上 下
6 / 36
一缶「一ノ瀬愛良は友達が欲しい」

2-1

しおりを挟む
「もうこんな時間! 早く帰らないと!」

 一ノ瀬さんが公園のベンチから立ち上がった。気がつけば空が赤く染まっていた。髪をなびかせて振り向き、かがんでスマホを返してきた。

「ありがと。ねえ、また遊んでもいいかな?」

「昼休みならいいけど。いつも第二美術室にいるから」

 ゲームは誰かと一緒に遊ぶと楽しいもの。俺も今この瞬間、時間を忘れて遊んで楽しかった。一ノ瀬さんは「第二美術室…」と、呟くと、納得したように手を叩いた。

「だからお昼休みになるといつも夜空くんは教室に居なかったんだね」

 一ノ瀬さんがうんうんと頷く。クラスでぼっちの俺が昼休みに教室に居ないことに気づかれていたなんて。そんな俺に対して人気者の一ノ瀬さんは友達と昼休みを過ごしているのだろう。そこでふと疑問が生まれた。

「友達が遊んでいるゲームを遊べばいいんじゃない?」

 不思議に思った俺は一ノ瀬さんにそう聞いてみた。一ノ瀬さんは悲しそうに笑みを浮かべながら言いづらそうに答えた。

「私、慕ってくれているんだろうなって人はいるんだけどね…それは嬉しいの! でもね、友達って呼べる人っていないんだ…」

「え、ああ…そう、なんだ…」

「あはは、うん。実はそうなんだ…お昼休みなんていつもひとりだよ?」

 高校の校内アイドルなのに意外だ。それと同時に親近感が湧いてきた。雲の上の存在なのに俺と同じような悩みを抱えている。一ノ瀬さんでさえ友達がいないのなら、そこまで気にすることでもないかもしれない。

 レフィーニャ:そういえば、ニャンタがエロエロで嫌われたあの子とは最近どうかにゃ?

 家に帰ると、パソコン版のトラ猫ワルツのチャットでレフィーニャさんに近況を聞かれた。スマホでトラ猫ワルツを遊んだことは伏せて結果だけを教えた。

 スマホ版のトラ猫ワルツはまだバグが多いため公開できる状態ではない。それに、完成したらレフィーニャさんを驚かせようと思っているため、レフィーニャさんにだけは隠していたいのだ。

 レフィーニャ:すごいじゃん、ぼっち卒業だよ!

 レフィーニャ:それに、エロエロなニャンタと一緒にいたいなんて。その子、ニャンタに恋しているかもよ?

「…は?」

 レフィーニャさんから予想外のチャットが返ってきて思わず声が漏れた。相手は学内アイドルの一ノ瀬さん。対して俺はどこにでも居そうな容姿のクラスでぼっちの男子生徒。

 釣り合わないというか、そもそもそんな関係になることはありえない。というか俺がエロエロというのは余計だ。男子高校生ならエロいのは普通、それに俺はまだ控えめな方だ。

 ニャンタ:いやいや、ありえない。そもそも来ないかもしれないし

 レフィーニャ:いいや絶対来るよ。毎日来るよ! これは恋の予感だにゃ!

 ニャンタ:ないって、そんな予感ないない! 

 チャットの文字のやり取りで本気か冗談かは分からないけど、レフィーニャさんとそんなやり取りをして今日も夜が過ぎていった。



 ―――――――――――――――
【夜空 昴 Yozora Subaru】

 ゲーム制作が趣味の高校二年生。PCフリーゲーム・トラ猫ワルツの作者であり、いちプレイヤー。クラスではぼっちで、それを誤魔化すためにスマホ版のトラ猫ワルツのテストプレイをしている。
しおりを挟む

処理中です...