サンキゼロの涙

たね ありけ

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第三章 水の都の大捜索

第三十三話 不釣り合いな取引

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「お嬢、久方ぶりやな」
「ほほ、ご無沙汰しとります。グレゴワール会長もご壮健で何よりどす。ヴィクシム専務もお元気そうで」
「メリッサ会長、ご無沙汰しています」
「儂を呼び出しとは何ぞ急ぎか」
「あらん、そんに急がんでも。世間話は嫌どすか?」

 応接室に入るや否や、メリッサとグレゴワールと呼ばれた初老の男が話を始めた。二人とも不敵な笑みを浮かべているのを見て、互いに知己というだけでなく何か因縁があるのだろうとジェロムは想像した。

「巷じゃ仕入れも出荷も魔獣対策のコストが嵩んで仕方のうなっとる。お嬢んとこも大変やろ」
「ええ。うちもなんぼか護衛代を浮かせようした挙句、この青の欅様の世話になってもうて」
「ほう、存外に助けてもろたと」
北の都ノヘの手前で、魔獣に襲われたとこを」
「助けたふりした盗人かも知れへんで」
「このお二人は信用できます。話を聞いてあげてくだはりませんか」
「・・・冒険者のう。今日の本題はそれか」

 じろりと鋭い目を若者二人に向ける。足元から顔まで見据える値踏みするような視線に、ディアナは嫌悪を覚えた。

「儂は冒険者は好かん。無駄な時間を使わせんときや」
「会長、うちが態々出向いた理由、お分かりになりますか?」
「儂になんやうまい話があるんか」
「ええ。聞けばミッテブルームからの船が座礁したそうどすな。こんど向こうから出すシルフィ商会の船は大型でしてな。その船の積荷を載せる余裕がありましてん」
「・・・ほう、お嬢のとこの例の煙を吐く大型船やな。うちのアホがやらかした始末を考えとったところや、文字通り渡に船をさしてもらおか」
「・・・」

 グレゴワールの後ろでばつの悪そうな顔をしている金髪の青年は、やられたと言わんばかりの目つきでメリッサを見ていた。そして顔繋ぎの意味を二人が理解したとき、老人は水を向けた。

「ほな、青の欅やったか。話くらいは聞こか」
「・・率直に言います。太陽の雫を手に入れたいんです」
「あん? あのけったいな薬か。そら自分らみたいな若い奴が手に入るもんじゃあらへんな。ほいで儂に頼みに来たちゅうわけか」
「お願いします。お金は払えませんが、何かお役に立てることがあれば」
「病気しとる奴がおるんやろ、そんなら時間は大しておまへんな。ひと月くらいでどないするねん」

 想定はしていた話だ。だがここで引き下がるわけにもいかない。

「あんさん、その薬がなんぼするか知っとるか? 五十万サークは下らんで。そんだけの仕事、できんのか」
「難しい事でもやります」

 堪らずディアナが言葉を重ねる。その顔をじろりと見て、グレゴワールは眉を上げた。

「ん? ほうほう、よく見ればあんたはべっぴんさんやな。情婦でいわせたれば、半分くらい稼げるんちゃうかの」
「・・・え?」
「何でもするんやろ? ええ話やと思うんやが」

 馴染みがない話で理解が追いつかないディアナ。卑下た笑いを浮かべる老人に、メリッサが割って入る。

「会長。そないな話になってしもたら、紹介したうちが困ります。こんな若い二人捕もうて虐めたりはると、お名前が廃りますよ」
「お嬢、そやかてこの二人でなんぼになるんや。それこそ原材料でも集めたらんと話にならんわ」
「原材料を集めればいいの?」
「簡単に集まればな。希少なもんやから高う値がつくんや。必要なもんは三つ、竜の鱗、月割の花、それに黒風燕の巣やがな。一つ作るに、鱗は一枚、花は三輪、巣は一つ。10は作れるくらい集めたらんと、融通するわけにいかんな」

 これ見よがしに皺れた指で数える老人に、ディアナの決意は揺るがない。

「集める。ひと月で集める」
「! まさか!」

 成り行きを見守っていたヴィクシムが驚く。

「会長の船から、うちが運んでくる荷の中に、黒風燕の巣は仰山あるんやないどすか?」
「そや。ほんだらお嬢の顔を立て、鱗10と花30でええやろ。ひと月で集めてみ」
「ありがとうございます」

