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二缶「御城たまこはゲームのフレンド」

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 七海のお陰で遅刻することなく水泳大会の会場に着いた。とは言ってもこの前練習したプールなのだが。ちなみに校長のコネで今日は半日貸し切り。水泳大会に参加する高校の生徒だけしかいない。

 そんな中、異質な格好をしている俺は周りから浮いている。

 近づきがたい格好をしている上、友達が少ないのもあり、堂々と歩いても俺が話しかけられることは無かった。まだウィッグは禁止されていないから、水泳大会でつけていても問題ない。

 問題ないのだが、高価なウィッグを自分から濡らすような人はいないのだろう。どこを見ても普通の髪色の生徒や先生しかいない。

「ねえ昴くん、その髪の毛なんだけど…」

 俺の数少ない同じクラスの友達、一ノ瀬さんが困り顔で聞いてきた。

「ああ、これ? えっと、似合ってるでしょ?」

「ええっと、その…昴くんには似合ってない、かな?」

「そうかなあ?」

 俺はとぼけたようにそう答えた。昨日の夜に何度も鏡で確認したから俺も知っているさ。俺の普通の日本人の顔に、外国人風の白髪は全く似合っていないことくらい。それでもウィッグをつけて御城さんを待っていないと約束を破ったことになる。

「えー、それでは。水泳大会の開会式を始めます」

 校長先生のありがた長い話が終わり、最初の競技が始まっても御城さんはまだ来ない。それから第二、第三競技が終わっても、あの綺麗な銀髪はどこにも見えなかった。競技を終えた七海に俺の格好を見られて大爆笑されたが、そんなことはどうだっていい。俺は鋼の意思で御城さんを待つだけだ。

 ああでも、写真を撮られるとは思っていなかったなあ…

 なんで七海はプールにスマホを持ってきていたんだ。防水加工されているとはいえ、水場にスマホはマズいだろ。この水泳大会は高校のイベントでもあるし持ってくるんじゃない。願わくば七海が父さん達に見せないことを祈るばかりだ。

「昴くんが出るの、この次の競技だよね? そろそろ準備したほうがいいんじゃない?」

「ああ、うん。ありがとう一ノ瀬さん。行ってくる」

 俺が移動しようとすると、一ノ瀬さんに止められた。

「泳ぐときはそのウィッグは外したほうがいいよ」

 正論だ。泳ぐときに脱げたら迷惑になる。一ノ瀬さんが両手を前に出してきたため、白髪のウィッグを脱いで一ノ瀬さんに預けた。

「それじゃあ行ってくる!」

「私、近くで見て応援しているからね。Let’s Go 昴くん!」

 チア部の一ノ瀬さんが、俺を送り出すように小さい声で応援してくれた。やる気が出たのだが、俺のウィッグをポンポンみたいに使うのはやめて欲しかった。

 出場競技を待っている間も御城さんを探した。小さな銀髪少女も小さな黒髪ロングの少女もどこにもいない。時間は過ぎてゆき、ついに俺の出番になった。参加競技は自由形の二十五メートル。相変わらず一ノ瀬さんはウィッグをポンポンみたいに扱っている。

 い、一ノ瀬さん。

 それ、数万円もするんだ…

 ウィッグの扱いを優しくして欲しかったが、ここから注意しても声は聞こえないだろう。肩を落としてスタート地点の飛び込み台に着く。先生の合図でしゃがみ、プールに飛び込む体勢になったその時だった。

「位置について、よーい…」

 遠くの方にチラッと御城さんが見えた。

 いや、正確に見えたとは言えない小さい豆粒のような人影。でも俺は御城さんだと直感した。

「ピッ!」

「Let’s Go 昴くん! ごーふぁ…って、えっ? 昴くん、なんで私の方にに来るの!? プールは向こうだよっ!」

 スタート合図の笛の音と共に俺は飛び込み台を蹴った。そしてプールではなくプールサイドを全力で走った。

 一ノ瀬さんの元へ行き、困惑している一ノ瀬さんからウィッグを回収。そして御城さんのような人影を見た場所へ走った。濡れたプールサイドで滑りそうになりながらも、俺はとにかく走った。

「たしかこの辺に…見つけたっ!」

 今日の御城さんは、黒髪ロングのウィッグをつけていて紺色のスクール水着を着ている。中学生の頃に使っていたものなのだろう、胸元には「みしろ」と書かれている。

 御城さんは中学生から身長、伸びてないのかぁ…

「…あっ」

「あっ、待って!」

 微笑ましく眺めていると御城さんに気がつかれた。なにしてんだよ俺。すぐに行かないから御城さんが逃げただろ。そんな悪態をついても御城さんは逃げていく。俺はその後ろ姿を必死に追いかけた。

「ど、どこに行ったんだ…?」

 小さい御城さんはちょこまかと動き、一本道のはずがいつの間にか見失ってしまった。この先は突き当りで逃げ場はもうない。ここにあるのは観葉植物の木とベンチくらい。

 あはは、まさかこの後ろに隠れられるくらい小さいはずは…

 いくら小さい御城さんでも、流石にベンチや観葉植物の後ろに隠れられないだろうと思いつつも、ついつい後ろに回ってみた。すると、ベンチの後ろで小さく丸くなっている御城さんがいた。

「あっ。こんな所にいた…」

 俺がそう呟くと、御城さんの体がビクッと反応した。驚かせたかったわけじゃない。むしろ安心させたいのだ。俺は白髪ウィッグを深く被ると御城さんに声をかけた。

「その銀髪、よく似合っているよ」

 御城さんに耳を塞がれた。それでも届く、聞いていると思いさらに続ける。

「綺麗な銀色でかわいい」

 次の言葉を紡ごうとして一瞬躊躇った。ああもう、なんで俺はこんなこと書いたんだよ。深夜テンションで書いた俺を怒りつつも口を開いた。

「…俺は、その…好きだよ」

 好きなんて誰かに言ったのはいつ振りだろう。今回の好きは御城さんに対してではなく銀色の髪の毛に向けての好き。それでも、気恥ずかしさがあるため小さく呟いた。

「俺も一緒の色になるから。だから、一緒に水泳大会に出ない?」

 これは、今朝俺が完成させたトラ猫ワルツの追加クエストのクリア後のテキスト。クエストで助けたニャンタというキャラクターが呟くのだ。ニャンタからレフィーニャへ…つまりは俺から御城さんに宛てた手紙のようなもの。

 全て言い終えると、御城さんがこちらをじっと見つめていた。

「…ニャン…タ…なの?」

「まあ、うん。そうだよ」

 俺は御城さんにニャンタであることをやっと伝えられた。それと同時に、ゲームの作者であるということもバレてしまった。まあ誤差だよ誤差…とは言えないが、この際どうだっていいことだ。また一緒に楽しくゲームを遊んでくれるのならバレても問題ない。

 どうせなら御城さんのトラウマも克服したい。いや、絶対に克服させる。

 そうしないと、校長が辞めて来年ウィッグの校則が変わったら…

 御城さんが高校を辞めてしまうかもしれないから。
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