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第三章 将軍様はご乱心!
第28話 幸せな日常
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**ヴァルグィ視点**
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「将軍、顔が緩んでますよ」
イヴァンに言われ、誤魔化すように咄嗟に眉間に力を入れてしまった。
浮かれていると自覚があるだけに、何ともバツが悪い。
明日、久しぶりに休みを取るが、愛おしいあの子が何やら“さーびす”なるものをしてくれるらしい。
それは何だと聞けば、どうにもやや如何わしい想像を掻き立てられてしまう説明で。
しかし、ケイタのそれは、絶対にそういう意味ではないという事を私は知っている。
それでも、とても意気込んだ様子を見るに、なにかしらで私を喜ばせようとしているのは分かった。
何をしてくれるのかは分からないが、その気持ちだけで私はとても嬉しい。
ケイタのおかげで、休日が来るのがこんなにも待ち遠しくて仕方がないとは。
私の浮かれている原因が何かなどは、言わなくてもイヴァンは承知の上だろう。
だが雑務を押し付けるためにイヴァンが呼び出していた、カルシクとハガンの2人は分かっていないようで。
私が咄嗟に繕った表情を見て、途端に緊張の空気を纏った。
恐らく、イヴァンの言葉に私が気分を害したとでも思ったのだろう。
「休日に一緒に過ごす約束をしているのだが」
だが、唐突に話し始めた私の言葉に2人が揃って戸惑った表情を浮かべる。
イヴァンは全く動じず、書類の処理をする手を休めない。
「私を満足させ喜ばせるために、一生懸命奉仕してやると言われてな」
しかし、私の言葉を聞いて、その手が止まった。
「・・・・本人がそう言ったのですか?」
イヴァンが何とも言えない顔をしている。
恐らく、ケイタから説明された時の私も同じような顔をしていたと思う。
「あぁ、忘れられない最高の日にしてやると」
主語の無い私の話に、カルシク達は誰の話なのかよく分かっていない様子だが、イヴァンは分かっているだろう。
「どうだ?誘われていると思うか?」
わざとカルシクに問うてみれば、少し恥じたような顔で頷いた。
「どう考えても・・・かなり直接的なお誘いかと」
「将軍お相手に、そのような誘い方をするとは・・・」
ハガンはやや眉を顰めている。
確かに本当にそういう意味なら、余りにも直接的で扇情的すぎる。
下手をすれば、娼婦のようだと蔑まれるような誘い文句だ。
「まぁ、ケイタなのだがな」
名前を明かしてやれば、2人が信じられないと絶句した。
だが、イヴァンは仕方が無いと言った感じで首を振っている。
「絶対に違うでしょうね」
「絶対に違うであろうな」
やはりイヴァンも同じ意見だった。
「違うのですか!?」
カルシクとハガンだけが納得出来ないと言った表情だ。
「2人ともちゃんと覚えておけ。ケイタはそう言う子だ」
カルシク達に向かってイヴァンが溜息混じりに零した。
「今のような際どい事を平気で言うし、誘っていると勘違いさせるような言動を平気でする。だが本人にその自覚はないし、そのつもりも無い。だから、決して勘違いしないように。また勘違いした者が近寄らないよう、側にいる時は常に気を配れ。お前達が思っている以上に、あの子供は無知だ」
イヴァンの言葉に、2人が神妙な顔で頷いた。
「そう言えば、あれはもう渡したのですか?」
イヴァンが書類に目を通しながらも、少し面白そうな声でこちらをチラリと見てきた。
あの香油瓶の事だろう。
仕上がった瓶は屋敷ではなくこの執務室に直接届けさせたので、イヴァンもあれを見ている。
茸の香油瓶など、我ながらなんと間抜けな贈り物だと思ったし、それを見た時のイヴァンは遠慮の無い大笑いであった。
だが、私は確信していた。
