僕と少女と霊媒師

西ノ仁

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僕と少女と霊媒師

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              僕と少女と霊媒師
 日本海に、沿って蒸気機関車が数台の客車を引いて、黒煙を上げながら走っている。上空からこの機関車を見下ろすと、左側は穏やかな白い波が岸に打ち寄せている、日本海である。
右側は山の緑で覆われていてその海と山の間を、時折この蒸気機関車はボーと汽笛を鳴らして力強く走っていた。
竹内光一、つまり僕は能登半島のこの蒸気機関車が止まる小さな町で青春時代を過ごした。
                  
    昭和二十六年 夏

真夏の夜は満月に照らされて薄暗い。
田んぼの畦道では蛙の啼き声がうるさい位に聞こえる。少し先に木造の校舎が見える。その校舎の玄関が明るく開いた。そしてその明かりの中から、三人の人影が出て来た。
一人は無精髭の中年男性、他の二人は白い野球のユニホームを着て手には一人がグローブを持ちもう一人はバット持っている。
二人の少年は坊主頭を中年の男性に向かって下げた。
「先生、ほなさいなら」
「ああ、明日も練習やさかえ」
中年の男性はそう言うと玄関のドアをしめた。
二人は歩きながら空を見上げる。
薄暗い空の所々に星が見え始めていた。
「ああ、まったく今日に限ってなして特打なんぢゃ,まったく熊の奴、なして今日なんけ」こう呟いたのは僕、光一そして隣は同級生の中村裕太である。
バットを肩に担いで僕がそう言うと隣の裕太がクスッと笑った。
「仕方がないじゃろ、今日の練習試合じゃ、光ちゃん最後の打者に強気だったでなぁ」
「ほうや」そう言いながらその時の光景が目に浮かんだ。

スコアーボウドは9回裏、1対0で光一の学校が勝っていた。光一が投げる相手打者は四番の強打者でランナーが一塁にいる。キャッチャーの祐太は頻りに敬遠のサインを出している。ベンチの監督熊野も頷いていた。光一はそのサインに何度も首を横に振った裕太が溜まり兼ねて。
「タイム」と宣言をしてピッチャーマウンドに上がってきた。
「光ちゃん、どうするんねん」
僕はにこっと笑うと。
「ここは、ストレートで勝負じゃ」
と言い放った。
「まじけ、ふあんじゃ」
裕太はそう言い残して戻った。
そして、キャッチャーミットを真ん中に構えた。
僕は満身の力でそのミットめがけて投げ込んだ。カーンと乾いた音がグラウンドに響いた。
打者がゆっくりとグラウンドを回り始めたのを覚えている。
「光ちゃん、光ちゃん」
その声が僕を現実へ戻した、裕太が校舎の大時計を見ながら。
「ああ、もうこんな時間じゃ、でばるさかえ花火大会、光ちゃん急ぐで」
二人はユニホーム姿のまま自転車置き場に急いだ。
僕はバットとグローブを自転車のかごの中に入れた。かごの中には硬式のボールが二っ入っている、光一が先に走り出した。
「待っていな」後から裕太が追いかける。暫く行くと本道から外れて横に林道がある。
「裕ちゃん、こっちの道の方が近いとおもうが」
そう言うと僕は通りから外れて林の中へ走り出した。
「待っていな、光ちゃんそっちの道は暗いからダメじゃて」
光一はおかまいなしである。
「平気、平気まだ明るいほうじやけ」
僕はどんどん先に進んだ。
裕太は、あきらめた様に後を追いかける。遠くで花火の音だけが聞こえる。
二人が林の中に吸い込まれて行く、近くの畦道では蛍の光が見え隠れしていた。

