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第一章 青の街道
第十六話 癒やしの歌
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青銅湖を照らす陽は、天頂を通り過ぎ再び木々の中へと入っていく。空が青いのに薄暗くなることが、この付近が森であることを教えてくれる。それは街でばかり暮らしている人間に不安と恐怖を与えてくるのだった。
「まさか、こいつの世話になるとはね」
クロエが飲み干したのは魔術傷薬と呼ばれる液体だ。これは傷回復術と呼ばれる魔術を薬にしたもので、服用すると外傷だけでなく骨折などの内部の傷まで再生する効果がある。再生を早めるだけなので、再生してよい状態にしてから服用する必要がある。たとえば骨折であれば、骨があらぬ方向でくっつかぬよう、副え木をするのが望ましい。
「あーあ、高ぇんだが・・・仕方ねぇ。ジェロム、お前は大丈夫なのか」
「左腕だけだよ、軽い捻挫だし。二、三日くらいすれば治るよ」
「へへ、その怪我は護衛の依頼中じゃねぇからな。そんくらいは我慢してもらわねぇと」
気絶させたは良いが、熊の突進を躱しきれなかった代償だった。
「もちろん。これでフローヴァも安心して食事ができるからね、安いもんさ」
「・・・お前、お人好しだよな。ここいらの人は気が良いから構わねぇが、水の都とか西の都まで行くんだったら、少しは警戒心ってやつを身につけろよ」
クロエとジェロムは怪我のため、焚き火の近くで火の番をしている。トウサとディアナが野営と食事の準備に、ジッツはムーンベアの解体をしていた。騒動の依頼人でもあるフローヴァは散々にお礼を言い続け、皆が辟易した頃に「可哀想な木を励ましてくるよう」とサトウカエデのところへ行ったっきりだった。
「でもここはまだ北の地域だしさ。皆、信頼できる人だから、そんな警戒なんかしたくない」
「ちげぇねぇ。・・・おっちちち、何とかくっついてきたな。今日中には治りそうだ」
「はは、冒険者が形無しだ」
「言うねぇ。こんくらい平気・・・と言いたいところだが、無茶はしねぇさ」
骨折すると高熱が出る。腕と胸の骨が折れていた彼女は相当な熱と痛みを抱えている。これだけ平然としているのは彼女の精神力の賜物である。
「ふぅ、あたしはちょっと疲れたからよ、寝かしてもらうぜ」
「うん、ゆっくり休んで。食事のときに起こすから」
横になり、すぐに寝息を立て始めたクロエを見て、彼女が無理をしていたことを悟った。
騒動の後、気絶したムーンベアはジッツが止めをさした。クロエは満身創痍となっていたし、ジェロムは魔力欠乏で動けなかったからである。魔獣はその体から、皮、肉、骨などの資源を回収するのが一般的である。特に冒険者が相手をする魔獣は大型のものが多く、その資源の量も多い。今回、相手にしたムーンベアも大量の資源を有していた。荷台に少しばかり余裕があったことから、解体して持っていくことになった。怪我の治療と資源の確保。青銅湖の二泊目には十分すぎる理由だった。
普段から魚などの生き物を解体しているジッツは、その役割に適任だった。事実、素人がやれば丸一日でも終わらない解体を半日程度でやってのけたのである。順次、荷造りをトウサが行い、夜も更ける頃には一通りの解体作業が完了した。長い一日が終わり、見張り番の話をしていたところでフローヴァが戻ってきた。
「ジェロム、お姉さん、本当にありがとう。僕の木も随分元気になったの!明日の朝にはシロップ取れるから来て来て!」
「ああ、わかったよ。お前にも助けられたよ、あたしの方こそありがとな」