あの様な珍妙なものでも、ケイタは恐らく喜ぶだろうと。
一緒に買い物へ出かけた日、1日ケイタを見ていて気が付いた。
あの子の茸への愛着は、私が想像していた以上だと。
とにかく買い物の全てが、茸を基準にしていた。
茸のものばかりに興味を持ち散財し、最初は買う事に乗り気では無かった戦盤の駒すら、茸の駒を見つけた瞬間に欲しがる始末だ。
私は時々、あの邪魔くさい茸が心底羨ましくなる時がある。
常にケイタと共にいれて、無条件で惜しみ無い愛情を一身に受けられるのだ。
情けないとは分かっていても、嫉妬心が湧いてくるのは止めようがない。
だから、本当はあの茸を象ったものなど贈りたくは無かったのだが、ケイタの喜ぶ姿がどうしても見たくて、若干の敗北感を感じつつもあれを発注した。
だが結果としては、期待以上の反応だった。
正直、あそこまで喜ぶとは思っていなかった。
まさか、大好きという言葉と共に抱きつかれるなど。
そもそも、ケイタから抱きついて来たのが初めての事だった。
それだけでも衝撃だったのに、大好きだという言葉までくれるとは。
勿論、私のそれとは意味の違う好きだと言う事は理解している。
それでも、咄嗟に抱き返す事すら出来ないほどには大きな衝撃だった。
何が起こったのか理解するのに時間がかかったし、抱き返して良いのかと逡巡してしまった。
漸くケイタの体に腕を回す覚悟が出来て、はやる気持ちを抑えながら腕を上げれば、その瞬間にはもうケイタは体を離して香油瓶に夢中になっていた。
私の腕は、なんとも中途半端に空気を抱くだけだった。
だが、それでも充分満足であった。
本当に夢のような時間で、今この瞬間もあの時の事を思い出すだけで、私はいくらでも舞い上がってしまう。
「・・・・将軍、また緩んでますよ」
イヴァンに苦笑気味に指摘されて、すかさず眉間に力を入れる。
「喜んで貰えたようですね。何よりです」
早く明日にならないだろうか。
「それで将軍、例の連中ですが」
イヴァンが改まった表情で、口を開いた。
先程までのは、休憩がてらの雑談だったのだろう。
打って変わって、室内の空気が引き締まる。
「あぁ、王都にはいつ頃送還されてくる」
「移送用の鳥車を使いますので、二日後には王都の門をくぐります」
あの忌々しい連中は、王都から3つの街を越え、4つ目の国境沿いの街で捕縛された。
国を越えて逃げるつもりだったらしい。
腹立たしい事だが、当初考えていたよりも捕らえるのに時間が掛かってしまった。
だが、愚か者はやはり何処まで行っても愚か者で。
事件から3週間程経ち王都から距離も離れ、何時でも国を越えられる状況になった事で油断したのだろう。
それまでは慎重に隠れ動いていたであろうに、4つ目の街に着いた途端に娼館で派手に遊んだようだ。
ケイタを売った金で。
目立つ行動のおかげで、街に駐屯している馬軍所属の衛兵にあっさりと見つかり捕縛されたらしい。
「それにしても、本当に頭の悪い連中ですね」
提出されていた報告書に目を通しながら、イヴァンが呆れた声を出す。
「何故、国境を越える直前で気を抜くのか理解できません。そこまで行ったならさっさと国を越えてしまえば良いでしょうに」
「我慢が出来ないのであろう」
身の安全よりも、色欲が勝ったのだ。
いや連中にしてみたら、もう身の安全は約束されたようなものだったのだろう。
国さえ越えれば、我々が手出しできないと考えていたのだ。
「まぁ、国境を越えたところで意味はないのですがね・・・」
小物にしては頭を回したと思うが、全く意味はない。
連中が逃げ込もうとしていた隣国は、シラーブの友好国だ。
こちらが申し出れば、直ぐにあちらで捕縛され身元を引き渡される事になる。
身の安全を考えるなら、交渉の出来ない敵国へ逃げるのが普通だ。
それすら分からなかったとは、脳みその小さい連中で本当に良かった。
とにかく、これでようやくケイタを傷つけた事への報いを受けさせられる。