二人が入った山道の先には途中に少し急な下りの坂がある。その坂の降りた左手にお寺の門が見えた。光一は急な坂道なのでペダルを漕ぐのをやめたが、自転車はスピードを増してドンドンと下り始めた。
「あー」と言う大きな声と同時にバランスを崩した光一は、そのままハンドルを取られながら、ガシャンと言う音と一緒に自転車もろとも倒れた。幸いにも夏草の多い所に転げ落ちたので怪我はなかったが、左肘を打つたので「あいたた」と叫んでいた。
転ぶと同時に自転車の籠からボールが一つ飛び出し点々とお寺の門の中へ吸い込まれる様に入って行く。
僕は倒れたままそのボールを目で追う、すると門の中に浴衣姿の少女が見えた様な気がした。
僕は起き上がると痛めた肘を摩りながらボールを拾いに行く、お寺の門は裸電球が一つ付いていて少しだけ明るいが本堂からは離れていた。
落ちたボールを拾い上げると先程みた少女を探して辺りを見廻したが姿はなかった。
「大丈夫」裕太が追いついて門の外で大声を上げていた。
「ああ、大丈夫じゃちょっと足が痛いけんど」
足を摩りながら自転車を起こし乗り込もうとした時。
「お兄ちゃんどこ行くの」と少女の声がした。「花火大会だよ、お祭りじやから」
そう返事をして声のする方を見ると少し先に少女がいた。暗いのでその姿はぼんやりである。
白地に処どころ赤と青の金魚模様の絞りの浴衣を着ている。帯も赤く見える、頭の形がオカッパで、歳は六才位にみえた。
残念な事に顔は見えない。
「連れてってくれる」
そう聞こえたので僕は何か言おうとしたが裕太の声がした。
「はよしな遅れるで」
僕は裕太の声の方を見ながら
「そうじゃね、また今度じ」と呟いて少女の方に目を向けるとそこには少女の姿は無かった。
「光ちゃん、はよせんかいね」
裕太の声がまたする。
「分かった、今行くけん」
慌てて自転車のペダルを漕いだ。
 二人が花火大会に着いた時には見物客はすでに帰り初めていた。
「まったく、間に合わんかったか」
二人ともかたを落とした。
「仕方ない帰るけ」
二人とも諦めた様に自転車を手で押しながら、ぞろぞろと花火見物を終えた人ゴミの中に消えた。
 次の朝、階段の下から母親の声が聞こえた、ここは光一の自宅である。
「光一、朝ごはんだよ、練習があるんじやろ、早く起きや」
その声で目が覚めた。
「はーい」と間延びした返事をした。
「あれ」光一は首をひねった。
  (おかしい)
そう思いながら、階段を下りて一階の洗面所に行って顔を洗い始めた。
後ろから小学生の妹がタオルを持つて入って来た。
「お兄ちゃん早くしていや」
僕は妹の顔を見ると小さな声で。
「おはようございます」と頭を下げた。
「また、だらにして」と妹は訝しげな顔をしている。
光一が食卓に座ると今度は。
「わぁ、おいしそう」と言うので、母親が驚いた。
「お前、調子わるいがけ、それとも頭でも打ったんかや」
母親は気味悪そうだ。
「別に何もないでちゅ」
そう言うと朝食をパクパク食べている。
「おかしい子だよね、なんかしたんけ」妹が食卓に来てこの様子を見ながら。
「また、お兄ちゃんおこめとるがや」と言いながら食事を始めた。
「別にふざけてなんて」
そう言う僕も、少し首を傾げた。
  (なにか変だ)
「ごちそう様」そう言うと、食べた食器を台所に持つていく。
「今まで、こんな事した事無いげに」
母親はもう呆れ顔だ。
そして、それが終わるとさっさと居間に行くと母親の鏡の前で櫛を取り髪をとかした始めた。坊主頭に櫛である。これには母親が激怒した。
「光一いい加減にしんしゃい」
そう言うと母親は、新聞を丸めて光一の頭を叩いた。それを見ていた妹は目を擦ると。「お母さん、私まだ目が覚めていない見たいなんで、また寝る」と言うと二階に駆け上がった。
「おーい、光ちゃん行くが」
外から大きな声がした裕太の声だ。
