18 / 34
■第一部 R大学時代の友人「ワトスン君」の回想録より復刻
17.<-Tobias Gregson->
しおりを挟む■17.八つの署名 -The Sign of Eight-
「スコットランドヤードの警部たちの中に……”おかしな警部”がひとり混ざってる?」
森谷研究室の後輩・門石めぐみの言葉を聞いて、俺は思わず聞き返してしまう。めぐみの隣席に座っていたゼミ長の灰原あいり先輩も、お菓子を摘まむ手を止めて同じように驚いている。
そして、そんな俺たちの会話を――教授席にゆったり座りながら聞き眺めていた車楽堂ほむら先生が「ほほう」と興味深げに微笑む。
「ふむ。実に興味深いではないか。どうだろう門石めぐみ君、その”謎”をぜひ我々に聞かせてくれないかな? そうできれば、まずはその――”八人の警部たち”――を紹介してもらえると嬉しいね」
ほむら先生の要請に、めぐみは「は、はいっ」と緊張しながら返事すると――ばたばたと手元のノートをめくり始めた。
「えっと、それでは一番有名な”レストレイド警部”は項目が多いので、いったん後ろに回して……まず一人目は――”トバイアス・グレグスン警部”――です!」
◆◇◆
【1】トバイアス・グレグスン警部<-Tobias Gregson->
◆『緋色の研究』他五作に登場する。
一番多く登場する”レストレイド警部”に次いで、二番目に登場回数が多い。
◆名探偵ホームズは『緋色の研究』にて、グレグスン警部のことを「ロンドン警視庁で最も切れる男だ」と述べつつも「駄目なのが多いあそこでは、彼とレストレイドはマシなほうだね。彼らは二人とも抜け目なく、捜査ぶりも徹底しているが、頭はカチコチなんだ――どうしようもないぐらいね」と厳しめに評している。
◆ただし『緋色の研究』事件を捜査することになったグレグスン警部とレストレイド警部に対して、新聞紙面では「この高名な両警部がすぐに本事件を解明することは確実だ」と期待を寄せており、世間一般的には”スコットランドヤードの名物警部”として、両名とも高く評価されている事がわかる。
◆ホームズ作品の常連である”レストレイド警部”とは、ライバル関係である。
そのことを名探偵ホームズは『緋色の研究』にて「ふたりはいつもいがみ合っている。商売女みたいに、お互いに嫉妬しあっているんだ。もし、ふたりがこの事件を捜査するなら、おもしろい見物になるよ」と小馬鹿にしている。実際に『緋色の研究』の中盤では、グレグスン警部が同僚のレストレイド警部より先んじて容疑者を逮捕したと”太い手を擦り合わせながら”自慢げに笑ってホームズ達に報告するシーンがある。
◆ワトソン博士は『緋色の研究』にて、初対面のグレグスン警部の外見を「背が高く、顔が色白で、亜麻色の髪をした男」と表現している。また、同作ではグレグスン警部が「誇らしげに”太った手-his fat hands-”を擦り合わせる」場面もあり、かなり体格が良かったものと思われる。
ちなみにグレグスン警部の能力面に関しては、ワトソン博士が『ウィステリア荘』にて「精力的で勇猛果敢な男で、彼の能力が及ぶ範囲内であれば、彼は有能な警官であった」と記している。
◆グレグスン警部は、民間の”私立探偵”に過ぎないホームズに対して、一定の敬意を払っている。
『緋色の研究』ではホームズに捜査協力の依頼をしており、ホームズが事件現場を巻き尺で測量しまくるシーンではレストレイド警部と共に「いくらか軽蔑しつつも、非常に興味深げにジッと見て」いた。また、グレグスン警部が登場する最後の作品『赤い輪』では、ホームズに対して「私はあなたを評価しています、ホームズさん。あなたがいてくれて心強いと思わなかった事件は一件もありません」と熱を込めて伝えるシーンがあり、深い感謝と尊敬の念が感じられる。ただ、その直後にグレグスン警部は「今度ばかりはあなたを出し抜けましたかね」とホームズに張り合っており、グレグスン警部がホームズを”格上”と見なした上で”目標”と仰いでいるかのような”謙虚さ”と、ある種の信頼関係を見せている。
◆◇◆
「あら。最初に紹介するのが”グレグスン警部”だなんて、ピッタリだわね!」
めぐみが机の上に広げたノートを横から覗き見ながら、あいり先輩がニカッと笑いながら感想を述べる。
それを聞いた俺も「たしかに」と頷き返した。
ワトソン博士が執筆した最初の作品『緋色の研究-A Study in Scarlet-』に登場した最古参の警官であり、つまりは”ホームズ物語”において一番最初に台詞付きで登場した”スコットランドヤードの警部”――それが”トバイアス・グレグスン警部”だからな。ホームズの”謎解き”を始める開幕役にはピッタリだ。(ちなみにワトソン博士の述懐中であれば”レストレイド警部”が一番最初に登場した”スコットランドヤードの警部”である。ここでも競争してるとかホントに仲良しだよな?)
