雑貨屋店主は王子様

ななこ

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風変わりな雑貨屋

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 男は体中に傷を負い、路地をさまよっていた。

 酒場でからまれ、勢いで喧嘩になり数人に囲まれた。決して弱いわけではなく、むしろ強者。

 本気など出さずとも、酔っ払い相手に負けることはないが、野党討伐帰りの大雨で高熱を出していた。真っ直ぐに宿屋に帰ればいいものを、酒で寒気を紛らわそうと寄った先でからまれた。目つきが悪かったんだと。仕方ない久々の熱で目つきも悪くなる。

「体中痛え」と呻きながら、何屋だかわからない店の壁にもたれかかり、意識が遠くなった。

 店仕舞いをしていたら外からドサッという物音がした。何事かと窓から外を窺った。

「黒い塊?」

 外に出てみると黒衣の男が倒れている。

 もしもしとゆすってみたが反応がない。さわった体はすごく熱かった。運べるかな。脇の下に腕を入れ、どうにか中へ引きずり入れた。

 額に冷たい感触がして、男は薄っすらと目をあけた。頭がぼっーとする。

「…すみれ…」
「どうぞ。これゆっくり飲んで」
「苦っ」
「薬湯です。良く効きますよ」
「ここは?」
「店の前で倒れていて。運ぶの大変でした」

 ベッドの横に座る若い男が、額のタオルを取り換えてくれた。

「なんかスースーするな」
「ミント水でタオル浸したから。気持ちいいでしょう」

 そういえば、さわやかな香りがする。

「丸1日寝てました。さすがに心配しましたよ」
「悪かった」
「ご家族も心配されているでしょう。連絡とりましょうか」
「家族はいない」
「連絡の必要なしですね。少し食べた方がいいです。食事持ってきます」

 ふっーと息をつく。熱は微熱程度に下がり、傷の手当てもしてあった。

 しばらくすると盆にスープとパンと果物をのせ、男が戻ってきた。

「自分で食べられますか?」

 どうにか体を起こすと、背にいくつもクッションを置いてくれた。

「世話になる」
「温かいうちにどうぞ」
「旨い」

 よく煮込まれたスープに体が温まる。

「それは良かった」
「医者か薬草士なのか?」
「薬草士です。僕はレイ。ここで雑貨屋をやっています」

 生成りのシャツにズボンという簡素な服。肩のあたりでそろえた細く絹糸のような白銀の髪。目は珍しいすみれの花のような青紫。驚くほど容姿の整った男だった。

「俺は傭兵のヴィン。迷惑かけた。金を払うよ」
「お金はいいですよ。困ったときはお互い様です」
「人良すぎるだろ。金とらないんなら、何かないか?  礼がしたい」
「うーん、ちょっと厄介なお客様が来た時に、ヴィンさんに顔出してもらっていいですか」
「ヴィンでいい。用心棒か。いいぜ」
「そんな物騒な話ではないですよ。僕の他に人がいたら、無理言わないかな。くらいです」

 こんな善人そうな男に、無理言う奴いるんだ。ツケこみたくはなるな。

「来たら声かけてくれ」
「ありがとうございます」

 レイはくすっと笑った。

 翌日起き上がれるようになったヴィンは店をのぞいた。棚に並ぶのは丁寧にたたまれた子供服、日用品、薬、貸本? 

「子どもなんてすぐ大きくなるでしょ。1度ほどいて仕立て直しています。ほらここにリボン足したら、前よりかわいいくなって。日用品も修繕して置いてます。使えるのに捨てるなんて、もったいないお化けがでてくるそうです。ヴィンは見たことあります? 薬は裏庭で育てた薬草と山から摘んだものを僕が調合してます。読みたい本があれば手に取って構いませんよ」

 街の中心地から離れているのは、新品を売る店への配慮だそうだ。商売にそんなものいらないだろう。ヴィンには変わったもん売ってんなとしか思えない。

 カランカラン。
 元気いっぱいの子どもが3人。 

「おはようレイさん。卵持ってきたよ」
「ありがとう。今日は4個ですね。嬉しいです。ヴィン、朝からオムレツが食べられますよ」
「レイさん、その人誰?」

 3人の中でも年長だろう男の子が聞いた。

「こちらは傭兵のヴィンさん。店の前で倒れていて、休んでもらっています」

 子どもらも納得したようだ。

「はい、今日の卵代です。1個が2ギルだと、4個でいくらでしょうか?」

 子どもらは指を使って数え始め、口をそろえて答える。

「8ギル!」
「大正解。明日もよろしくお願いしますね」

 レイは小さな手のひらに8ギル載せた。

 子どもらが帰ると朝食の準備の間、ヴィンは店番を頼まれた。

 カランカラン。
 今度は老婆だった.