「光ちゃん練習にいくがや」
再び声がする。
「そうだ、行かなければ」
僕は我に返ったようにユニホームに着替えて
外に飛びだした。しかし、自転車に乗る時になると、急に「この自転車乗れない」と言いだした。
裕太は、「はあ」と首を傾げる。
光一が、自転車を押し出したので裕太は呆れかぇる。
「光ちゃんおこめっとたら、先に行くけん」と言うとさっさと走り出した。
「待ってよ」
少女の様な声で裕太を追いかけて行く。
玄関でこの様子を見ていた母親は一言「私もねるけ」と。
 
 学校の校庭でノックの音が響いている、一人一人が熊野の打った球を受けている。光一は順番待ちの間なぜか身体を、クネクネとしながら立っている、傍にいる連中は中腰のまま気になって仕方がない。熊野は無視しながらノックを続ける。
光一の番が回ってきた、熊の打った打球が光一目掛けて飛んできた。
「キャー」と言うと光一はその打球を避けてしまった、熊野が激怒する。
「帰れ、お前はかえれ」熊野は自分の激怒にそのままひっくり返る、ナインが慌てて熊野を取り囲む。「先生、先生」
  
 川沿いの土手は夏草が生い茂っている、光一が自転車を引きながらトボトボと歩いている、自分でも普段と何かが違うと思いながら歩いていると、後ろから声がする。
「そこの少年、ちょっとそこの少年」
自転車のベルを鳴らしながら近づいて来た人がいる。
僕が後ろを向くと買い物籠に野菜を入れたおばさんだ。
「あんた、背中に何か、背負っていると」
「はー」と言いながら自分の背中を見たが何も見えない。
「あなたの背中にとりついているがや」
「え、何がいね」
「分からんやろうがね」と一息入れると。
「まあ、見えてないか。
僕が訝しい顔をすると、そのおばさんは財布から名刺を差し出した。
僕はそれを読んだ。
「霊媒師中沢うめ」
「何かあったらこん場所に来んしゃい。
払って上げるで分かった」
そう言うとそのおばさんは、自転車に乗って走り出した。日に焼けた手の中に白い名刺が残った、名刺には住所が書いてある。
家に帰ると母も妹も何気なく遠回しに光一を見ている。光一は、居間に居る時も正座している。また、妹の部屋で手毬をし出したり、急に勉強をし出したり。母も妹も襖の影から覗きながら首を傾げる。
僕は心の中で呟いた。
 (あれ、なんか俺、変だ。)
次の日僕は野球の練習を休んだ、もちろん仮病である、むしろ昨日のあのおばさんの言葉が気になって仕方がなかった。
あの時貰った名刺を手に持っている、目の前にその住所と名前がある。
「ここじゃ」玄関に中沢うめの表札がある。
「こんにちは、こんにちは」
玄関を少し開けるとお経が聞こえて来た。二三度呼び続けると中から、「はーい」と若い女性の声がした。そして、じぶんと同じ位の女の子が出てきた。
「あのー、昨日これをもらったけ」僕は名刺を差し出した。
「分かりました、どうぞ入って下さい」
娘に能登の方言はなかった。
通された部屋には二人の先客がいた。男性が一人、女性が一人で男性は首をしきりにぐるぐると回している、もう一人の中年の女性は「うん、うん」と一人でうなずいていた、僕は娘の指示に従い開いてる座布団に座る。
「順番に呼びますので、お名前を教えて下さい」娘がそう言うので。
「竹内光一です」と伝えた。
「わかりました、では」そう言うと娘は奥に消えた。
部屋に残されて僕は、どうしていいか分からないので、腕を組み目を瞑るするといつの間にかうとうとしだした。
「竹内さん、竹内光一さん」と娘の声で、僕は目を覚ました。「はい」光一が慌てて返事をする、部屋にはもう自分だけである。娘が案内してくれた部屋に入ると。