奴隷商の館から連行してきた者達の取り調べもあらかた終わり、罪が確定したもの、放免となった者、大体の仕分けは済んだ。
「三日後、捕らえた者全員を刑場へ。そこで刑の言い渡しと執行を行う」
さっさと終えて、ケイタが安心して外に出れるようにしてやらねば。
「畏まりました。刑の執行はその場で行うのですか?今回は裁く人数が多いので、執行人が足りませんよ」
「あぁ、分かっている。流石に一気にはできんから刑の軽い者達から執行する。初日は鞭打ち刑だけの者達からだ。だが、執行する場には他の罪人達も全員立ち合わせろ。自分達がどのような刑を受けるのかしっかりと理解させるのだ」
「承知しました」
2度とケイタに手を出す者が現れないように。
私の印を侮辱すればどうなるのか、改めて周知する良い機会だ。
この件に関して、上がってくる報告書は本当に胸の悪くなるような内容ばかりであった。
法に背き、法を侮辱する事自体が許し難いが、何よりも奴らの性根が汚らわしかった。
なぜ違法行為に手を出したのか動機を確認すれば、泣きながら抵抗する者を手篭めにする事が楽しいのだと。
隠し印の奴隷は無理矢理攫われてきた者が多い故、何も分からないままに必死に抵抗する。
それをねじ伏せ支配する事に興奮すると。
それは、最初から抵抗をしない普通の奴隷では味わえない愉悦だと。
また、隠し印は見目の良い者が多いから、最高の玩具として欲しくなると。
どれもこれも、吐き気を感じるような品性下劣な理由だった。
捕らえた者たちは富裕層が多かったせいか、権力者との繋がりを持つ者も少なくなかった。
皆保身の為に必死で後ろ盾となる貴族達に縋ろうと手を回したり、財を差し出し我々に目溢しを願い出たりと見苦しい足掻きを見せてきた。
他の軍ではそれで通る事もあるかも知れぬが、馬軍では違う。
むしろ、その様な行為は我々にとっては最大の侮辱だ。
兵士達の怒りを煽っただけだろう。
権力や富を使えば法を犯しても許されると思うなど、愚かの極みである。
馬軍は法を犯した者達に決して容赦はしない。
それがどのような身分のものであっても。
身分問わず平等に法の遵守を。
それが我々馬軍の誇りであり、信条なのだから。
「バルギー、おかえり」
今日も、ケイタが可愛らしく玄関で出迎えてくれる。
その姿を見れば一日の疲れも溜まっていたイラつきも簡単に消えるし、我が家に帰ってきたと安心できた。
今までは、家などただ生活するだけの場所だと思っていたが、ケイタを迎えてから考え方が変わった。
ケイタと共に過ごすこの家は、私にとって何よりも居心地がよく心やすらぐ場になったのだ。
ケイタと過ごす何気ない日々が、こんなにも幸せなものだとは。
毎朝、奥の間から出てくるケイタに一番に目覚めの挨拶をするのは私だ。
朝食を共にし、家を出るときも見送ってもらえる。
帰ってくれば、このように玄関で待っていてくれるし、夕食時の語らいも楽しい。
寝室に戻った後に遊戯盤で戯れる2人だけの時間は、私にとっては特別で大切な一時だ。
そして、最後に就寝の挨拶を交わし、私の奥の間に入っていくケイタを愛おしい気持ちで見送る。
誰よりも最初にケイタの姿を目にし、誰よりも最後にケイタの声を聞く。
ケイタの最初と最後の瞬間は、私だけのものだ。
そしてケイタも、1日の始まりと終わりに目にし耳にするのは私だ。
ケイタの1日は、私で始まり、私で終わるのだ。
この毎日の習慣は、私の独占欲をとても満たしてくれた。
一緒にいればいるほど、日々ケイタへの気持ちが大きく膨れ上がっていく。
森で出会い恋を自覚したあの時から、私の想いは募っていく一方だ。
家に迎え私の印を与えれば少しは気持ちが収まるかと思っていたが、そんな事は全くなかった。
むしろ、もっともっとと貪欲にケイタを求めてしまう。
あぁケイタ、早くお前の心を、お前の人生を私にくれ。
お前の全てを私に。
私だけに。
お前が大人になるのを、楽しみに待っているから。
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「将軍、顔が緩んでますよ」
