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昔話
しおりを挟む忍足さんの手元に烏龍茶が入ったグラスが届いた。
彼はそれを一口飲んでから口を開く。
「聞かせたい昔話があるんだ。興味ないだろうけど聞いて?」
唐突な語り宣言に眉をひそめてみたものの、ちょっぴり興味があったから静かに聞く事にした。
「………むか~し、昔……といっても十数年前か……見た目の冴えない地味~な男子高校生がいました」
「えっ……と、何それ…?」
意外な語り出しに驚くも、続きを待つ。
「教室の隅っこで一人でポツンとしているような………クラスに必ず一人は居る暗くて影の薄いクラスのはみ出し者……彼はそんな男子でした」
「それ、どこかで……」
似たような話に覚えがあった。
「クラスメイトに認識されていないほぼ空気のような存在で、彼女も友達もなく……つまらない高校生活を過ごしておりました」
忍足さんが淡々と語る内容が過去の私と重なる。
彼が語る地味な男子高校生は、高校時代の私そのもの。
特にイジメに遭った訳じゃないけれど、ただ寂しくて辛くて、修行のような日々だった。
「母が作った弁当を教室の隅で一人で食べる……何か、凄く申し訳なかったな…」
「わっ、分かる!分かります!その気持ち!」
悲しそうに呟く忍足さんの横顔に思わず食い付く。
「お母さんは友達と仲良く楽しそうに食べている姿を想像しながら、このお弁当を作ったんだろうな……って思うと、本当に申し訳なかった………って、この昔話って忍足さんの話…?」
忍足さんは肯定も否定もせずに優しく微笑むだけ。
「地味で冴えない自分を変えたい……でもどうしたら良いか分からないでいた彼に、ある日転機が訪れます。偶々出掛けた先で芸能プロダクションの名刺を持った男性からスカウトされたのです」
「やっぱり……」
この昔話は、忍足さんの過去だ。
忍足さんが私と同じような過去を持っていたなんて思ってもみなかった。
女子にモテモテなキラキラ眩しい人生を送って来たとばかり思っていたから、意外過ぎる。
「当時スカウトしてくれたのが今マネジメントしてくれている保科さん」
「そ、そうだったんですか?」
「うん、今思うと、よくあんな野暮ったいのスカウトしたよなって感じ」
懐かしそうに目を細める忍足さんの横顔は、地味で冴えないというのが嘘みたいに綺麗だ。
保科さんの目利きは確かだったんだと思う。
「保科さんの手で冴えない男子から垢抜け男子になった俺は、雑誌に載ったのを機に調子に乗って上を目指したくなった。今まで俺に見向きもしなかった人間をあっと言わせたくて……でも中々芽が出なくて歯痒かった。とにかく有名になりたかったんだよね。どんな手を使っても」
語尾に力を込めた忍足さんは、私の方を見た。
「保科さんから売名計画を聞いた時すぐに飛び付いた癖に、相手が落ち目の女芸人だって知ってガッカリした。女優かアイドルを当てられると思ってたから余計に」
「………すみません、私みたいな落ち目の女芸人で」
「あーあ、どうせなら相方の可愛い方が良いのに……とも思った」
「…………本当にすみません…」
まぁ、相手が私じゃ不満に思うだろうなとは思う。
私が忍足さんの立場だったら同じ事思うし。
だからといって面と向かって言われると腹が立つ。
「最初は乗り気じゃなかったけど、案外森川さんとのデートが楽しかったし、何より初々しい所が微笑ましくて…」
忍足さんが思い出し笑いを堪える素振りを見せる。
何を思い出しているのか分からないから、何となく複雑だ。
「報道が出た後に会った時、アルコールに弱い癖に飲み過ぎてフラフラになった俺を心配して気に掛けてくれたのが何より嬉しかった」
「あの時は、状況的に放っておくなんて出来なかっただけです」
私は人として当たり前の事をしただけだ。
そこまで嬉しがられる事はしていない。
「うん……でも、嬉しかったんだよ。体に力が入らない男を担いで歩くの辛かったと思う。森川さんのあの行動がなかったら、きっとこんなに執着してないよ」
忍足さんが照れたようにはにかんで言うもんだから、私は擽ったさを感じてしまう。
「だけど、保科さんに無理、相手変えてとか、もっと他に居ないの?なんて散々悪態ついた手前、貶していた相手を本気で好きになったって言うのがばつ悪くて………演技の練習とか理由付けて、森川さんとの関係を引き伸ばした………結果がこれ」
「………忍足さんの見栄というか、体裁を気にした結果が今の拗れた状態な訳ですね」
呆れ気味に言ってやると、忍足さんが困ったように「ごめん」と眉を下げる。
「自分のつまらないブライドと野心の為に利用した挙げ句、沢山傷付けて悩ませちゃったね……本当に申し訳ないと思ってる」
「忍足さん……」
「俺にこんな事を言う資格ないのは十分承知してるけど……」
この忍足さんの真摯な姿は、演技じゃなくて本物だと思いたい。
「もう一度初めから森川さ………素良との関係を築いていきたい。好きなんだ、本当に」
ここでイケメンの切なげな表情のドアップはキツい。
有無を言わさないとばかりに威力がある。
卑怯だ。
「わ、私………」
目を逸らしたいのに逸らせない。
「そうだ、さっきの涙の理由………まだ教えて貰ってないね」
詰め寄る忍足さんを前に、思いっ切り口元が引きつる。
「まだ俺納得してないよ?何で泣いてたの?」
「だ、からっ、あれは……」
忍足さんの事なんか好きじゃない、寧ろ嫌いな筈だ。
なのに、最上さんから忍足さんと間宮が付き合い出したって聞いた途端、うそでしょ?って思った。
やだ、絶対やだって思った。
これってつまりは……
『森川……年齢的に素直になるのが難しくなってきてるのかもしれないけど、意地ばっかり張ってたってハッピーになれないよ?』
よりによってこんな時に、相方の言葉が脳裏に過る。
『森川さん、自分の気持ちに正直になる事をお勧めします。僕は純粋で可愛らしい貴女が好きですから』
それから、さっき最上さんに言われた言葉も。
「あの、私……」
「うん」
「だから、その……」
「うん」
忍足さんの目が早く言えと言っている。
やっぱり彼は意地が悪い。
確信を持っててわざとしらばっくれて言わせようとしている感じが余計に。
「えっと、その………」
「うん」
ここはもう、相方と最上さんの言葉に倣うべきなのだろう。
いつの間にかぶり返していた涙と共に言葉を滑らせる。
「忍足さんと間宮がって思ったらショックで……わ、私、多分、忍足さんが―――…」
言葉の途中で口を塞がれた。
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