その声は媚薬

江上蒼羽

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その声を初めて聞いた時、脳天が痺れる程の激しい衝撃を受けた。







『こっちにおいで』

「………っ、」


耳に響く声は優しくて甘い。

声の主は、悪戯っぽく私を挑発するように囁く。


『何照れてんの?ねぇ、早く』

「………はぁぁ…」 


深い深い溜め息を吐いた。


『あは、可愛い』

「……っ、ぐぅぅ………」


胸がキュンキュンと高鳴る。


『今日も良く頑張ったね、お疲れ様』


低く甘い声に蕩けそうになりながら、目を固く瞑った。


『ご褒美に良い事しようか?』


チュッ……と艶かしいリップ音がしたと同時に、声にならない声が出た。

耳を強く握るとイヤホンが奥に食い込む。


『………ヤバ……興奮してきた』


切羽詰まったような吐息混じりの声に対して呟く。


「その台詞、私が言いたい……」





穏やかで優しい低い声。

かといって低過ぎない、丁度良い高さ。

やや甘めで妙に色気を孕んだこの声は、私の好みのど真ん中で、ずっと聞いていたい位心地好い声だ。




『本当はもっといじめたいけど………明日も早いでしょ?』


名残惜しそうな声に「やっ……大丈夫!もっと…」と返してみるも、声の主に私の声は届かない。


『おやすみ、また明日ね』

「っ………」


音声が途絶え、スマホの画面には“高評価”、“チャンネル登録お願いします”の文字が並んだ。


「う………終わってしまった……」


スマホを握り締め、天井を見詰める。


「おやすみって………こんな声聞いたら余計眠れないよ」


少しくすんだ色の天井に向かって溜め息を吐いた。


「………もう一回聞こう」


興奮冷めやらぬ状態で、スマホの画面の真ん中に表示されている再生ボタンをタップした。

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