「たしか名探偵ホームズと相棒のワトソン博士が、初めて一緒に事件を捜査した『緋色の研究』事件も……グレグスン警部がホームズ宛に出した捜査依頼の手紙を、ワトソン博士が読み上げるシーンから始まるのよね?」
あいり先輩の質問に対して、めぐみが「はいっ」と元気に答える。
「そうですっ。ちなみに、グレグスン警部が書いたその手紙には『現場をそのままにしておきます-in statu quo-』というラテン語の表記が含まれており、その事からグレグスン警部は”かなり学識が深い人物”だと考察されていますっ」
「へぇ~”インテリ警部さん”だったのねぇ!」
ほう。なるほど――”グレグスン警部はインテリだった”――そう言われると何やらシックリくるな。
同じロンドン警視庁の同僚である”レストレイド警部”と比較して、グレグスン警部はホームズに知性に対してある種の”対抗心と敬意”が同居している様に感じられる。それが”インテリ同士”の仲間意識とライバル意識なんだとしたら……”インテリ警部さん”はまさにピッタリな表現なのかもしれないな。
「ちなみにっ、『緋色の研究』の終幕にて名探偵ホームズは、犯人を逮捕した手柄をグレグスン警部とレストレイド警部に横取りされちゃいます。でも、その時の新聞記事がすごいんですよねぇ――『この見事な逮捕の功績は、すべて著名なロンドン警視庁の警部、レストレイド氏とグレグソン氏に帰するというのは、公然の秘密である。犯人はあのシャーロックホームズ氏の部屋で、拘束されたようである。ホームズ氏は彼自身、アマチュアとして探偵の仕事に若干の才能を示している。そして彼も、この警部たちの教えがあれば、いずれある程度まで追いつく事が期待できるかもしれない』――いやぁ~ちゃっかりしてますよねぇー。しかもホームズに対して”レストレイド警部たちを見習え”とかっ。この新聞記事を読んで、ワトソン博士も怒っちゃいます!」
そう言いながら、めぐみ自身もぷんぷんと不機嫌そうになっているのを見て、あいり先輩が「あははっ、そりゃワトソン博士も怒るわよね!」と微笑み返す。
「でも、その新聞記事を読んで”これが我々の緋色の研究の成果だ”と自嘲するホームズの台詞はタイトル回収にもなってるし、そんな友人の自嘲する姿を見て”いずれホームズの活躍を記録して世に発表する”とワトソン博士が決意するアツき友情も良き――この『緋色の研究』の終幕は本当にカッコイイわよねぇ~!」
あいり先輩が「ふんすっ」と鼻息荒げながら感想を語り、俺とめぐみがうんうんと同意する。
たしかに『緋色の研究』の終幕は秀逸だよな。
ホームズ達のもとへ事件の依頼が飛び込んできて、事件解決の功績をスコットランドヤードに横取りされて、それをワトソン博士がホームズの功績だと発表する――まさに”ホームズ物語”の王道展開を形作った作品だ。”ここから全てが始まった”感がある名演出の幕引きだ。
俺がそんなことを考えていると、めぐみはパラリとノートをめくった。
「えっと次に紹介するのが、名探偵ホームズを尊敬する若い刑事さん――”スタンレイ・ホプキンズ警部”――です!」
◇◆ ◇◆◇ ◆◇
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる