婚約破棄から始まる変動は、わたくしの怒りとともに

笹焼ぱんだ

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40話

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王都リュミエールの郊外、ひっそりと咲く青き誓花の畝の中で、ひとりの令嬢が静かに香を焚いていた。

イザベラ=ロスベルク。

かつて神託により祝福を否定され、名を奪われた令嬢。

その怒りを、香という形で理に昇華し、制度を問い、記録と証明を社会に広めた者。

今や王国は、神託に盲従する国家ではなかった。

香律局が設立され、裁きは香の記録を元に行われる。

政においても、香による政策感香が導入され、民の声を“空気の揺らぎ”として拾う制度が生まれた。

誰もが、怒鳴らずとも、叫ばずとも、自らの内なる“問い”を表現できる世界。

「怒りとは、ただ燃えるものではありませんの」

イザベラは独りごちる。

「それは、何かが“おかしい”と気づいたときにしか生まれない、変化の兆しですわ」

激情は過ぎれば灰になる。

だが、理をもって記録されれば──それは誰かの手に託せる火種となる。

次の時代へ、次の誰かへ。

かつて断罪を受けたあの瞬間。

彼女の怒りは孤独だった。

だが今、その怒りに名がついた。

“問いの香”。

思考し、感じ取り、記録する文化。

それが王国の新たな常識となりつつある。

香草園の向こう、街の学校では香学が学問のひとつとなり、小さな子どもが「この香りは、さびしいにおい」と笑って語る。

商家の奥では、夫婦が感情の香で互いを理解しようとする。

ある町では、争いを調香で鎮めた香師が“民の理”として表彰されたという話もあった。

イザベラは、世界を壊さなかった。

ただ、静かに問いを置いていっただけ。

その問いが香となり、思考となり、行動へと変わっていった。

「わたくしは、ただの一人ですわ」

そう微笑んで、彼女は小さな香炉の火を吹き消した。

青き誓花が、風に揺れる。

そこに神託はない。断罪も、祝福もない。

あるのは、感じる力と、考える余地。

──そしてそれを支える静かな香り。

“怒り”とは、終わりの炎ではなかった。

それは、世界を変える理の火種。

その火を静かに宿したまま、イザベラは今日も歩いていく。

新たな問いを抱えた香を、誰かのために焚くために。
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