サンキゼロの涙

たね ありけ

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第二章 流しの冒険者

第二十四話 西の都の剣士

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 男は西の都セイカイから旅をしてきたという。なんでも一族の剣術を極めるために、各地の様々な剣術の流派と仕合をしなければならないそうだ。前開きの青黒い長衣に、黒い帯を腰に巻き、曲がった大小二本の剣をぶら下げているだけ。とても旅をしている格好に見えず、ただ宛もなく街から出てきた浮浪者のようだった。

 彼は用意した食事をひたすら食べ続け、気付けば二人の一日分を一人で平らげていた。

「いや、馳走になった!こげに美味い飯は初めてじゃ、至福至福」

 男は満足気に腹をぱんぱんと叩きながら天を仰いだ。そして二人に向き直り、地面に膝と手をつき頭を下げた。

「改め申す。儂はカゲカツと云う。一食の恩、誠にかたじけない」
「ええと、カゲカツさん。俺たちは冒険者で、今は北の都ノヘへ戻るところなんだ」
「儂は西の都セイカイのカバネが家臣、カミスギ家の者じゃ。武士もののふは恩義を忘れんのじゃ。何ぞ礼をさせとくれ」

 北の都ノヘを始めとして、水の都キョウ西の都セイカイには領主とその家臣がいる、と聞いていた。家臣とは領主に仕える一族を指すので、このカゲカツという男はカミスギの一族ということだ。薄汚い格好をしているのは、それだけ長い間、旅をしていたということだろう。言葉遣いは難しいが、愚直な雰囲気は信用に足る人だと感じる。

「うーん・・・カゲカツさんは強い?」

 手助け、と言われたので興味本位で尋ねてみる。

「修行の身なれど、冒険者ギルドで流しをしよるくらいには」

 男は傍にある木に向き合う。腰にある剣は鞘に収まったままだが、そこに手を添える。

「フンッ」

 気合とともに、剣を鞘から抜き放つ。カゲカツの持つ曲刀が月明かりに映える。その輝きに目を奪われそうになったところで、めきめきという音がした。はっと見上げると、木の枝が動いていた。否、動いているのは木そのものだ。反対側に吸い寄せられるように動き、ざざざと葉がざわめき、ばきばきと枝が地面に衝突する。ドドド、と地面を盛大に揺らし、木が倒れた。

「・・・え?」
「斬り申した」
「斬った?」
「おう、この刀で」

 剣で切る。ジェロムが持つ鋼の剣は、木刀と同じく叩き潰すためのものだ。生き物でもない硬い木を、一撃で、斬る。俄には信じがたい光景だった。

「すごイ」
「・・・その、カタナは、よく切れるんだね」

 呆気にとられ、ただ立ち尽くす二人。カゲカツは流れるように納刀し、改めて向き直る。

「天厳流抜刀術じゃ。抜き身の勢いで斬り伏せる。天厳流十八般の一つよ。どうじゃ、主らの力にはなれんかの」




 翌朝、三人は再び森奥の湖にいた。ジェロムがカゲカツに状況を説明している隙に、ディアナが隠れて生物探知魔術サーチをする。おおよそ、昨日と同じ箇所に、大きな生き物の反応があった。

「昨日と同じネ」
「ありがとう、ディアナ。カゲカツさん、その魔獣かもしれない奴があっちにいるんだ。お願いしたい」
「あいや任せよ。ほう、四つ足の跡があるな。これは猿か? 行こうぞ」

 言われてみれば、足跡らしきものが薄っすらと見える。即座に気付いた男は場慣れしているのだろう。

「分かるの?」
「おう、セイカイにもよう居るんじゃ。悪さしよる猿がの」

 ずんずんと進んでいくカゲカツの後を、警戒しなくて良いのかと心配しながらついて行く。そろそろだ、と声をかけようとした所でカゲカツが立ち止まる。

「居りよるな。殺気じゃ。主ら、気をつけい」
「! ディアナ、後ろへ」

 ディアナを後ろに庇い、ジェロムも剣を抜き構える。そして自分に出来ることを思い出す。倒すのではない、生き延びる。

 しんとした森に、まばらにある葉をつけた木。その木の上からガサガサと音がする。存在を誇張するかのようなその行為は、こちらを恐れていない証だ。

 ボワアァァァ

 野太い声と共に、それは木の上から飛び降りてきた。三つ数える間も無くジェロムとディアナに向けて突っ込んでくる。その右手には太い棍棒のようなものが握られている。見ればジェロムの倍はある体躯をした巨大な猿だ。ぎょろぎょろとした目玉と、むき出しにした歯が敵意を叩きつけてくる。

 狙いは右手、武器を落させる。構えた剣で狙いをつけた。大振りで横に振りかぶると、猿もその手を上に振り上げた。ジェロムの先制の一撃を、棍棒の軌道が避ける。それを見ぬうちにジェロムは剣先を切り返す。薙払いから逆袈裟へ。一之太刀が狙い通り猿の手へ入る。

 ギャウウウ

 鈍い感触とともに、猿の右手は横に弾けた。手から離れ中途半端に勢いづいた棍棒は、回転しながら右へ逸れる。
驚いた猿は危険と判断したのか、悲鳴をあげながら大きく飛び退く。その先に、抜刀の構えで待ち構える男がいた。
猿の着地に合わせ一筋の斬撃が、その背中を突き抜けて往復する。

「天厳流抜刀術、双竜斬」

 動きを止めた猿は、やがて血潮を噴き出しながら絶命した。




 魔獣化した猿は、クラブ・バブーンと呼ばれていた。武器 ー主に棍棒ー を片手に獲物を殴り殺すことからその名がついたのだ。

「主の一之太刀、見事じゃ。ほんに修練しよるな。良い師に恵まれたの」

 三人は北の都ノヘへの帰路についていた。オルドスの一之太刀を褒められて悪い気はしない。

「カゲカツさんの足元にも及ばないよ」
「ははは、儂はこの刀だけで生きとるげな。こんで遅れを取りようたら務まらんのじゃ」

 達人の技を垣間見て、一之太刀は剣術のうちの一つに過ぎないことを実感していた。自分の技術を向上させなければ冒険者を続けられない。

「ときに、此奴は随分と溜め込んどるのう」

 クラブ・バブーンが溜め込んでいたのは魔力マナを帯びた宝石や宝石を嵌めた装飾品だった。依頼主の木箱には入らないサイズのものもあったので、恐らくこれまでにも襲われた人がいるのだろう。どれが依頼主のものだったか区別がつかないため、あったものを全て持って帰ることにしたのだ。

「深いネ。イッパイ溜まってル」
「宝石に魔力マナって、こんなに貯まるんだな」

 透き通る宝石には魔力マナを貯めることができる。そう知識があっても実物を見ると違う。魔術の心得がある者ならば、一目で分かるのだ。魔力溢れマナ・バーンのような光が宝石の内側にある。その吸い込まれるような輝きが魔獣を惹きつけるのだろう。その中にあった三叉の鉾を模した装飾品は、輝きの中に一抹の深淵を覗かせていた。
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