「おはようさん。レイちゃんはいないのかい?」
「奥にいる。用なら呼ぶが」
「いつもの薬が欲しいんだがね」

 いつもの言われてもヴィンにはわからない。呼びに行くと、濡れた手をふきながら、レイが店へ顔をだす。

「アンナさんおはようございます。咳止めですね。こちらどうぞ」
「ありがとうね、助かるよ。ついでにこれ思い出したから。効き目抜群の下痢止めだよ」
「今日は薬のお渡しだけですね。またよろしくお願いします」

 渡された布袋の中身をみたレイが嬉しそうだ。

 アンナが帰ると「薬代とらないのか?」と呆れて聞く。

「お代の代わりに新しい薬草を教えてもらいました。これでお腹が痛くなっても心配ないです。おばあちゃんの知恵袋ってすごいですよね。さぁ、ご飯にしましょう」

 朝食は少し焦げついたオムレツ。スープとパンは近所の定食屋から届けてもらうそうだ。

 食後にお茶を飲んでいると、レイから提案があった。

「ヴィンどうでしょう。怪我が治るまでしばらくここに居ませんか?    たまに店番とかお願いできたら助かるし」
「宿代代わりに店番くらいいいぜ」
「良かった。ヴィンはこの町にいつから?」
「傭兵にも仕事があるって聞いてひと月前にきた。1年前だかに領主が変わってから、仕事にあぶれなくなったらしいな」

 レイはヴィンの話にうなずきながら、にこにこしている。

「そういうお前さんは?」
「僕はこの町に来て1年です。親戚がいたので訪ねてきたら、ここは空気も美味しいし、静かだし気に入って住み着きました」

 国境に近いこの地は、豊かな森に囲まれてはいるが、隣の領地までの道のりが悪く、陸の孤島と呼ばれていた。

 この地を治めていた前領主はひどい金亡者で、国政の目が届きづらいのをいいことに、税金を搾れるだけ搾り、治安維持もしなければ街の整備もしない。国境を越え隣国から攻めこめられそうになった時も、王都の家族のもとへ逃げ出した。何食わぬ顔で戻った後に、領主館の地下で息絶えていたのを下男が見つけた。天罰だろう。その後、王都からきた新しい領主により、領民の暮らし向きは良くなった。

「今夜は人がきます。騒がしいと思いますが、気にしないでください」
「酒売ってるわけでもねえのに、うるさいのか?」
「まぁ、にぎやかってことです」

 カランカラン。
 女が入ってきた、ぞろぞろと10人ほど。赤子連れの女もいた。

「こんばんはー」
「あらイイ男いる! お兄さん独身かしら?」
「あたしはレイちゃん一筋よ」
「死んだ旦那以外お断り」

 好き勝手にかしましく話す女たちについていけないヴィンは、レイの後ろに隠れる。レイより頭ひとつ大きい体は隠せてない。

 女たちに渡した箱から、古着と端切れ、高級なシルクがみえた気がする。

「今夜もよろしくお願いします」
「今日のお話は何かしら?」
「やっぱり恋愛ものよねー」

 女たちは口と手を動かしながら、レイの周りに座る。

「何すんだ?」
「ここで仕立て直しをお願いしてます。その間に僕が本を読みます。ヴィンも彼女たちの邪魔にならないところで聞いていていいですよ」

 できたら赤ちゃんをあやしててくださいね。寝ている赤子を背からおろした母親が、よろしくとヴィンに渡す。無理だ。絶対泣かれる。

 レイは棚から1冊とりだした。

「それでは始めましょうか」

 『あるところに貧しいが心優しい少女がおりました。ーー少女は怪我をした騎士を助けーー意地悪な継母と義理姉にいじめられた少女を今度は騎士が助けました。ーーその後2人は結婚し、幸せになりましたとさ』

「泣けたー。騎士様わたしをさらってシリーズは最高ね」
「今回も継母のいじめがすごかったわね。うちのお姑さんがかわいくみえてきたわ」
「あたしも騎士様にさらわれたい」

 口々に感想やらつっこみで、おしゃべりがとまらない。

 目を覚ました赤子に最初こそ大泣きされたが、高い高いが気に入ったのか、またすやすやとヴィンの腕の中で眠っている。

「また来週!」
「ヴィンさんありがとう。また子守お願いね」

「手間賃渡して繕わせるのはわかるが、本を読むってどんな集まりだよ」
「どうしても女性は男性より稼ぎが少ないでしょう。そこで空いてる時間に、繕い物を頼んだんです。来るたびに本棚をチラッとみるのでお貸しようかと聞いたら、読みたくても字が読めないと。ならここで読んであげましょうってことになりました」

 なるほどね。

「他にも家で刺繍や染め物をしてもらったりしています。王都では珍しい染め色らしく、高値で取り引きされてるんですよ」
「お前、朝ガキどもに金渡すとき数えさせてただろ。あれは?」
「はい。計算ができるようになれば、仕事の幅もふえるでしょう。あの子たちには鶏を数羽預けて世話してもらっています。鶏に名前つけてかわいがってるし、毎朝届けてくれて大助かりです」

 そんなお人よしがいるだろうか。たかが雑貨屋店主とは思えない。

 世の中悪人ばかりではない。それはわかっているが、このレイという男は驚くより先に、呆れてしまう。出会ったばかりだが悪い奴に騙されないか心配だ。

 雨の季節となった。いつになく大雨が続き、とうとう隣の領地へ続く橋が壊れたらしい。

「少し出かけてきます」

 雨の中出かけたレイは、3日後の朝に帰ってきた。

「お前、少しって言ってたろう!」
「心配かけてすみません。寝ます。すごく眠いです。起きたらご飯食べます」

 靴も脱がずベッドに倒れこんだ。目の下にくまをつくって一体何していたのか。寝顔がちょっと幼く見える。ヴィンは呆れつつも靴を脱がせ毛布をかけてやり、飯の支度と店番しとくかと寝室の扉を閉めた。

 太陽が顔をだすと、壊れた橋は早急に修復され、止まっていた商人の荷が動き出した。交易が途絶えてしまっては、本当に陸の孤島になってしまうところだった。
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