雑貨屋店主は王子様

ななこ

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視察団

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 ウィステリア領の知名度は上がった。

 陸の孤島と言われていたのに、今では国内で1度は訪れたい観光地へ。温泉、本の舞台(一部女子からは聖地)、美容もおしゃれも買い物も食事も楽しめる上、少し行きづらい場所というのは心惹かれる。国内国外問わず使節団がひっきりなしに訪れていた。

「ハリー。約束どおりモリーナ姫が来ます。 おもてなしは任せるよ」

 ハリーは他国のそれも第1王子だが、すっかりレイの使い走りだ。本人も嫌がることなくむしろ喜んでいるからいいのだろう。早く国へ帰れと言われるとレイにすがるくらいだ。

「緊張する。どうしよ。足湯に一緒に入りたいなんて言われたら、襲っちゃうかも」

「大丈夫だ。心配ない。家族風呂以外に男女が一緒に入れる足湯はないからな」

 ヴィンがハリーの妄想を叩き斬る。

「モリーナ姫は18歳でしょ。お相手もそろそろ決める頃です。頑張って」

 一応レイも応援はしてくれるんだ。ハリーは心強く思う。なにかあればゴリ押しで解決してくれる、頼もしいお方なのだ。

 美しい湖沼で観光に力を入れているアレス国からの使節団は、モリーナ姫を団長に弟の第2王子ケントも同行していた。

「モリーナ姫ようこそ我が領へ。こちらは姫の案内させていただくクローク国第1王子ハリー様です」

 レイがハリーを紹介する。なぜ他国の王子がと怪訝な顔をされるが、レイの笑みにどうしてなどと聞けるはずがない。何か両国で深いつながりがあるのだろう。

「私はこちらの宿泊施設のサービス体験や、温泉めぐりの担当なのです。女性目線で考えられていると伺って、わが国でもとりいれていきたいですわ」

 モリーナ姫は清楚で大変可愛らしく、ハリーでなくても惹かれだろう。何でも新鮮に見えるのか、レイが胸元に着けている象徴石<夜明けの空>が可愛い、飾りボタンが可愛いと目を輝かせている。

