その声は媚薬.2

江上蒼羽

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お食事会①side:瑞希

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「今日は頑張りましたね」

「だね、疲れたー」


何とか定時までに目標の仕事量を達成した。

島津さんと互いに労い合いながらロッカールームを出ると、待ち構えていようにあの人が目の前に現れる。


「お疲れ様~」


爽やかな笑顔を携えた彼を前にして、少しテンパった島津さんが「おっ疲れ様でっす!」と返した。

突然の上條さんの登場に驚いたのだろう。

思いっきり声が裏返っていた。

密か声に笑いを堪えていると、上條さんが私と島津さんを交互に見ながら言う。


「これから帰り……だよね?良かったらこの後飯一緒にどうかな?」


島津さんが「えぇっ?!」と悲鳴に近い声を出す。


「いやぁ、毎日ホテルの一室で一人寂しくテイクアウトを貪る生活が辛くてさ……」


上條さんの口振りから、彼が通勤ではなく近場でホテル暮らしをしているらしい事を察した。

彼や久世さんの地元から毎日一時間以上かけて通う事を考えれば、ホテル暮らしを選択するのも頷ける。


「マシンオペレーターの勝沼くんも誘ってるんだ」


勝沼さんは、製造ラインで機械の調整をする正規社員の男性で、歳は確か………正確には分からないけれど、多分同世代。


「勝沼くんが旨い店知ってるっていうから、4人でどう?」

「行きますっ!」


食い気味に即答した島津さんとは対照的に私は全く乗り気にはなれなくて


「私は遠慮しておきます」


きっぱりとお断りさせて頂いた。

上條さんと一緒に食事する理由はないし、機械オペレーターの勝沼さんとは、ほとんど接点がない。

話題豊富な島津さんとは違って、これといった話題提供が出来ない私がいても盛り上がらないだろうし。


「えぇー伊原さん、もしかして予定ある?」


そそくさと退散しようとする私を上條さんが引き留める。


「えぇまぁ……」


本当は予定なんてないのに、含みを持たせて逃げの姿勢でいる私の腕を島津さんがガッチリホールドする。


「伊原さんも行きましょうよ!いつも帰ってから家でダラダラ動画観てるって言ってたじゃないですか」


思わず飛び出そうになった“うげっ……”を懸命に飲み込む。

チラリと上條さんの方を窺うと、彼は不気味に微笑んでいて


「じゃあ、いいよね?行こうよ」


やや強引に話を進める。


「社員さん達との交流も時に必要ですよ」


鼻息荒く訴える島津さんの腕からは逃げられそうになく、半ば無理矢理参加させられる羽目になった。

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