飛竜誤誕顛末記

タクマ タク

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第四章 将軍様一局願います!

第4話 底なし沼

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**ヴァルグィ視点**
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「最近ケイタを見ませんが、何かありましたか?」
仕事が終わり帰り支度をしていたところ、イヴァンが軽い調子で声を掛けてきた。
外套を羽織ろうとしていた手が一瞬止まりかけたが、動揺を悟られないようゆっくりと分厚い布地を掴む。
さりげなくイヴァンの様子を見れば、特に向こうからはこちらを探るような気配はなく、ただ単純に姿を現さなくなったケイタを心配しているだけのようだった。
「いや・・・軽い風邪をひいたみたいでな。家で休ませている」
「おや、それは可哀想に。寒さに負けましたかね」
奥の間を閉じてから既に1ヶ月半ほど経っている。
今までは1週間に2回程度の頻度でここに来ていたケイタだ。
それがすっかり姿を見せなくなったのだから、イヴァンが気にするのも当然の事だろう。
「大した風邪ではないが、冬が終わるまでは外出は控えさせるつもりだ。寒さは体に悪い」
自分でも驚く程、スラスラと嘘が出た。
「それはそれは。ケイタは退屈してグズルんじゃないですか?」
「そうだな」
面白がるように笑うイヴァンに何でも無いように答え、私は疾しい気持ちを隠すように帰路についた。

「お帰りなさいませ旦那様」
「あぁ」
私を迎えるリーフの表情は硬い。
ここのところずっとそうだ。
仕事はそつなくこなすし、以前と変わらず常に礼儀正しい。
だが、私の非道な行いに対しては当然思うところがあるのだろう。
私に対する忠誠心と、私の行いに対する不信感、そしてケイタに対する罪悪感が、彼を苦しめているのだと分かっている。
酷い主だという自覚はある。
私は今まで、常に己の信じる正しさを貫いて生きてきた。
誰にも恥じることが無いよう、自分に恥じる事がないよう。
己を厳しく律して、そして他者にも同じように厳しく求めた。
不正は許さず、金や権力にモノを言わせて不義を働く恥知らずな痴れ者達を多く罰してきた。
それが、今やどうだ。
私は自分の欲を優先し、権力を振りかざしてケイタを弄んでいる。
私は。
今まで罰してきた愚か者達と同じモノに成り下がったのだ。
嫌悪し忌み嫌っていた、あの愚か者たちと同じに。
己の汚さに吐き気がする。
私の信念を信じ仕え、ついてきてくれている者たち全員への裏切りでもある。
リーフも、イヴァンも、信念をもって入隊してきた馬軍兵達も。
私を信頼するナルグァスに、カディ、私を取り巻く者たち。
そして、何よりも私を信じ懐いてくれていたケイタを。
私は裏切った。
初めてケイタを抱いたあの日、あの小さな体を無理やり開こうとした直前で言われた言葉。
“・・・・・・し・・しないよね?”
私の汚い欲をそこに押し付けられていてなお、まだ私を信じようとするケイタのあの顔を、目を、声を、私は一生忘れられないだろう。
それでも、ギリギリまで私を信じようとしていたケイタを、容易く裏切り引き裂いたのだから、私程冷酷な人間もそうそう居ないであろう。
私はまさに恥の塊だ。

濃紺色の扉を水色に戻し、静かな室内へと足を踏み入れる。
常に賑やかだったケイタが居るとは思えないほど、部屋の中は静まりかえっている。
窓辺に目をやれば、並べられた布枕に体を埋め眠っているケイタが見えた。
ケイタは何時もそこにいる。
外の世界が恋しいのだろう。
一番外に近い窓辺に何時もひっそりと座っているのだ。
静かに近寄れば、殆ど手のつけられていない昼食の皿が目に入り、思わず溜息が溢れてしまった。
ここ最近ケイタの食べる量が目に見えて落ちている。
元々心配になるような量しか食べなかったのに、それにも増して食べなくなっている。
だが私にはそれを責める権利も、心配する資格も無い。
そうしてしまっている原因は、他でもない私自身なのだから。
それでも細っていくケイタを見ると、耐え難い不安と心配の気持ちに悩まされた。
ケイタは食べることが好きだった。
食べれる量は少なくても、何時も楽しそうに嬉しそうに食べていた。
だが、今は私が渡した物を義務のように口に運ぶだけだ。
それが、とても悲しい。
ケイタの楽しいと思う気持ちを奪ったのは私だ。
自由も、人との関わりも、財産も、信頼も、尊厳も、全て奪った。
本当は彼を守りたかったのに、私が盾になり、安心できる場を作ってやりたいと思っていたのに。
実際に私がしたのは、真逆の事だった。
しかし、やり直したいとは思っていない。
苦しむケイタの姿には耐え難い罪悪感を感じるが、それと同時に確かに満足している自分も居るのだから。
ケイタをこの部屋に閉じ込め、ようやく誰かに奪われる心配が無くなった。
逃げられる心配も無い。
私だけがケイタに触れられるのだ。
私だけのもの。