大きな神棚があり、中央に水晶玉が置いてある。その前に紫の座布団が二つあり、むすめがそのうちの一つに座る様に促した。僕がその座布団に座ると、襖が開き白い着物と紫の袴に神楽鈴を手に持ってあの時の叔母さんが現れた。そして、光一に対座すると。
「来たね」と嬉しそうだ。
「あのー」と言いかけると。
「大丈夫、大丈夫」と二度呟く。
そして、僕をじろじろ見ると。
「あら、まだ取り憑いているとね」
「なにがや」僕は不安だ、おばさんはそれには答えず。
「では、正座して目を閉じて両手で拝むのです」
「何がいね」まだ不安である。
「いいから、いいから、言われた通りに顔の前で両手を合わせてな」
光一は仕方がないので言われるまま自分の顔の前で両手を合わせ目を閉じた。
 おばさんが何か呪文を唱えだす。
暫くすると今度は誰かと話している。
「出ねえ、ダメなの。あらそう、約束したんけ、祭り、お祭りね」
そんな会話が聞こえる。僕は恐る恐る目を開けた。叔母さんは、隣の誰もいない座布団に話かけている。僕は慌てて目を閉じた。
「君、何かお祭りの約束したけ」
「え、約束ですけ、なんの」
なにがなんだか分からない。
「この子、君がお祭りに連れて行くと約束したっていうちょる」「お祭り、この子?」何のことか分からない。暫くしてから、転んだ時の事を思い出した。
「あー、そう言えば」
「やはりね、この子連れて行って貰える思っているさかい」
「え、どうしよう」「どうしようて、連れて行くしか無いじやろう、そうしないとこの子君から離れんとよ」
「わー、なしてはなれんと、どうゆう意味や」光一が頭を掻く。「あらまだ分からないのかい、君に女の子の霊が憑いているんじ」
「霊け」
「そうじゃ」
「しかし、どうしてなんじや」
「しかしも、かかしもないんじ、愛子どこかでお祭りやってねえか調べておいで」先程の巫女に言う。どうも、娘の様だ。
「ああそうだ、お母さん、お祭りなら、隣町であしたあるよ。屋台も出るし」
「そう、じゃあ、明日の夜でも行こうけ、あらあら、この子喜んでいるわいね」
おばさんは、だれもいない布団に話かけている。  巫女も嬉しそうだ。
「お母さん、私も一緒に行く」
「ほやね、ほな光一君、あすの晩にもう一度くるといいがね」
「はー」光一は何が何だかいまだに分からない。
次の日、叔母さんと娘そして僕の三人と僕
に憑っている(この子)を連れて、隣町に出かけた。「あら、この子嬉しそうだや」
「まだ、見えるんけ」
「ああ、なんとなくだけどもね」
「まんで、少し体が軽くなったみたいなや」
「そうやあの子君から離れて、金魚すくいや綿菓子とかをみているさけい」
「ほやさかい、背中が軽いか」
娘の愛子も、色々な夜店に立ち寄って嬉しそうである。僕も鳥居の先にかき氷の暖簾を見つた。
「お、かき氷だで、買いに行くけん」
光一が、速足で歩く、しかし鳥居の手前で何かの拍子で躓いて尻もちをついてしまった。(あれ、何にもないのに可笑しいな)
僕がもう一度立ち上がると。
「こらこら、だめだっていっちょる」「え、なにがダメなんじゃ」「ちょっと待っと、いまこの子に聞いて見るがね」
そう言うとおばさんは、僕の足元に目をやりながらまた誰かと話始めた。愛子も綿菓子を持ちながらこの様子を眺めている。屋台に来ている大勢の客はこの風景に誰一人気にする様子もない。
「え、なに、そう」そんな会話が続く。
「ほやね、ほうか」「なんよ」
「この鳥居の先に神社があるさかい、見つかると怒られるって、ほんで、だちかんだそうやそれにまだ、約束が残っているってゆうがね」
「まだ約束が残ってるって、それどう言う意みじ、お祭りに来たのになして」
「ほやね、もう一度きくが」そう言うと
叔母さんは、僕の背中越しに話始めた。
