シャーロキアンの事件簿

書記係K君

文字の大きさ
3 / 34
■第一部 R大学時代の友人「ワトスン君」の回想録より復刻

02.

しおりを挟む
 

「いやいや、私は””と確信して……少し前から待っていたのだよ」


「そりゃあまた……いったいどうやって分かったんですか?」

「ふむ。君は最近の若者には珍しく、まじめで律義な性格だ。数ヶ月前に電車事故でゼミ講義を遅刻して以来、君がゼミの開始時間三〇分前には、大学に到着するように心掛けているのを、私は知っている」

「……なるほど。まあそれなら俺が大学に到着する時間帯は、何となく予想できますね。それじゃあ次に、どうして俺が”礼拝堂-チャペル-”横にある”この喫煙所”に来ると分かったんですか? 大学構内には、他にも喫煙所はありますよね。池袋駅から来るなら、東門の喫煙所が一番近いですし。ゼミの教室がある”五号館”校舎の外にも喫煙所はありますよ?」

 俺の質問に対して、ほむら先生はフフンッと得意げに鼻を鳴らすと――赤煉瓦の校舎群を指差しながら優雅に解説を続けた。

「君は腕時計を着けないタイプだし、本館”モリス館”の時計塔が好きみたいだからね。集合時間を気にしながら大学に到着した君は、無意識に”正門”をくぐり、本館”モリス館”の時計塔を見上げて”時刻”をきっと確認したはずだよ。そして今は”聖夜祭-クリスマス-”の時期だからね。ここに来る道すがら……君も”芸術劇場前広場”で明日開催される”クリスマス演劇会”用の道具を運搬する”チャペル団体”の学生達とすれ違ったり、ヒマラヤ杉を飾るイルミネーション用の機材を見かけたり、礼拝堂チャペルから漏れ出る”聖歌隊”の歌唱を耳にしたのではないかい?
 それらの情景が、君の脳裏に”礼拝堂チャペルと喫煙所”を連想させ……君を”この場所”に導いたのさ」

 俺は、なるほどな、と感心しながら頷いた。
 一度説明されてしまうと、実に単純な”推理”に思える。
 だがそれは、この”名物先生”の優れた洞察力と博覧強記の頭脳が、論理的”閃き”を得る事によって導き出した類稀なる“推理の連鎖”なのだ。
 ふと俺は…――先生が手にしていた”煙草パイプ”に視線を送ってみる。


 ――”桜材の煙草パイプ”――

 この先生はパイプ愛煙家であり、三種類の煙草パイプを所有している。
 しかもこの先生には、パイプ煙草に独特のこだわりを持っており、用途に応じて”煙草パイプ”を使い分けていた。
 日常的には――琥珀の吸い口にホワイトヒースの灌木を材料にした”ブライヤーパイプ”を――。
 ひとりで研究室に籠って、沈思黙考と推理を楽しむ時には――”陶器クレイパイプ”を――。
 そして誰かと議論したり、自分の推理を披露する時には――”桜材のパイプ”――を愛用するのだ。
 なおこれら”煙草パイプの使い分け”は、彼女が敬愛する“とある英国の名探偵”の嗜みに倣ったものだ。

 それがゆえに、俺は確信していた…――
 この先生は”桜材の煙草パイプ”を咥えると――最初から、この”礼拝堂-チャペル-”横にある喫煙所へ来ていたのだ。
 ちなみにその”誰か”とは……もはや言うまでもあるまい。
 わざわざ自分の推理を披露するために、この寒空の下でジッと待機して、子供っぽく胸を張りながら得意げになる先生の鼻先は少し赤くなっていて……俺にはどこか微笑ましかった。
 ここは素直に驚き、この助教先生を称賛するとしよう。
 ゼミ通年4単位のためではなく…――同じ”愛好家”としてな?


「さすがです、ほむら先生」
「ふふんっ――初歩だよワトスン君!-”Elementary,my dear Watson.”-」


 一八八七年、出版代理人アーサー・コナン・ドイル氏の薦めにより、伝記作家ジョン・H・ワトソン氏の執筆した推理小説『緋色の研究』が雑誌に掲載された。

 名探偵『シャーロック・ホームズ』シリーズ――
 世界でたったひとりの「顧問探偵」が英国を舞台に怪事件に挑みながら活躍する冒険譚は、英国小説誌『ストランド・マガジン』の短編連載を機に好評を博し、今なお世界中の読者から愛されている。

 そして、そうした読者の中には…――
 四〇年間にわたってドイル氏が発表した作品群”四つの長編と五六の短編”を、執筆者の名前”コナン-Conan-”のアナグラムから――”正典-Canon-”――と呼称して愛読し、名探偵の推理を検証したり、記述の矛盾に合理的解釈をつけたりして楽しむ”愛読者”、”研究者”、”熱狂的ファン達”がいた…――

 まあ要するに…――
 この目の前にいる”車楽堂しゃらくどうほむら”先生と俺は――”シャーロキアン”――である。



■02.紫煙色の研究 -A Study in Blue Smoke-


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...