雑貨屋店主は王子様

ななこ

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街道

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 ヴィンの働きかけで、バーデット領にウィステリア領とオルレアン領を結ぶ街道ができた。確認から戻ったヴィンは領主館に報告に来ている。

「ご苦労様。これで3日あれば行き来できるよ」

 エリオットも近いうちに侯爵家を継ぐ予定なので、街道はすごく助かる。

「おばあちゃまにいつでも会いに行けるね」
「お出かけ楽しみ」

 執務室で遊んでいる双子が、ニコニコしている。

 少し留守にした間に執務室がおもちゃだらけ。この熊の敷物は何? 首をかしげながらヴィンが長椅子に座ると、テーブルにエリオットがどさっと書類の山を置いた。

「公爵様にまた釣書がどっさり届いたのか。すごいな」

「よく見ろ。全部ヴィン宛てだ」

「そんなわけあるかよ」

 1番上の釣書を開けてヴィンがぎょっとしている。まさかの自分宛? こんなに?

「芸術祭で誰も止められない白銀の一閃に額をガツンと当てた様子が男らしくて、返り血を隠すように自分のマントをかけた心遣いに感動したらしいぞ」

 セオ情報だ。ご令嬢だけでなく、その親たちの心もつかんだらしい。自身は名ばかりと言っても辺境伯。その上、今では第3王子でウィステリア公爵の側近の1人となったヴィンの株が花丸急上昇。

「僕を暴れ馬扱いしたのにモテモテですね」

「暴れ馬どこじゃないだろう」

「僕のところには、騎士志望の手紙しかこなくなったよ」

 レイにしてみれば、釣書にいちいち断りの返事をする手間が省けて良かったくらいにしか思っていない。

「主は高嶺の花のままでいいらしいっすよ」

 金のすみれ姫の姿絵をみたら、どんなご令嬢も諦めるしかない。

「騎士志願の奴には惚れこまれたんだろう」

 ヴィン達と同じように。

「このまま騎士志望者を受け入れたら、領内の男女比率がおかしなことになるな」

「対策とらないとね」

 エリオットに言われ、うーんとレイが思案する。

「国1番の純情男のバーデット卿はどんな女性がタイプなのかな」

 レイがいたずら顔でヴィンに問いただす。

「純情って、からかうなよ」

「本当に?」

 レイがまた怪しい色気を出してきた。危ない引っかかるところだ。

「馬好きならいいよ。気が合いそうだ」

 ただし白銀のじゃじゃ馬好きならがつく。レイがつまらない、他にないの?  しつこく聞いてくるが無視した。

 レイの元を離れたくない、囚われたままでいたい。ヴィンは芸術祭で激怒したレイの事情を詳しくは聞いていない。知っても知らなくても、自分が唯一忠誠を誓ったこの男の何が変わるというのか。気まぐれで真面目。最強で最弱。時に激しく、時に甘く…この先も変わらない。

 ***

「子どもたち。来ましたよ」

「おおきいおばあちゃまだ」

「寂しかったよ」

「おじいちゃま、高い高いしてー」

 急にレイが子どもらを引き取ることになり、祖母のソフィアとオルレアン侯爵が新しい街道を使い様子を見にやって来た。孫溺愛の義父に、オリビアとの婚姻を渋ったくせにとレイは内心呆れる。