光一も、背中に少し重みを感じていた、どうやらまた背中に戻って来たようだ。
「ああ花火かいね、花火に行く約束なんかい、君花火だって」「花火け」光一は、肩を落とした。
「せっかく肩の荷が下りると思っとたのに」とお寺で転んだ時の会話を思い出した。
「ほうか、花火大会に行く時にお寺で転んでその時、女の子の声がしたんじゃあ、そん時、連れてってと聞こえたんじが」
「それだ」愛子と叔母さんが同時に頷く。
「でもあの時は足が痛いので連れて行くなんて言ってないが」
「だけど、この子は君が連れて行ってくれると思い、取り憑いていたんじ。しかし、花火大会は、この近くではやってないがね、愛子ちょっと調べてみてみい」
「うん、お母さんまだどこかでやっているかも、今日は帰って調べてみる」
「そうだね、じゃあ、帰るとすか」
二人は納得いった様に帰り始めた。
僕はそれを聞いて不安げに。
「あのー,この子は僕にとりついたままかいね」
「ほうやねぇ」おばさんは少し考えると娘の顔をみてニコリと笑った。
「お母さん、まさか、ダメ絶体だめだから」
「そのまさかじゃ」
光一は、二人の会話の意味が分からないでいる
「いやだ」愛子は、顔を横に振っている。
「それがいちばんじゃが」
「二人でなにを、言ってるけ」
叔母さんは、光一の質問には答えず。
「では、とりあえず、私の家にかえるさかえ」「まつたく、お母さんたら最悪だ」
愛子は不機嫌な顔である。三人は、
叔母さんの家に戻った。
「では、愛子はこの座布団の上に光一君はこちらえどうぞ」ふたりは対座して座らせられた。
「おばさん、なにをするんけ」光一はもう一度先程の質問をした。
「この子を、愛子に移すんだじゃ」
「え、きみに」「そうよ、この子が、私に移るの私は嫌だなー、まあ、この子が納得すればだけどね」
ロウソクが二本立てられた、おばさんが巫女の服に着替えて二人の間に座るそして、数珠を手に何か祈り始めた。
僕は次第に眠くなってきた。そしてそのまま寝ていた様だ。
「ほな、光一君終ったさかえ」
その声で僕は目を覚ました。
愛子は座布団の上で横になっていた。
「あの子さ娘さんへ移ってくれたんけ」
「ああ、花火を見せるからと言ったら納得したよつて、それよか、花火大会の事調べておくから今日は帰りな」
「はい」光一は疲れた様に家に帰った。
家に帰ると、妹も母親も遠う回しに僕を見るだけで近ずこうとはしない。父親は光一の悪戯と思っているので無口だ。妹は光一の部屋の戸をあけると。
「お兄ちゃん、絶対に声をかけんといてや」
と頗る機嫌が悪い。光一も、親に話しても無駄だと思っているので、早寝に布団にもぐり込んだがなかなか眠れない。
その夜は澄んだ夜空に多くの星が瞬いていた。
次の日、僕は昨日の事が気になったので早々に
自転車でおばさんの所にいく。
「あったよ和倉なんだけんど」
「あったんけ、よかった」
「そうよ、そう、それも大きな大会よこれを逃すと後はない見たいだ」
「それで、愛子さんとあの子は大丈夫なんかい」
「ああ、大丈夫じゃ、愛子に移して正解じゃ
元気に遊んでいるが。ほな、明後日の夕方三時に駅で待ち合わせ丁度電車で30分位でいくさかい」
「ほならいくけん」「まってるさかえ」
光一はそれを聞くと安心した。
当日、待ち合わせの時間に駅に行くとおばさんと娘の愛子が先に来ていた。
電車に乗って花火大会のある駅に着いた、場所はすぐに分かった浴衣姿の人や子供ずれの人が海に向かって歩いていく。
愛子ちゃんが喜んでいる。
「あら、二人共喜んでいるげ」
「二人け、ああ、そうじゃ」
「ほな、もうすぐだげ」そう言うおばさんに娘が何やら話しかけている。
「え何なに、あそう、ほなら」光一には聞き取れない。
「なにゆうてるが」