イヴァンに言われ、誤魔化すように咄嗟に眉間に力を入れてしまった。
浮かれていると自覚があるだけに、何ともバツが悪い。
明日、久しぶりに休みを取るが、愛おしいあの子が何やら“さーびす”なるものをしてくれるらしい。
それは何だと聞けば、どうにもやや如何わしい想像を掻き立てられてしまう説明で。
しかし、ケイタのそれは、絶対にそういう意味ではないという事を私は知っている。
それでも、とても意気込んだ様子を見るに、なにかしらで私を喜ばせようとしているのは分かった。
何をしてくれるのかは分からないが、その気持ちだけで私はとても嬉しい。
ケイタのおかげで、休日が来るのがこんなにも待ち遠しくて仕方がないとは。
私の浮かれている原因が何かなどは、言わなくてもイヴァンは承知の上だろう。
だが雑務を押し付けるためにイヴァンが呼び出していた、カルシクとハガンの2人は分かっていないようで。
私が咄嗟に繕った表情を見て、途端に緊張の空気を纏った。
恐らく、イヴァンの言葉に私が気分を害したとでも思ったのだろう。
「休日に一緒に過ごす約束をしているのだが」
だが、唐突に話し始めた私の言葉に2人が揃って戸惑った表情を浮かべる。
イヴァンは全く動じず、書類の処理をする手を休めない。
「私を満足させ喜ばせるために、一生懸命奉仕してやると言われてな」
しかし、私の言葉を聞いて、その手が止まった。
「・・・・本人がそう言ったのですか?」
イヴァンが何とも言えない顔をしている。
恐らく、ケイタから説明された時の私も同じような顔をしていたと思う。
「あぁ、忘れられない最高の日にしてやると」
主語の無い私の話に、カルシク達は誰の話なのかよく分かっていない様子だが、イヴァンは分かっているだろう。
「どうだ?誘われていると思うか?」
わざとカルシクに問うてみれば、少し恥じたような顔で頷いた。
「どう考えても・・・かなり直接的なお誘いかと」
「将軍お相手に、そのような誘い方をするとは・・・」
ハガンはやや眉を顰めている。
確かに本当にそういう意味なら、余りにも直接的で扇情的すぎる。
下手をすれば、娼婦のようだと蔑まれるような誘い文句だ。
「まぁ、ケイタなのだがな」
名前を明かしてやれば、2人が信じられないと絶句した。
だが、イヴァンは仕方が無いと言った感じで首を振っている。
「絶対に違うでしょうね」
「絶対に違うであろうな」
やはりイヴァンも同じ意見だった。
「違うのですか!?」
カルシクとハガンだけが納得出来ないと言った表情だ。
「2人ともちゃんと覚えておけ。ケイタはそう言う子だ」
カルシク達に向かってイヴァンが溜息混じりに零した。
「今のような際どい事を平気で言うし、誘っていると勘違いさせるような言動を平気でする。だが本人にその自覚はないし、そのつもりも無い。だから、決して勘違いしないように。また勘違いした者が近寄らないよう、側にいる時は常に気を配れ。お前達が思っている以上に、あの子供は無知だ」
イヴァンの言葉に、2人が神妙な顔で頷いた。
「そう言えば、あれはもう渡したのですか?」
イヴァンが書類に目を通しながらも、少し面白そうな声でこちらをチラリと見てきた。
あの香油瓶の事だろう。
仕上がった瓶は屋敷ではなくこの執務室に直接届けさせたので、イヴァンもあれを見ている。
茸の香油瓶など、我ながらなんと間抜けな贈り物だと思ったし、それを見た時のイヴァンは遠慮の無い大笑いであった。
だが、私は確信していた。
あの様な珍妙なものでも、ケイタは恐らく喜ぶだろうと。
一緒に買い物へ出かけた日、1日ケイタを見ていて気が付いた。
あの子の茸への愛着は、私が想像していた以上だと。
とにかく買い物の全てが、茸を基準にしていた。
茸のものばかりに興味を持ち散財し、最初は買う事に乗り気では無かった戦盤の駒すら、茸の駒を見つけた瞬間に欲しがる始末だ。
私は時々、あの邪魔くさい茸が心底羨ましくなる時がある。