 第2王子ケントは12歳。きちんと挨拶はこなしているが口数は少ない。他国訪問に緊張してるようだった。

「では本日の宿にご案内します」

「楽しみです。よろしくお願いいたします」

 レイがハリーと共に、一行を街1番の宿屋へ案内する。

「まあステキ。そう広くはないのに天井が高いせいかしら、解放感がありますね。活けられた花も可愛らしいわ。壁紙も!」

 モリーナ姫は見るものすべてに、『可愛い』を連発している。

「警護の者の制服が、その…。あまり強そうに見えませんが…」

「あらとても可愛いじゃない」

 淡い藤色に真白な帽子とベルト。剣も目立たないよう鞘は藤色。ケントは王子らしく不測の事態が起きた時が気になるのだろう。頼もしい事だ。

「女性が怖がらないよう、制服は威圧感がしないようにしていますが、腕は確かなものばかりです」

 レイがナイフをいきなり投げつけると、警護員は躱して何事もなかったかのように回収していく。ほらねとレイが微笑む。

「あの!  以前からレイモンド様に1度お会いしたかったのです」

 ケントがレイの腰にいきなり飛びついてきた。

「うわー。本物の白銀の一閃に会えるなんて!   姉上について来て正解でした」

 先ほどとは変わって、年相応になった。

 ケントは宿には泊まらずソフィアの屋敷に滞在することになった。レイから離れないので仕方なくだが。

 双子たちは自分たちよりも大きく、大人より近いケントを、お兄様ができたみたいと喜んでいる。面白くないのはハリーだった。

「姐さんにくっつきすぎじゃないか」

「レイモンド様は女性ではありません。男の中の男、全騎士の憧れなのですよ」

 レイの横を陣取るケントがハリーを睨みつける。

「レイでいいよ。ケントはよくわかってるね。君に剣でもプレゼントしようかな」

「大事にします!!」

「お父様の剣は国1番の刀鍛冶が造っていて、僕のもお願いしているところなのです」

 ルーカスも自分の剣ができるのを楽しみにしている。

「俺だってめちゃくちゃ欲しい!」

「ハリーは自分で好きなものを用意できるでしょう。子どもみたいなこと言わないで」

 確かに年齢はレイと同じで大人でした。

「明日は騎士団に行こうね」

「はい、よろしくお願いいたします」

「礼儀正しい子は好きだよ。ハリーも見習うといい」

「…俺だって子どもの頃はいい子だった」

 うなだれたハリーが自分の定宿に帰った。

 ***

 翌日、ハリーはモリーナ姫を温泉村に案内した。弟王子は気にいらないが、モリーナ姫はやっぱり可愛い。クローク国へ嫁いでくれないかなと、胸をわくわくさせていた。

「こちらです。私は表で見張りをしていますのでごゆっくりお寛ぎください」

「ハリー様がいれば心配ないですね」

 頼られて嬉しい。これをきっかけにお付き合いできるかな。ハリーの胸は躍る。

「ここはおとぎの国のようで可愛いわ。いつまでも滞在したいわね」

「姫様、参りましょう」

 侍女達と共に足湯施設に入ったモリーナ姫が、昼をすぎ半日たっても出てこなかった。軽食ならでるので心配はないが、俺の存在忘れている?

 ***

「レイ様、お疲れ様です」
「お疲れ~。後で顔だすからよろしくね」
「やった!  皆に知らせて来ます!」

 ケントは騎士団に着くと王子らしく振舞う。堂々として、決してキョロキョロしたり下など向かない。レイに慣れてしまった騎士たちが気軽に挨拶すると、冷たい目で返すだけ。

「普通はそうだよね。私はあまり垣根を作りたくなくて、かなり甘くしていたようだ」

 くだけた口調のレイをどうしてかと聞かれたので答えてやるが、真似る気はないようだ。

「訓練に参加してみるかい? 同じ年頃の子もいるよ」

「私はレイ様に鍛えていただきたいのです」

「じゃあ遠慮なくどうぞ」

 お手本どおりの素直な剣筋で挑んでくる。レイはここはこうして、ほら試して…と相手をしてやる。ケントは荒く息をあげながらも満足そうだった。

「はぁ。レイ様のご指導を受けられなど…ありがとうございました」

 ケントは明日もぜひとせがんだ。

「レイ様は明日ご予定がありますので、騎士団の者がお相手させていただきます」

 リアンが幾人かの騎士を紹介するが、ケントは見向きもしない。

「どうしたの? 我が領自慢の騎士では不足かな」

「レイ様がいいのです」

 ケントが小さな声で答える。

「なら明日は私と一緒に領主館に来るかい?」

「はい! ぜひともお供させてください」

 ケントは機嫌を直したが、レイは少し困り顔だった。

 ***


「お待たせいたしました」

 すっかり日も落ちた頃、満足げなモリーナ姫が足湯から出て来た。

「お気に召したのなら良かったです」

 その時ハリーの腹がぐーと盛大になった。モリーナ姫が出てくるまで、動かずに一途に待っていたのだ。

「まぁ、可愛らしい音ね」

「……とりあえず本日の宿泊施設へご案内します」

「ありがとう。気取らない山小屋風と聞いて楽しみしていますのよ」

 無邪気に笑い、侍女たちとお宿はどんなかしらとのんきに話している。深窓の姫君ってきっとこんな感じだよね、悪気はないんだ。ハリーはそう思うことで自身に発破をかけた。

「まあ可愛いお宿。王宮にもこんな小屋が欲しいわ。お茶をしたり編み物したり。きっと楽しいでしょうね」

 クローク国風の丸太小屋にモリーナ姫は喜んだ。アレス国にも売り込みに行こう。 訪ねる口実ができて、ハリーは心の中で拳をあげた。

 ***

 ソフィアの屋敷でケントはレイの隣に座る。ソフィアや双子とも話すが、いつの間にかレイとだけ会話をしていた。

「お父様。お休みなさい」

「あとでお話を読みに来てね」

「暖かくして待っておいで」

 最近それぞれに部屋を与えられ双子は寝室に向かう。優しく双子にキスして見送るレイをケントは黙ってみていた。

「私もここで、レイ様のお子になりたいです」

 ケントが突然言い出した。
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