「この子が、花火を見るのにいい場所があるんだとどうも以前来たみたいげ、案内してくれるとゆうとるが」
「え、まじけ」
娘の愛子は嬉しそうに先頭を歩き始めた。人々が海に向かっているのに愛子は途中で丘の方に向かい始めた。
光一が心配そうに。「そやけど、いくがか」と尋ねたが。「いいさかい」と叔母さんが付いていくので光一も仕方なしに付いていくことにした。時々おばさんは、愛子に話かけている。丘を少し上ると雑木林が見えて来た辺りは少し暗くなって来たが愛子が立ち止まると前方の林を指さした。
「あの子はこの先だって言っているが」
僕が今度は先に草むらを進んだが、暗くて良く見えない。
「暗いな、明かりを持つてくるんじゃた」と言うと。後ろの愛子が「明るくしてあげるよ」と言う。すると、直ぐに光一の足元が明るくなった。
「ありがとう」そう言って後ろを振り向くと何と、火の玉が二つ宙に浮いているではないか。これには光一が驚いた。
「だ、だめじゃ」おばさんも驚いて慌てて娘を止めた。愛子はしゅんとして火の玉を消した。叔母さんがロウソクを出したので三人は茂みの中にすすんだ。
暫く進むと目の前に海が大きく広がるそして少し先に大勢の花火客の姿が見下ろせる場所が現れたそして、三人がゆっくりと座れることが出来る場所が空いていた。
「なぜ、こんな場所知っとるけ」
光一はそう叔母さんに聞いて見た。
「さあ」と叔母さんの返事はあっけない。
愛子がその場所にちょこんと座ると同時に最初の花火が打ち上げられた。
ピューと音を立て、三人が大輪の花火に包まれた。時が止まったようだ。そして、次々に上がる花火を前に三人は声も出ずにみっめていた。
大輪の花火が開く時、薄っすらと少女の姿が映った。あのお寺にいた少女だろう、その陽炎の様な姿を見た時なぜかぼくは悲しくなった、悲しくて、悲しくて涙が溢れていた。
愛子ちゃんも、叔母さんにも見えるのだろう
二人とも涙を流していた。
僕は花火が終わるまで声を上げてないていたなぜか初めて人の世の刹那をかんじた。次々と咲く大輪の花火はそんな三人とひとりの少女を見降ろしていた。
花火が終わると三人は暫し茫然としていた。
すると、叔母さんが何かに反応した。
「え、帰るがか」そう聞こえた。
「どこに帰るの」愛子が聞く。
「そうだね、どこに帰が」とおばさんは、愛子の傍にいる少女に話しかけいた。
「うん、この子空をさしている」
僕はなんとなくその意味が分かつた。
「そう、帰るんだ」愛子が呟く。
「光一君、この子と会ったお寺覚えてるけ」
「うん、分かるが」
「もう、愛子に移っているからそこに連れて行くが」
三人はそう言うとお寺に向かった。
「おばさん、このお寺じゃ」
三人はお寺の前にいた。愛子が三人の前にでた、すると愛子の身体が光る。
「出て行くよ」おばさんがそう言うと、愛子から光の粒が出て来た、その光の粒はお寺の中で一つの塊になった。そして、少女の姿に。こちらに向かいお辞儀をしている。愛子は叔母さんに身体を預けている、気を失っている様子だ。
「さようなら」
おばさんがそう言っている。
「うん、さようなら」僕もそうとしか言えなかった。愛子が目を覚ました。
「ここは」おばさんが笑いながら。
「ほら、あの子だで」と指をさす、光の塊が徐々に消えていく。
「楽しかったかや?」と光一が呟くと少女の顔が微笑んだそして消えた。
僕達は暫くはその場を動けなかった。
「かえろうか」おばさんの声で、僕は気を取り戻した。「そうですね」僕が、振り向いて帰ろうとした時、僕の足元でチャリンと鈴の音がした。
「何じゃろう」足元を見ると鈴の付いたお守りが落ちていた。少し汚れている、僕はそのお守りを拾うとおばさんに渡した。叔母さんが、お守りの中を開いたその中に小さな紙切れが入っていて
