婚約破棄から始まる変動は、わたくしの怒りとともに

笹焼ぱんだ

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23話

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「“神の声”を疑うとは何事か──ですって?」

その日、王政評議会の会場はざわめきに満ちていた。

主の玉座こそ空席だが、左右の長椅子には大臣、枢機卿、主要な貴族代表たちが居並んでいた。中でもその中央、第二王子オスカー=セルヴェリアが立ち上がった姿は、異様なまでに静かだった。

「神の声に導かれた王政。それは確かに、アルセリオ王国の柱でした。しかし──その柱が、民の思考を奪うものであるなら、それはもはや支えではなく、枷です」

場が凍りつく。

それは、王族として禁じられた発言だった。

聖女ミリアンヌの神託によって数多の政策が動き、人事が決まり、婚姻が破棄されてきた。すべて“神の意志”として正当化されてきた。

だが、オスカーは言い切った。

「香りは、嘘をつかない。誰かの都合によって“神の声”が都合良く形を変えるのなら、もはやそこに真実はありません」

会場の端、来賓席に並んでいたイザベラ=ロスベルクは、静かに目を伏せる。

彼女の調香した香りと、それを再演した記憶香──すべてが、オスカーのこの発言を後押しする根拠だった。

「神の声より、人の判断を信じたい」

その言葉は、はじめ誰にも届かないと思われた。

だが、一人の老貴族が椅子を立ち、うむ、と小さく頷く。

「我らが信じてきたのは、神の声そのものではない。“神に従う者が正しき心を持っている”という前提だった。……だが、前提が崩れた今、何を信じる?」

続いて、学識派の若き評議員が手を上げた。

「香による記録、再現性を持つ証拠……あれを、ただの演出だと断じてよいのか? 我々が、香を知らなさすぎるだけでは?」

議場の空気が、揺らぎ始めていた。

イザベラはその中央に立たずとも、彼女の香がここにいた。

誰の声も遮らず、誰の意見も封じず、ただ“問い”を投げかける存在として。

「改革とは、否定からではなく、問いから始まる」

そうオスカーは締めくくり、静かに一礼した。

“神の声より、人の判断を”

その旗が、ついに掲げられた瞬間だった。

そしてその旗の影には、香を操るひとりの令嬢が立っていたことを、誰も否定できなかった。
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