「ヴィンセントのおかげで腰が痛くなる前に到着できたわ」

「それはようございました」

 ソフィアの前でだけは行儀のよいヴィン。

「レイモンド様にしては、ずいぶんと手加減されたようですな」

 エリオットに芸術祭での一件を聞いたのだろう。画家を生かしたままにしたのがお気に召さないらしい。

「あれは死んだも同然ですから」

「子どもたちの前で怖い話はおよしなさい」

 レイが納得しているなら、おしまいにしなさいとソフィアがたしなめる。

「おじいちゃま見て見て。この熊さん、おとしゃまがシャキーンってやっつけたの」

「ほう、これは大物だな」

「僕、恐くても泣かなかったよ」

「まさか目の前で?」

 敷物となった熊を見て、オルレアン侯爵の眉がぴくりと動く。

「山に連れて行ったら、たまたま近くに出まして…」

 怒られる流れかなとレイはひやひやだ。

「滞在中、私も山に入ろうか」

「お連れしますよ」

 レイがにっこり笑う。トーマスがいい具合に熊をみつけてくれるだろう。

「レイちゃんは大人になってもやんちゃすぎるわ。ルーカスまで真似したらどうするのかしら」

 まさに今、ルーがおもちゃの木剣を熊の敷物にエイっとあてている。トーマスの作った木剣の先は、当たると引っ込む幼児に優しい仕様。熊殺しまでがやんちゃで済まされているっておかしくないか? ヴィンには到底そうは思えない。

 ***

「この街には面白みがないの」

 夕食の席でソフィアがこぼした。

「すれ違うのは騎士か傭兵ばかり。見るものないし、商店も少ない。2日で飽きちゃうわね」

「今その対策を考え中です」

 レイが申し訳なさそうに答える。

「さすがのレイちゃんも女心まではわからないのね。グレースを呼びましょう」

 気安く王妃を呼び出せるのは、さすが実母だ。

「あら実家にいるみたいね」

 数日後。母、兄、甥のエリオット、息子と孫が勢ぞろいした領主館に、グレースが大荷物とともにやって来た。

「ルー、アナ。顔を見せてちょうだい」

 久々に会った孫に王妃も眉が下がりっぱなし。次々とトランクから出した服を2人にあてている。

 次の日、レイはグレースを案内した。

「お母様の言う通り、女性の喜ぶお店がないなんて、誰も寄り付かないわよ」

 街道や領内の補修工事と食料調達が先になり、女性の住みやすさまでは気がまわらなかった。

「でもこれはチャンスよ。他の領にないものを取り入れましょう」

 雑貨屋の棚を物珍しそうに見ていたグレースが手にとったのは、木の器に入ったクリーム。蓋には馬が彫ってある。

「これは何かしら?」

「それは馬の油をつかった、手荒れ用のクリームですよ」

 繕い物をしている女性たちが手荒れに困っていると聞き、ヴィンが実家の母たちが使っている馬の油がいいと、取り寄せてくれたものだ。

「いい香りがするわ」

「匂いがきつくて、試しに柑橘系の精油を足してみたらいい感じになりました。今では売れ筋商品になってます」

「女はこういうものが欲しいの! こんな小さな店の棚に置くだけじゃもったないわ。オルレアンからも、ミツロウ入りのクリームやリップを取り寄せましょう。見比べて自分に合うものを探し当てるのが楽しいのよ」

 だから女の買い物は長いのかと納得したヴィン。

 カランカラン。

 いつも刺繍を頼んでいるお針子たちがきた。

「レイ様。納品に来ました」

「あなた方ね。とても腕がよくて王都に呼びたいくらいよ」

「母上、引き抜きはダメです」

 針子たちが、目の前の高貴な空気をまとう美しい女性の正体を知り固まる。

「ここにドレスショップの支店をだすわ。それならいいでしょう?」

 それを聞いたソフィアが、またとんでもない言い出した。

「私も前から自分のお店を開きたいと思っていたの。甘くて美味しいお菓子屋さん。私は毎日作れないけど人を雇えばいいわ」

 オムレツだけでなくお菓子作りも趣味の祖母。レイもオリビアもよくねだって作ってもらった。

 ステキ! とグレースが手を叩く。

「母上、お年を考えてくださいよ。グレースも止めなさい」

 オルレアン侯爵が待ったをかけたが、レイは珍しくまったく口をはさめないでいる。

「もう隠居の身ですよ。好きにさせてもらいます」

「そうね。沢山お店を増やしましょう。皆を歓迎してこそウィステリアよ」

 そして意外な人物が、女性呼び込みの一役になっていた。
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