名前と住所が書いてあった。
「これ、あの子のかな」
「さあね」三人はそのお守りをみっめた。
満天の星空に流れ星が三人の頭上に流れた。

  大きな門構えの家である。
「どうする、おばさん」
「どうするて、ここまで、来たんだから名前も合っている事だし」そう言うと叔母さんはお寺で拾ったあのお守りを取りだした。二人が門の前で迷っていると後ろから、黒塗りの車が近づいて目の前の門が開いた。
車の中の男性が、運転席から訝し気にこちらを見ながら二人の横を通り過ぎて中にはいる、門を開けた女性が二人にきずいた。
「どちら様で」「あのー、こちらの方で」「ええ、こちらでお手伝いをしています。あなた方は」女性は不思議そうである。
「はい」光一は、どもりながら答え様とすると。おばさんが横から。
「あの、このお守りの事で訪ねて来たのですが」と手に持っていたお守りを女性にみせた。
「お守りですか」渡されたお守りを手にした女性は、それを良く見ると驚きの顔で。
「奥様、奥様」と叫びながら、慌ただしく二人を置いたまま家の中に入っていった。光一と叔母さんは立ちすくんだ。しかし暫くすると先程の女性が でてきた。「奥様が、お会いしたいそうです。どうぞ中に入って下さい」女性がそう言う。二人は言われるままにあとに着いて中に入った。そして、広い応接間に通された、二人が待っていると和服の中年の夫人が先程のお手伝いの人と現れた。
「このお守りの話と言うことですが。」女性は、こわばった声で話はじめた。
「はい、そのお守りの中にこちらの住所と名前が入っていたんで」光一が話す。
中年の夫人は、袋の中身を確認すると驚いた顔である。
「これをどこで」「お寺で拾たがいね」
「確かにこれは、昨年死んだ孫娘の物ですが何で今頃」
「信じて貰えねえと思いますが、実は」おばさんが、少しずつ今までの事を話始めた女性は叔母さんの話に耳を傾けていたが話が終わると。
「ちょっと、お待ちください」と部屋を出ていった。
暫くして夫人は、二人の男女を連れてきた。男性は先程門の所で黒い車に乗っていた男性である。三人が僕達の前に座った。
男性は、おもむろに背広のポケットから茶色の封筒を差し出した。
「これを持ってお帰り下さい、もう二度と来ないでください」
「どう言う意味かいね」
叔母さんが訪ねた。
「ですから、もう二度と来ないでと言うことです。」と繰り返す。
「良くできた話だとおもいますが」
夫人が答える。
「ここにいるのが、舞いの父と母です。先程の話をしたのですが」
「ええ、聞きましたこんな作り話をして母を困らせないでください」と父親が言うと、母親も
「そうよ、あなた方に私の気持ちが分かりますか」と怒っている。
「おばさん帰るが」光一もこれ以上いても仕方がないと思っていた。
叔母さんは目の前の茶封筒を取ると男性の前に突き出した。
「これはお返しします、その代わりにあの子に線香をあげさせて下さい」そう言うと、叔母さんは、急に立ち上がるとずかずかとその家の奥に入って行った。
「待ちなさい」男性が止めるのも聞かずにおばさんは、部屋の奥へと進んだ。そして、奥の襖を開けると、そこには大きな仏壇があった。叔母さんは、その前におもむろに座った。後ろから、追いかけて来た僕たちは立ちすくんでいた。
おばさんが、仏壇の前に座ると不思議な事が起きた、左右のロウソクが自然に付いたのだ。これにはみんなが驚き動けなかった、おばさんはかまわず手を合わせて拝み始めると。「ありがとう、わたしは、大丈夫じゃよ、なになにあなたの家族の人達に伝えるのねおじい様と一緒だから大丈夫だって、光一くん聞こえた」
「うん、きこえたが」「そんでまだあるかいね」叔母さんはまた話し始めた。