常にケイタと共にいれて、無条件で惜しみ無い愛情を一身に受けられるのだ。
情けないとは分かっていても、嫉妬心が湧いてくるのは止めようがない。
だから、本当はあの茸を象ったものなど贈りたくは無かったのだが、ケイタの喜ぶ姿がどうしても見たくて、若干の敗北感を感じつつもあれを発注した。
だが結果としては、期待以上の反応だった。
正直、あそこまで喜ぶとは思っていなかった。
まさか、大好きという言葉と共に抱きつかれるなど。
そもそも、ケイタから抱きついて来たのが初めての事だった。
それだけでも衝撃だったのに、大好きだという言葉までくれるとは。
勿論、私のそれとは意味の違う好きだと言う事は理解している。
それでも、咄嗟に抱き返す事すら出来ないほどには大きな衝撃だった。
何が起こったのか理解するのに時間がかかったし、抱き返して良いのかと逡巡してしまった。
漸くケイタの体に腕を回す覚悟が出来て、はやる気持ちを抑えながら腕を上げれば、その瞬間にはもうケイタは体を離して香油瓶に夢中になっていた。
私の腕は、なんとも中途半端に空気を抱くだけだった。
だが、それでも充分満足であった。
本当に夢のような時間で、今この瞬間もあの時の事を思い出すだけで、私はいくらでも舞い上がってしまう。
「・・・・将軍、また緩んでますよ」
イヴァンに苦笑気味に指摘されて、すかさず眉間に力を入れる。
「喜んで貰えたようですね。何よりです」
早く明日にならないだろうか。
「それで将軍、例の連中ですが」
イヴァンが改まった表情で、口を開いた。
先程までのは、休憩がてらの雑談だったのだろう。
打って変わって、室内の空気が引き締まる。
「あぁ、王都にはいつ頃送還されてくる」
「移送用の鳥車を使いますので、二日後には王都の門をくぐります」
あの忌々しい連中は、王都から3つの街を越え、4つ目の国境沿いの街で捕縛された。
国を越えて逃げるつもりだったらしい。
腹立たしい事だが、当初考えていたよりも捕らえるのに時間が掛かってしまった。
だが、愚か者はやはり何処まで行っても愚か者で。
事件から3週間程経ち王都から距離も離れ、何時でも国を越えられる状況になった事で油断したのだろう。
それまでは慎重に隠れ動いていたであろうに、4つ目の街に着いた途端に娼館で派手に遊んだようだ。
ケイタを売った金で。
目立つ行動のおかげで、街に駐屯している馬軍所属の衛兵にあっさりと見つかり捕縛されたらしい。
「それにしても、本当に頭の悪い連中ですね」
提出されていた報告書に目を通しながら、イヴァンが呆れた声を出す。
「何故、国境を越える直前で気を抜くのか理解できません。そこまで行ったならさっさと国を越えてしまえば良いでしょうに」
「我慢が出来ないのであろう」
身の安全よりも、色欲が勝ったのだ。
いや連中にしてみたら、もう身の安全は約束されたようなものだったのだろう。
国さえ越えれば、我々が手出しできないと考えていたのだ。
「まぁ、国境を越えたところで意味はないのですがね・・・」
小物にしては頭を回したと思うが、全く意味はない。
連中が逃げ込もうとしていた隣国は、シラーブの友好国だ。
こちらが申し出れば、直ぐにあちらで捕縛され身元を引き渡される事になる。
身の安全を考えるなら、交渉の出来ない敵国へ逃げるのが普通だ。
それすら分からなかったとは、脳みその小さい連中で本当に良かった。
とにかく、これでようやくケイタを傷つけた事への報いを受けさせられる。
奴隷商の館から連行してきた者達の取り調べもあらかた終わり、罪が確定したもの、放免となった者、大体の仕分けは済んだ。
「三日後、捕らえた者全員を刑場へ。そこで刑の言い渡しと執行を行う」
さっさと終えて、ケイタが安心して外に出れるようにしてやらねば。
「畏まりました。刑の執行はその場で行うのですか?今回は裁く人数が多いので、執行人が足りませんよ」
