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ガキ大将、柿田イシオ
しおりを挟むルマニア島やミシガン号の話題でみんながガヤガヤしていると、隣のクラスのガキ大将、柿田イシオがやって来た。子分Aと子分Bを引き連れている。ずかずか教室へ入ってくるので委員長が注意した。
「ちょっと柿田、勝手によそのクラスに入って来ないでよ。」
だが柿田は委員長を無視してヒララのところへやって来た。
「お前が転校生か。」
「そうなのだ。ギシ」
「変わった奴が来たっていうから見に来たら、こんなチビかよ。おいチビ、一年生の教室は1階だぜ、だっはっは」
笑う柿田イシオに、ヒララは顔をぐいっと近づけて鼻をひくっとした。
「ギシ、お前は他と少し違うようなのだ。試してみてもいいかも知れないのだ、ギシシ」
「おう、妙な格好してるだけあって度胸はあるみてえだな。俺を試すだとぉ?ふざけやがって」
子分Aもヒララを挑発してくる。
「さっきからギシギシ軋んだ音出しやがって。ちゃんと口開けて喋りやがれ」
子分Bも続いた。
「口に油さした方がいいんじゃねーすかぁ?」
ヒララはちょっと考えてみた。
「そうギシなぁ、例えば油こってりラーメンを食べればあんまりギシギシならないかも知れないギシ。でも体に悪いから食べないのだ。」
子分Bがなるほど、と自分の好みの話をした。
「ダシさえちゃんとしてりゃ、あっさり塩味もこってりに負けないパンチがあるっすよ。」
「ギシ、同意するのだ、なんにせよギトギトは良くないのだ。」
柿田イシオがダンッと足を踏み鳴らした。
「おめーら何の話してやがんだ。」
子分を抑えてヒララに向かう。
「いいかお前!」
「お前じゃなくて小森ヒララなのだ。よく覚えておくのだな、渋柿クン。ギシシ」
「うるせえ、とにかくちょっと顔貸しやがれ!」
「ギシ、人目のない所に案内して欲しいのだ。」
委員長とユルミが止めに入った。
「ちょ、ちょっと柿田、やめなさいよ。」
「そうだよー、喧嘩はだめだよー」
もちろん柿田にやめる気はない。
「倉田も根地も引っ込んでな!」
ヒララも同じだった。
「ギシシ、ちょっと柿田クンに用事が出来たのだ。」
教室を出たあとは柿田が先頭に立って、屋上へ上がる階段の、広くとられた踊り場へ行った。屋上へ出る大きなガラス扉は縦横の補強が入っていて、それが大きな十字架にも見えた。柿田たち3人とヒララは、数メートルの距離をとって向かい合った。まずは柿田イシオがヒララに話をする。
「なあ小森、詫びを入れるんなら今だぜ。ここなら誰も来ねえし、お前が頭を下げて謝っても人に見られて恥かくことはねえ。俺としてもお前みてえな貧相なチビ殴ったって自慢にもならねえ。」
子分Aが調子を合わせる。
「そうだぞ、ここは素直に謝っとけよ。」
だがヒララの動じない様子を見て子分Bが言った。
「あいつ全然ビビってないっすよ。もしかしてマントの中にやべー武器でも隠してるんじゃねえっすか?」
子分にそう言われても柿田イシオは親分の貫禄だった。
「構わねえさ。それぐれえのハンデはあった方がこっちも遠慮なくぶちかませるってもんよ。小森、どうしてもやるってんだな?」
「ギシ、何をやるつもりか知らないが、あたしは早く吸いたいだけなのだ。」
そう言うヒララからは敵意が全く感じられない。
「は?お前まさかタバコ吸うために人目のない場所へ案内して欲しかったのか?」
「タバコ?そんなつまらないものは吸わないのだギシ」
子分Bが出そうとした電子タバコを引っ込めた。
「親ビン、こいつもっとやべーもん吸おうとしてるんじゃないっすか?」
「もっとやべーもんって、まさか違法薬物的なやつかよ。」
「ギッシッシ、ヤバいもの?ある意味そうかも知れないのだ。違法かどうかはあたしにも分からないのだ。」
そう言いながらヒララはマントを取ると、柿田たち3人に向けてぱっと投げた。マントは空中でふわっと大きくなって広がると、3人の頭部をまとめてすっぽり覆ってしまった。
「おわっ、前が見えねえ!」
慌てる柿田。
「どうやってもマント取れないっす!」
「卑怯な手使いやがって!」
ジタバタする子分たち。漁師が投げる網と違って、ヒララのマントはそれ自体が生きているように形や大きさを変える。一度捕らえた獲物は逃さない。
「ギッシッシ、ケッケッケ」