「そう、お母さんのお腹のなかに妹がいるのけそれは良かったね、自分の代わりにみんなでかわいがって欲しいとね、光一君聞こえた通りに言いな」
「うん」
光一は、そのまま、三人に伝える。母親は驚く、
「まだ、お母様には言って無いのに、今日この話をしにきてまだ知らないのにどうして」三人は唖然とする。
「ほなら、帰るで」
おばさんは、ぼくを促してその部屋を出た。
ロウソクの火は消え残された三人は動けない。

光一がピッチャーマウンドにいる。
練習試合の時と同じ9回の裏である。
スコアーは、1対0で光一の学校がリードしている、あの時と同じであると光一はそう思った。「タイム。」裕太が、マウンドに上がって来た。
「光ちゃんどうすげ」
「ああ、直球だ」
「ああ、ストレートけ今日は走ってるで。」
「いいじろう」「分かつた」裕太は頷いて戻った。
光一は、振りかぶると思い切りのストレートをなげこんだ。
カーンと鈍い音が。
「オーライ」光一が両手を上げるて落ちて来るボールをがっちりと取る。ナインが大喜びで駆け寄った、熊野先生も大喜びである。野球場に試合終了のサイレンがなった。そしてその年の夏が終わった。
 光一が川の土手沿いに自転車を引きながらトボトボと歩いていた。
後ろから自転車のベルの音がする。
「そこのお兄さん、お兄さん、背中に付いているけ」あの叔母さんの声だった。
光一が後ろを振り向くと娘の愛子と二人でいた。愛子がケラケラと笑っていた。
「ほら」そう言うと叔母さんは、僕の背中に付いた葉っぱを取り出した。
「ほらね」愛子はまだ笑っている。
光一も可笑しくなって笑い始めた。三人が並んで歩き始めと、前から黒い車が近ずいて来て僕達の前で止まると二回クラクションを鳴らして後ろのドアが開いた。そしてあの舞ちゃんの叔母さんが赤ん坊を抱いて降りて来た後ろで夫婦二人も降りてくる。
叔母さんは笑顔である、二人の夫婦はこちらに向かって深々と頭を下げている。三人は直ぐにその意味が分かった。そして、赤ん坊の傍に駆けよった。
 夜空に大輪の花火が上がった。
東京、隅田川名物の花火である。
「おじいちゃん、おじいちゃん、花火が
始まったよ。早く早く」孫娘の声である。
「ああ」そう言いながら光一は、杖をつきながらベランダに出て来た。
「あらあら、今日はずいぶんと体の調子が良さそうね」
「うん、そうだね」
老人の手をこれまた、白髪の夫人が手を貸した。部屋の中には、若夫婦が夕食の支度をしていた。
「お父さん、外に出て大丈夫」光一の娘である。
「ああ、今日は気分がいいや」
光一はそう言うとベランダの手前の椅子に座った。そして、家族全員がベランダに出てきた光一の娘夫婦と孫の優、そうして、先程光一の手を引いた妻の愛子である。
花火が上がるたびに、孫娘は手を叩いて大喜びである。
「おじいちゃん、おじいちゃん、楽しい」孫娘は、そう言うと光一に向けて満面の笑みである。
光一はなぜか、「うん、楽しかったよ」と答えた。
「変なの、楽しかったじゃないでしょ、まだ始まったばかりでしょ」孫娘はおしゃまに光一に話しかける。「うん、うん、」光一は頷いた。
この時、光一の前には孫娘ではなくあの時の舞が見えていた。
舞は光一に尋ねていたのだ。
(楽しかった)と。
また花火が、ドンという音とともに大輪の花を咲かせる。家族がその花火を見上げた時に光一の手から杖が落ちた。そして、そのまま目を閉じた。杖が落ちたのに気ずいた妻の愛子は光一の顔を見て笑顔が消えた愛子の目にも光一の横に居る舞いの姿が映っていた、愛子の頬から一粒の涙が流れた。

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