「あぁ、分かっている。流石に一気にはできんから刑の軽い者達から執行する。初日は鞭打ち刑だけの者達からだ。だが、執行する場には他の罪人達も全員立ち合わせろ。自分達がどのような刑を受けるのかしっかりと理解させるのだ」
「承知しました」
2度とケイタに手を出す者が現れないように。
私の印を侮辱すればどうなるのか、改めて周知する良い機会だ。
この件に関して、上がってくる報告書は本当に胸の悪くなるような内容ばかりであった。
法に背き、法を侮辱する事自体が許し難いが、何よりも奴らの性根が汚らわしかった。
なぜ違法行為に手を出したのか動機を確認すれば、泣きながら抵抗する者を手篭めにする事が楽しいのだと。
隠し印の奴隷は無理矢理攫われてきた者が多い故、何も分からないままに必死に抵抗する。
それをねじ伏せ支配する事に興奮すると。
それは、最初から抵抗をしない普通の奴隷では味わえない愉悦だと。
また、隠し印は見目の良い者が多いから、最高の玩具として欲しくなると。
どれもこれも、吐き気を感じるような品性下劣な理由だった。
捕らえた者たちは富裕層が多かったせいか、権力者との繋がりを持つ者も少なくなかった。
皆保身の為に必死で後ろ盾となる貴族達に縋ろうと手を回したり、財を差し出し我々に目溢しを願い出たりと見苦しい足掻きを見せてきた。
他の軍ではそれで通る事もあるかも知れぬが、馬軍では違う。
むしろ、その様な行為は我々にとっては最大の侮辱だ。
兵士達の怒りを煽っただけだろう。
権力や富を使えば法を犯しても許されると思うなど、愚かの極みである。
馬軍は法を犯した者達に決して容赦はしない。
それがどのような身分のものであっても。
身分問わず平等に法の遵守を。
それが我々馬軍の誇りであり、信条なのだから。
「バルギー、おかえり」
今日も、ケイタが可愛らしく玄関で出迎えてくれる。
その姿を見れば一日の疲れも溜まっていたイラつきも簡単に消えるし、我が家に帰ってきたと安心できた。
今までは、家などただ生活するだけの場所だと思っていたが、ケイタを迎えてから考え方が変わった。
ケイタと共に過ごすこの家は、私にとって何よりも居心地がよく心やすらぐ場になったのだ。
ケイタと過ごす何気ない日々が、こんなにも幸せなものだとは。
毎朝、奥の間から出てくるケイタに一番に目覚めの挨拶をするのは私だ。
朝食を共にし、家を出るときも見送ってもらえる。
帰ってくれば、このように玄関で待っていてくれるし、夕食時の語らいも楽しい。
寝室に戻った後に遊戯盤で戯れる2人だけの時間は、私にとっては特別で大切な一時だ。
そして、最後に就寝の挨拶を交わし、私の奥の間に入っていくケイタを愛おしい気持ちで見送る。
誰よりも最初にケイタの姿を目にし、誰よりも最後にケイタの声を聞く。
ケイタの最初と最後の瞬間は、私だけのものだ。
そしてケイタも、1日の始まりと終わりに目にし耳にするのは私だ。
ケイタの1日は、私で始まり、私で終わるのだ。
この毎日の習慣は、私の独占欲をとても満たしてくれた。
一緒にいればいるほど、日々ケイタへの気持ちが大きく膨れ上がっていく。
森で出会い恋を自覚したあの時から、私の想いは募っていく一方だ。
家に迎え私の印を与えれば少しは気持ちが収まるかと思っていたが、そんな事は全くなかった。
むしろ、もっともっとと貪欲にケイタを求めてしまう。
あぁケイタ、早くお前の心を、お前の人生を私にくれ。
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元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
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公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
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