未だ起きる様子のないケイタの目元をそっと親指でなぞる。
この目が開いている間は、私はまともに彼の顔を見れない。
怖いのだ。
嫌悪の眼差しを向けられる事が。
拒絶される事を恐れて、会話すらろくに出来ない。
だが、最近になってケイタは話し合おうと言うようになった。
怖いほどに真っ直ぐな目で私を射抜き、話をしようと言うのだ。
だが、私はそれを拒絶している。
何を話し合うと言うのか。
いや、何を言われるかなど分かっている。
ケイタの望みなど明白だ。
私からの解放だろう。
実際、最初にそれを言い出した時も、ケイタは言いかけていた。
“俺は・・・・俺は、また前みたいに”
その続きを聞く勇気が無くて私は邪険に言葉を遮ってしまったが、続く言葉が何かなど考えなくても分かる。
また前みたいに・・・・・自由になりたい。
そう言うことだろう。
私から離れ、自由の身に戻りたいと。
そんな拒絶の言葉、聞きたくなど無い。
そんな事は、許さない。
ようやく手に入れたのに、今更手放すなど出来るわけが無い。
だから、その後も話をしようと言われる度に機嫌が悪くなるのを隠さず、それ以上喋るなとケイタに圧力をかけた。
夜であれば、憎らしい言葉を吐く口を塞ぐように唇を合わせ、そのまま抱き潰す。
そんな事を繰り返すうちに、ケイタの食は更に細くなり、話をしたいと言う以外はあまり喋らなくなった。
臆病な私の態度のせいでケイタを追い詰めている自覚はあるが、他にどうすれば良いのか分からなかった。
「ケイタ起きなさい。夕食にしよう」

何時も今日こそは穏やかに接しよう優しくしようと思うのだ。
だが、ケイタに話をしようと言われると込み上げるイラつきが抑えられなくなってしまう。
何時まで抵抗するのだ、一体何時になったら諦めるのだと。
結局今日も、夕食後にそれを言われてイラつく感情のままにケイタを寝台に引き摺り込んでしまった。
夜香で無理矢理思考を奪ってようやく、私はまともにケイタの顔を見れる。
こうまでしないと顔を合わせる事すらできない臆病で卑怯な自分が、本当に嫌になる。
けれども快楽に溺れ縋り付いてくる姿は私のイラつきを消してくれるし、私を求めるような仕草をされると堪らない喜びを感じた。
ケイタの体のなんと甘美な事か。
私を受け入れる熱い体に、耳障りの良い甘い声、私の愛撫に震える腰、ケイタの全てが私の情欲に激しく火をつけた。
最初は拒むように私の胸を押していた腕が、そのうちに背中に回され爪を立てられれば、思わずケイタへの配慮を全て忘れて欲のままに激しく腰を振ってしまいそうになる。
お互いの体の隙間が無くなるほどに抱きしめ合えば、まるで愛し合っているかのような錯覚に囚われ、言いようのない多幸感に包まれた。
そうして享楽の熱に浮かされ、つい何も考えずに愛しているという言葉が口から出そうになる瞬間、ケイタの首に下がる奴隷印が目に入り、冷や水を浴びせられたような気持ちになるのだ。
勘違いするな。
お前に愛を囁く資格など無いと、鈍く光る奴隷印が私の罪を突きつけてくる。
この行為全てが、私の独り善がりの一方的なものだと思い知らされる。
私とケイタの間に、愛などあるわけが無い。
私はケイタの全てを奪ったのだから、心まで求めてはいけない。
それは許されない事だ。
ケイタの心は不可侵の領域、汚れた私が触れてはいけない物だ。
愛を囁くなど、ケイタに対する侮辱以外の何ものでもない。

私は、何の罪も無いケイタをただ己の欲望の為に奴隷に落としたのだ。
将軍という地位を利用して。
本来なら行わなくてはいけない様々な手順を全て無視できる、上位階級の特権。
私が不敬だと言えば、ケイタの言い分など何も通らず不敬罪が成立してしまう。
罰として奴隷の身分へと落とすのは簡単な事だ。
元より、そもそもケイタは何も印を持っていなかった。
私の印だけが彼の立場を保証するものだったのだから、それを取り上げてしまえば彼の立場を保証するものは何もない。
私が奴隷印をつけたところで、誰も何も文句は言わないし言えないのだ。
この世界において、印が無いと言うことは人権がないと言う事。
ケイタは何にも守られていない。
だから。
だから・・・・・・・守りたかったのに。
このような仕打ちを受けないように、守ってやりたいと思っていた筈なのに。
そう思っていた私自身が、ケイタを地獄へと突き落とした。
彼の過去を考えれば、もっとも卑劣で傷つけるであろう手段でもって。
私は、一体何をしているのだろうか・・・。

気を失うように眠ってしまったケイタを風呂へと連れていく。
私がぶつけた欲を洗い流し体を清め、大きな傷が付いていないか確認もする。
元より細かった体躯は、更に小さくなった気がする。
ケイタの体調を考えれば、手を出すべきでは無いのは分かっている。
本当は、とにかく食事を取らせてゆっくりと休ませてやらなくてはいけない。
分かっているのに、私は我慢ができないのだ。
こんな弱々しい姿を見て、よく私はあのような非道な事ができるものだと、自分の冷酷さに感心すらしてしまう。
ケイタは、まるで麻薬のようだ。
吐きそうな程の罪悪感と後悔と自責の念に苦しむのに、それでも抗えない愉悦。
泥沼にはまり込んでいる自覚はあるが、今更引き返す事はできない。

そうして私は、結局ケイタの尊厳を踏みにじり侮辱し続ける。
誇りであった信念を折り、道徳心を忘れ、罪悪感と仄暗い喜びの間で葛藤しながら。
私は、罪のないケイタを道連れにして底の見えない地獄に落ちたのだ。
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