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どんなに悔いても③
しおりを挟む「お兄さん、おはようございます!良い天気ですね」
賑やかに現れた彼女は、当然のように助手席に乗り込んだ。
「おはよう、今日も元気だね」
テンションの高さは相変わらず。
「いやぁ~折角のお休みの所、申し訳ないですぅ~」
心にも思ってなさそうな台詞を吐いて彼女がシートベルトを締める。
そこで、ふと気付く。
「涼亜ちゃん……スカート短くない?」
かなり短いスカート丈に驚かずにはいられない。
スカートの裾から伸びる、肌色部分の面積の広さは、色気があるかどうかは別として、目のやり場に困る。
「えぇ?これくらい普通ですよ~」
「でも、寒くないの?」
「んー……タイツ穿こうか悩んだんですけど、天気良いし、気温もそれなりに高いみたいだからやめちゃいました~」
「そっか、若いね……」
取り敢えず、脚はしっかり閉じておいて貰いたい。
天気の良い日曜は、絶好の外出日和とあってか、街中を走行する車の数が多い。
ナビから流れるラジオの音声も外出を促すコメントばかり。
と、突然、助手席に座る彼女がナビを操作し始める。
「お兄さん、このオーディオ、Bluetooth機能あります?」
「ん?うん、確かあったと思うよ」
「思うよって……使わないんですか?便利なのに………あ、あった!」
パネルに表示されたBluetoothの文字をタッチした彼女が今度は自らの携帯を操作する。
接続に少しの間を要した後、ナビから流れて来たのは、やたらキラキラした歌詞の曲。
曲名は知らないけれど、一時期テレビや街中の有線で頻繁に流れていた曲だけに、聴き覚えはある。
「涼亜ちゃん、この歌って……」
甘ったるい歌声と歌詞にこそばゆさを感じながら聞いてみると、彼女は得意気に笑って言う。
「もっちろん、カイプリの曲です!メチャメチャ良い曲じゃないですか?」
「あ、あぁ……うん、耳に残るよね」
頻繁に流れていたから、嫌でもサビくらいは覚えてしまう。
「まだファンだったんだね」
俺が言うと、彼女は照れたようにはにかむ。
「へへ……そりゃ一度は担降りも考えましたよ」
「担降り……?」
担降り……とは、聞き慣れない単語だ。
「担当を降りる……つまり、その人のファンを辞めるって事でして…」
「へぇ…」
「レイくん似の彼に振られた挙げ句、レイくんの熱愛発覚で一時はレイくんの事が嫌いになりかけました」
彼女は「だけどっ!」と、力強く続ける。
「やっぱ好きなんですよ~レイくんの笑顔が、声が、ダンスが。そして何より、カイプリ皆のパフォーマンスが大好きで、ファンを止めるなんて無理なんです!」
「そっか……」
彼女のカイプリ愛は相当なものらしい。
「声が……って、皆似たような声じゃない?」
「えぇーっ!全然違いますよ!レイくんは、透明感のある一際甘い声です!」
「聞き分けられるんだ、流石だね」
「ファンなら当然です!」
こんなにも一つの事に夢中になれるなんて、ある意味羨ましい。
そして、彼女がすっかり帯刀さんとの件を吹っ切れているようで安心した。
いつまでもウダウダしている俺と違い、切り替えが早くて羨ましい。
これも若さの所以なのだろうか。
「今日はどうしてまた水族館に?」
車を走らせて数分、水族館の建物の一部が見えて来た所で何気なく聞いてみた。
すると彼女は満面の笑みで答える。
「それは勿論、お兄さんに恩返しをする為です!」
「………恩返し?」
「イエス!」
何とも珍妙な答えは、理解に苦しむ。
「恩返しって言っても、ツルの……じゃないですよ?えっへへ」
彼女は良く分からない前置きをしてから更に続ける。
「日頃お兄さんにはお世話になっているから、何かお礼をしたいと思っていたんです。で、前にウチの店先で水族館のポスターをジーっと見てたから興味あるのかなぁ~って」
「あ、いや………あれは別に…」
そんなつもりじゃ……と、言いたい所を「良いから良いから」と遮られる。
「メチャメチャガン見してたじゃないですか~!観たかったんでしょ?イルカショー。私も観たかったんですよね」
「あの、だからね…」
「チケット代とお昼代は私が払います!素直に奢られて下さいね」
彼女は基本的に人の話を最後まで聞けない子らしい。
「いや、高校生に奢って貰うのは、流石に抵抗が…」
「お気になさらずに。恩返ししたいんですよ!させて下さい!」
「……はは、ありがとね…」
恩返しがしたいと主張いる彼女だけれど、俺に車を出させている時点で恩返しになっていないような気もする。
敢えて口にはしないけれど。
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