけでも心が休められる場所が在ればと……なのにどうしてこんなっあの子はかおるさんが残した子供なんですっ、私の大事な孫なんです!!」
「申し訳ありませんでしたっ」
 龍之介は悲痛な顔で頭を下げる。太一が泣き崩れる十和子を支えた。
「母さん、もう病室へ行こう。南川先生も、もうお帰り下さい。後は我々が」
 十和子はハッとする。
「太一、あんたまさか知って …父親なのにどうして!?  異常じゃないっこんなっ」
 十和子は興奮して、太一を責める。
「南川先生、あちらの立っている、頬にシップを張った男ですか?」
 龍之介は双眸を見開き、十和子も驚く。
「すみません。親戚の奴で…買い物に出て行っている間でした。俺にも責任はあります。恵を一緒に連れて行ってればこんな」
「私は一応これでも父親です。本当ならそこに居る男を殺して遣りたい」
 俊彦がびくりと怯えた。
「だが、恵は優しい子だ。人が争うのを嫌う。どんな理由があろうともです。今日はこのままお引取り下さい」
 龍之介は双眸を閉じ、再度頭を下げた。

 恵が運ばれた病室は個室で、十和子は恵の手を握り締めていた。静かな寝息が聞こえる。
 医師によれば、恵は意識を回復した直後、パニック障害を起こして暴れたらしい。睡眠薬を打たれて、今は静かに眠っている。
「どうしてこの子がこんな目に遭わなきゃならないの」
 泣き続ける十和子に、太一は黙り込む。時折魘される恵が不憫でならない。恵は泣きながら、龍之介を呼んでいた。

 朝方、恵は目覚めた。十和子が紅い眼で恵の頬を両手で包む。
「おはよう、お祖母ちゃん。此処何処なの? 伊吹は?」
「伊吹は玲と愛の三人で、お隣さんが預かってくれてるの」
 恵は左手のギブスに気付き、点滴を打たれているのに気付いた。身体も全身痛い。
「…此処、病院?」
「そうだよ恵。どこか痛い処はないか?」
 太一が「どこか痛いか」を聞いて来たので恵は眼を見張る。
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