口を閉じたまま笑っていたヒララは途中から口をあけて笑い出した。
「ケッケッケッ」
あまり上品な笑い声ではなかった。あけた口から左右の八重歯がはみ出して、極上の真珠みたいに輝いた。歯と言うにはあまりに大きく、鋭くとがっていてまるで牙だった。
「この牙を見られないように口を閉じているのは疲れるのだ。無理して口の中に隠していると歯や牙が擦れてギシギシいうのも気持ち悪いのだ。さてと。」
次にヒララはメガネを外した。赤く光る瞳がまん丸い。
「赤い瞳を隠すために掛けているこの黒ぶち丸メガネも、重くて首がこるのだ。外すとせいせいするのだ。ケケケッ」
そして両手を頭の高さに上げて、手のひらを上にし、指を何かつかむような形にして構えると、
「ヒラリンっ」
と右回りに回転しながらジャンプした。
ぽわんっ
一瞬モヤに包まれたかと思うと、ヒララは小さなコウモリになってパタパタ飛んでいた。狙いすまして柿田の首に食らいつく。
外ではヒララの昂りに呼応するかのように、止んでいた雨が前にも増して激しく降り出していた。
「痛っ、・・・くはないな。ち、力が抜けていくぜ…ガクッ」
牙を打たれた柿田は抵抗することも出来ず意識が遠のいた。
(ケケケ、麻酔効果もバッチリなのだ。それにしても想像以上の味わいなのだ。匂いを嗅いだ時から期待はしていたけれど、まさかこれ程とは。チュウチュウ)
ぐったりした柿田イシオから血を吸いながら、ヒララの赤い目は涙ぐんでいた。
(母上、ヒララはやりました。母上が「一度でいいから人間の血を吸ってみたかった」と言い残して亡くなられてからはや幾年、ついにあたしは今人間の血をすすっております。のだ。)
ルマニア島の地下に広がる鍾乳洞に、病気の母上とぶら下がって過ごした日々が思い出された。地殻変動が起きた際、吸血コウモリのご先祖様は鍾乳洞ごとルマニア島地下に移動してしまった。嵐に閉じ込められて血を吸う事も出来ず、一族は衰退の一途を辿った。今ではヒララが唯一の生き残りなのだった。
(滋養にいいという人間の生き血を、病気の母上に吸わせてあげたかった…おっと、ちょっと吸い過ぎたのだ。今日はこの位でごちそう様なのだ。ケケケ)
マントをくわえてくるっと一回転すると元の姿に戻った。この人間界にいる間は人間スタイルが元の姿なのだ。ヒララは大きな柿田の体をひょいっと肩に担ぎ上げると、少し離れて逃げ腰になっている子分たちを振り返った。
「あたしは保健室に寄ってから教室に戻るのだ、ギシ」
そう言って柿田を軽々と担いだまま歩いていく。子分Aと子分Bは互いに目を見合わせていたが、やがて2人声をそろえた。
「待って下せぇ姐さん、お供いたしやす!」!」
と、ヒララの後を追っていった。
教室に戻る途中で保健室へ立ち寄ったヒララは、担いでいた柿田を放り込もうと思ったが、雑に扱うのはもったいない気がしてきた。早く元気になってもらってまた吸いたい。
「あたしはもう行くから、子分たちは親分の介抱をしてやるのだ。ギシ」
と、保健室の前で柿田を子分らに引き渡した。柿田の首筋にあった牙の刺し傷はすでに塞がっている。これも麻酔効果と同様、牙的な効果で、明日になれば傷跡も消えているはずだ。
「分かりやした姐さん!」!」
「ただの貧血だから心配ないのだ。ギシ」
それだけ言い残すと上機嫌で教室に戻っていった。雨が止んで空は再び雲の切れ目から陽が差していた。
教室に帰ったヒララをユルミが心配そうに迎えた。
「あ、ヒララちゃん、大丈夫だったのー?」
「何の事なのだ、ギシ」
委員長の倉田クラリもやって来た。
「何の事って、あんた、暴れん坊の柿田に喧嘩売られてついてったのよ?今、先生呼びに行くところだったわよ。」
「ギシシ、柿田と喧嘩なんかしてないのだ。あいつは貧血で保健室で寝てるのだ。」
「あんなに血の気が多い柿田が貧血だなんて、お天気が変になる訳ね。」
「とにかく良かったよー、ヒララちゃん無事でー」
無事というか、むしろヒララは顔色が良くなっていた。
教室内のざわついた話し声がふっと途切れたタイミングで、流れていた校内放送が耳に入ってきた。
「・・・以上、校長先生からのお話でした。」
校長先生の有り難いお話は、誰に聞かれるでもなく終了し、新学期初日の学校も終わりとなった。
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