「お姉さんもいい人なの!だから風も助けてくれたんだよ!風も水も、いい人だって喜んでるよ!」
「へぇ、悪い気はしねぇな」
はははと笑って、まだ胸が痛み顔を顰める。
「痛むの? お姉さんもジェロムも怪我させちゃったから、ゴメンね。お詫びに僕達の歌を聴いてよう!」
言うや否や、フローヴァは歌い出した。
♪
東の風が吹いたら 種を植えよう
今年もまた緑の子らが 息吹き始める
それだけ想いながら 種を植えよう
明日もまた同胞の 優しさを育む
まるで今の時期の青空のように透き通った声は、五人の胸に響き渡る。それは彼らの痛みや不安を消し去るかのように、その心に沁みていく。
♪
ああ大いなる慈悲の恵みよ 降り注げ
生きとし生けるものが
同胞を慈しむよう
気付けばフローヴァの声だけではなかった。一人、二人、三人。重なり合うコーラスが辺りを包む。見回せば何処からともなくシルフが姿を見てを現してくる。
♪
この地に生まれ落ちたものが
同じ湖畔を囲むよう
昨日訪れた同胞が
その傷を癒すよう
ああ大いなる慈悲の恵みよ 降り注げ
緑の子らが息吹くよう
いつしか辺りを大勢のシルフが飛び交っていた。5ミミルくらいの小さなシルフもいれば、20ミミルを越えるものもいる。目を閉じれば劇場と錯覚するような大合唱だった。
大音声ながら穏やかな歌声は、大地が生き物を抱くような優しさを伝えてくる。まるで身体が浮いているかのような感覚だ。
皆が心地よさに酔いしれていると、あたり一面が輝きだした。魔力のハーモニーが織りなす魔力溢れ。その優しい流れが、彼らの疲れを払拭していく。身体が活力に満ち溢れ、心が軽くなる。
♪
いつか大地を駆け巡り
この森に還るとき
生命の畔を癒すもの
ああ大いなる慈悲の恵みよ 降り注げ
明日また逢える同胞の
永遠の絆を育むもの
ああ大いなる慈悲の恵みよ 降り注げ
またいつか花を成し
再び種を実らせるもの
・・・あたりは静寂を取り戻した。
その静寂の中には慈愛を巡らせる暖かい絆が確かにあった。
「まさか、こいつの世話になるとはね」
クロエが飲み干したのは魔術傷薬と呼ばれる液体だ。これは傷回復術と呼ばれる魔術を薬にしたもので、服用すると外傷だけでなく骨折などの内部の傷まで再生する効果がある。再生を早めるだけなので、再生してよい状態にしてから服用する必要がある。たとえば骨折であれば、骨があらぬ方向でくっつかぬよう、副え木をするのが望ましい。
「あーあ、高ぇんだが・・・仕方ねぇ。ジェロム、お前は大丈夫なのか」
「左腕だけだよ、軽い捻挫だし。二、三日くらいすれば治るよ」
「へへ、その怪我は護衛の依頼中じゃねぇからな。そんくらいは我慢してもらわねぇと」
気絶させたは良いが、熊の突進を躱しきれなかった代償だった。
「もちろん。これでフローヴァも安心して食事ができるからね、安いもんさ」
「・・・お前、お人好しだよな。ここいらの人は気が良いから構わねぇが、水の都とか西の都まで行くんだったら、少しは警戒心ってやつを身につけろよ」
クロエとジェロムは怪我のため、焚き火の近くで火の番をしている。トウサとディアナが野営と食事の準備に、ジッツはムーンベアの解体をしていた。騒動の依頼人でもあるフローヴァは散々にお礼を言い続け、皆が辟易した頃に「可哀想な木を励ましてくるよう」とサトウカエデのところへ行ったっきりだった。
「でもここはまだ北の地域だしさ。皆、信頼できる人だから、そんな警戒なんかしたくない」
「ちげぇねぇ。・・・おっちちち、何とかくっついてきたな。今日中には治りそうだ」
「はは、冒険者が形無しだ」
「言うねぇ。こんくらい平気・・・と言いたいところだが、無茶はしねぇさ」