 一縷の望みを得たディアナの礼に、老人の眉は釣り上がった。

「そやけど、儂らその材料が集まるかも分からんやないか。期待して待っとって、何もあらへんかったら困るやろ。そこんとこはどないするねん」

 メリッサとヴィクシムが思わず目を合わせる。十倍の原材料だけでは飽き足らず、未達のことまで要求するのだから。

「会長、そないに欲張りはって・・」
「いいんだ、メリッサ」

 ジェロムが制する。

「グレゴワール会長。もし不達成なら、俺たちが一年、ただ働きするよ。護衛でも討伐でも好きに使ってくれ」
「ほう? 言うたな。取引に二言は無いねん。お嬢、おまんが証人や。持って来えへんかったら、青の欅をただで使うたるさかいな」
「分かった。会長も集めた時は必ずだ」
「ああ、必ずや」

 儲けたと言わんばかりにニヤニヤとする老人に、二人は必ず探すと改めて誓った。




 水の都キョウの街を夜の帳が覆うと、赤や黄色の光が軒下に掲げられる。店の看板を照らす光や、提灯が彩り豊かに足元を明るくするので、夜道を歩く人の数も多い。酒場だけでなく、街全体が夜を歓迎する様相はガルツのような小さな村からすると祭りのような雰囲気だった。

「小鼠の欠伸亭、だっけ? 何だかよく分からない名前だよね」
「それだけ個性的な名前なら、見つけたらすぐに分かりそうだ」

 二人は歓楽街の手前にある酒場通りに来ていた。呑み屋と飯屋が軒を連ねている通りだ。会談の後、メリッサから「情報を集めるなら酒場どす」と紹介された、情報屋が集まる店を目指している。竜の鱗と月割の花。そのどちらも、どこに行ってどうすれば手に入るのか、それを確かめなければならなかった。

「あれじゃない?」

 ディアナが指した先に、鼠を模した絵が描かれている看板があった。

「鼠の円舞亭・・・違うね。もしかして似たような名前の店がいっぱいある?」
「・・・どうしよう」

 気付けば酒場通の真ん中。人の笑い声や飲み食いする音、雑踏。慣れない人混みと暗くて明るい道に、いつもは休んでいる時間帯。探しても見つからないことに、二人は自然と疲れを覚えていた。

ドン!

「きゃ!」
「! ディアナ?」
「ううん、大丈夫。ぶつかっただけ」

 ぼうっとして歩いていたところで、通りすがる人と肩をぶつけた。朝から歩き詰めのうえ、気を張っていたから限界かも知れない。慣れないことをすると危ないか。疲れた表情のディアナを横目にそう考えたジェロムの目の前に、小さな少年が立っているのに気付いた。

「ねぇ兄ちゃん。そこの姉ちゃんの連れでしょ? さっき、何かスられてたよ」

 青い帽子を被った薄汚れた身なりの少年が何かを口にしている。疲れていたのか言葉として解釈するのに数秒を要した。その意味が理解できたところで焦りを浮かべて勢いよく振り返るが、既に雑踏の中にその人は消えていた。駆けて探すには人が多すぎてどうしようもない。

「ディアナ、何か盗られた?」
「ええと・・・革袋が一つ無いわ。すぐ使えるよう200サーク入れてあったの。ごめんなさい」
「いや、今日は俺も無理しちゃってるからね。もう止めよう」

 二人して肩を落とし勉強代として諦めようとしたとき、先程の少年は姿を消していた。

「あれ、さっきの子は?」
「おかしいな、そこに居たんだけど」

 再び辺りを見回すと、その少年も雑踏へと消えていた。人が多い街は恐ろしい。

「・・・やっぱり今日は疲れてるよ。早く戻ろう」

 そうジェロムが促して、二人は通りの入口まで戻ってきた。人通りが少し疎らになり、風がより冷たく感じるようになる。食べ物や酒の匂いもしなくなって来た。

「さっきの兄ちゃん、姉ちゃん」

 後ろから声を掛けられて振り返ると、先程の少年が得意げな顔をして立っていた。

「盗られたもの、こいつかな?」

 掌でポンポンと弾ませている革袋は、確かにディアナの懐にあったものだ。弾む度に、ちゃらちゃらと硬貨の音がしていた。

「そう、それ! 取り戻してくれたの?」
「へへ。おいらにかかればチョロいもんさ」
「ありがとう。なんてお礼したらいいかしら」

 ディアナの目の前に来て、覗き込むようにしながら少年は言った。

「姉ちゃんたち冒険者だろ? 取り戻した代わりに、頼まれてくんねぇかな」
「わたしたちに出来ること?」
「うん。その剣と弓。少しは強いんだろ?」

 少年は期待に満ちた眼差しで二人の武器を指した。

「冒険者やってるからね。には」
「なら、おいら達のアジトに来てよ」
「アジト?」

 隠れ家を用意するあたり、あまり真っ当な人間ではないのかも知れない。そう考えて問い正す前に、少年は走り出していた。

「ほらほら、早く!」
「・・・仕方ない」
「行きましょう」

 交換条件の皮袋を追いかけながら、長い夜になりそうだと予感した二人だった。
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