骨折すると高熱が出る。腕と胸の骨が折れていた彼女は相当な熱と痛みを抱えている。これだけ平然としているのは彼女の精神力の賜物である。
「ふぅ、あたしはちょっと疲れたからよ、寝かしてもらうぜ」
「うん、ゆっくり休んで。食事のときに起こすから」
横になり、すぐに寝息を立て始めたクロエを見て、彼女が無理をしていたことを悟った。
騒動の後、気絶したムーンベアはジッツが止めをさした。クロエは満身創痍となっていたし、ジェロムは魔力欠乏で動けなかったからである。魔獣はその体から、皮、肉、骨などの資源を回収するのが一般的である。特に冒険者が相手をする魔獣は大型のものが多く、その資源の量も多い。今回、相手にしたムーンベアも大量の資源を有していた。荷台に少しばかり余裕があったことから、解体して持っていくことになった。怪我の治療と資源の確保。青銅湖の二泊目には十分すぎる理由だった。
普段から魚などの生き物を解体しているジッツは、その役割に適任だった。事実、素人がやれば丸一日でも終わらない解体を半日程度でやってのけたのである。順次、荷造りをトウサが行い、夜も更ける頃には一通りの解体作業が完了した。長い一日が終わり、見張り番の話をしていたところでフローヴァが戻ってきた。
「ジェロム、お姉さん、本当にありがとう。僕の木も随分元気になったの!明日の朝にはシロップ取れるから来て来て!」
「ああ、わかったよ。お前にも助けられたよ、あたしの方こそありがとな」
「お姉さんもいい人なの!だから風も助けてくれたんだよ!風も水も、いい人だって喜んでるよ!」
「へぇ、悪い気はしねぇな」
はははと笑って、まだ胸が痛み顔を顰める。
「痛むの? お姉さんもジェロムも怪我させちゃったから、ゴメンね。お詫びに僕達の歌を聴いてよう!」
言うや否や、フローヴァは歌い出した。
♪
東の風が吹いたら 種を植えよう
今年もまた緑の子らが 息吹き始める
それだけ想いながら 種を植えよう
明日もまた同胞の 優しさを育む
まるで今の時期の青空のように透き通った声は、五人の胸に響き渡る。それは彼らの痛みや不安を消し去るかのように、その心に沁みていく。
♪
ああ大いなる慈悲の恵みよ 降り注げ
生きとし生けるものが
同胞を慈しむよう
気付けばフローヴァの声だけではなかった。一人、二人、三人。重なり合うコーラスが辺りを包む。見回せば何処からともなくシルフが姿を見てを現してくる。
♪
この地に生まれ落ちたものが
同じ湖畔を囲むよう
昨日訪れた同胞が
その傷を癒すよう
ああ大いなる慈悲の恵みよ 降り注げ
緑の子らが息吹くよう
いつしか辺りを大勢のシルフが飛び交っていた。5ミミルくらいの小さなシルフもいれば、20ミミルを越えるものもいる。目を閉じれば劇場と錯覚するような大合唱だった。
大音声ながら穏やかな歌声は、大地が生き物を抱くような優しさを伝えてくる。まるで身体が浮いているかのような感覚だ。
皆が心地よさに酔いしれていると、あたり一面が輝きだした。魔力のハーモニーが織りなす魔力溢れ。その優しい流れが、彼らの疲れを払拭していく。身体が活力に満ち溢れ、心が軽くなる。
♪
いつか大地を駆け巡り
この森に還るとき
生命の畔を癒すもの
ああ大いなる慈悲の恵みよ 降り注げ
明日また逢える同胞の
永遠の絆を育むもの
ああ大いなる慈悲の恵みよ 降り注げ
またいつか花を成し
再び種を実らせるもの
・・・あたりは静寂を取り戻した。
その静寂の中には慈愛を巡らせる暖かい絆が確かにあった。
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