初夜から始まる異世界再生譚~サキュバスの《心》を掴むため、異世界で英雄になった元日本人の物語~

斉城ユヅル

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プロローグ──ある日、森の中、捕食者に出会った

プロローグ2──善意の対価

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サフィアは、俺のために一室一晩借りてくれた。


ありがたい。残念。

二つの意味で俺は泣いた。


「血もついてますし、身体を洗っておいてください。その間に服を探してきます。あとは、食べ物も。お風呂場は、あっちです」


ジェスチャーで浴室を指さしてから、彼女は部屋から出て行った。


俺は石張りの浴室に入り、汗と泥と血がしみ込んだスーツとシャツを脱ぎ捨て、桶のお湯で身体を洗う。

流れる湯が肌を伝い、汗とべたつきが流れていく。

それと共に、死の恐怖に硬直していた全身が、ようやくほぐれていった。


──はぁぁ、生きてて、良かった


本当に死ぬところだった。その事実にブルリと身震いをする。


サフィアには感謝しなければ。

誇張でもなく、彼女は《命の恩人》だ。

しかし、お金も何も持ってない…どうお礼をすればいいのだろうか?


そんなことを考えつつ、バスローブ姿でベッドルームへ戻った。


扉がきしむ音。視線を向ければ、サフィアが何着か衣服を抱えて入ってきた。


「街で手に入る古着で安くて丈夫そうなものを選んできました。少し大きいかもしれませんが・・・」


差し出されたのは、リネンシャツ、太めのコットンパンツ、そして素朴な革サンダル。なんと袋入りの下着まである。


「サンダルはこれしかなくて、ごめんなさい。今日はこれで我慢してください」


サンダルを見ながら話すサフィアは服を差し出したまま少し前のめりだ。

目の前には、黒いインナーの隙間からたわわな胸とどこまでも深い谷が広がっていた。


「・・・いえ、十分です。ありがとうございます。本当に・・・なんとお礼を言ったらいいか」


視線を外し、丁寧に頭を下げ、ベッド脇で服を受け取る。

サフィアは「どうぞ、遠慮せずに着替えてください」とだけ言い、また部屋から出ていく。


俺は無意識にその後ろ姿を目で追った。

短いショートパンツの下、鍛え上げられた太ももから、きゅっと張りのあるお尻が美しい曲線を描いている。

あの丸みは、命を賭けて戦う者の証なのだろうか。


──なのに、無性に目が離せない


駄目だ、《煩悩》よ、去れ。


死にかけて、生き延びて、《そういう本能》が高まっている気がした。


振り払うように頭を振り、受け取った衣服を身に着ける。

紐を結んでズボンを履く。

どう見ても《異世界の住人》である。


サフィアが戻ってきた。


「あまり豪勢なものは用意できませんでしたが、今日は旅人向けの肉料理と、焼きたての黒パンが売っていたので、買ってきました」


焼かれた肉の塊と分厚いパン、そして木のコップに注がれた淡い色の飲み物。


飲み物を見て、無性に喉が渇いていることに気づいた。

思わずコップを手に取り、一気に飲み干す。

香りのする液体が体中の隅々まで、染みわたっていくようだった。


「喉、渇いていたんですね」


微笑んだサフィアが彼女の分も差し出してくる。


「ハーブティーです。いい香りがすると思いますよ」


それを受け取った瞬間、ほんのり甘くて涼やかな草の香りが鼻腔をくすぐった。

今度は、味わうように、一口飲む。


「美味しい。あなたの分まで。ありがとうございます、本当に」


サフィアは「いえ」と笑って、椅子に腰を下ろす。


「一緒に食べましょう。これからの話も、しておきたいですから」


俺、こんな美少女と一緒にご飯なんて、今朝は想像もしていなかったよ・・・。


*


サフィアより先に、俺の異世界初体験(食事)は終わる。


満腹感と入浴によるリラックス。

頭に血が巡ってくる。


《理性》が現状と対策を考え始める。


ここはどこ?

何が起きた?

これからどうするよ?


が、邪魔が入る。


目の前のサフィアのふるふる揺れる豊かな胸。

薄紫の波打つロングヘアーと蒼い瞳という人外の美。


可愛く凛とした心地よい声音。

鍛えられ引き締まった健康的な肢体。


何よりほんのり漂う甘い匂い。


心臓がドクンと強く脈打ち、別の場所にも血が回り始める。

食欲も満たされ、いよいよ死にかけた《反動》が凄まじいことになっている。


──思い出す


あ、俺、オナ禁20日目だ・・・


こちらを助けようとしてくれるサフィアの善意が、心にしみる。

そういう目線で見てしまうのが、申し訳ないと思う。


しかし、溜め続けた本能は暴走しつつあった。


食事を取り分け、口に運ぶ動きで、サフィアの胸がふるりと揺れる。

柔らかそうな唇を小さく開けて食べ物を食む様子も、どうにも艶めかしくて、参ってくる。


彼女が食べ終えるまで、俺はサフィアを見つめ続けていた。

食べ終えた彼女に、理性が、お礼を紡ぐ。


「サフィアさん、改めてお礼を言わせてください。頂いた恩をどうお返しをすればいいか」


言いつつ、本当に良くしてくれ《過ぎ》ていると思う。

受け取るには、善意が大きくなりつつあった。


「そうですね・・・。こう見えても、私、そこそこ強い冒険者なので、お金には困ってはいないんですよ。折角助けたのに、すぐに野垂れ死んだら嫌じゃないですか」


その答えは、彼女の優しさを雄弁に物語っていた。


「それで、落ち着いてきて、記憶は戻りそうですか。何か思い出しましたか?」


どうしよう。悩む。

本当のことを言うべきだろうか?


彼女に悪意はない。


良い人だ。

もしかしたら、この世界で異世界転移は一般的な現象なのかもしれない。

そう考え、俺は、彼女に真実を打ち明けることを決めた。


「すいません。一つ、訂正しなければ。記憶をなくしたわけではないのです。サフィアさんには当たり前のことなのか、珍しいことなのか分からないのですが・・・、私は、この世界とは《別の世界》から来た、そう考えています」

「・・・?」


サフィアは頭をかしげる。

指を桜色の唇に当てて思案する。


「別の世界、ですか。まれに、世界に紛れる人がいる・・・と聞いたことがあります。それでしょうか。だとしたら、とても珍しい現象だと思いますよ。経緯を詳しく聞いても?」

「話せることは特に。家に帰り、玄関の扉を開けて中に入ると、そこがあの森でした。戻ろうとしたときには扉はなく・・・。直後、猪に襲われ、あなたに出会いました」

「その、違う世界は、どんな世界、だったんでしょうか?」

「どんな世界・・・と言われると難しいですが。物理的なエネルギーを活用した、高度な文明です。大きな鉄の箱が空を飛び、世界中の人と同時に連絡を取り合い、膨大な知識を常時活用できる技術を持っていました」


サフィアの瞳が驚きに開かれる。


「それは、魔術すら足元にも及ばない。素晴らしい世界だったんですね。そこに生きる民は幸せです」


──ハッとする


確かに、明日をも知れぬ身となった俺からすれば《幸せ》に・・・見える。


「幸せ・・・な人ばかりではなかったと思います。でも、客観的に見れば幸せだったかもしれません。少なくとも、死ぬことはなく、食事に困ることもなく、それどころか、豪華な食事も食べたいときに食べていました」


その答えはサフィアを更に悩ませたようだった。


「・・・それで幸せでないのは、何故でしょう?」


サフィアの問いに・・・俺は、答えられなかった。


「わかりません。ですが、私は、自分を《幸せ》とは・・・思えませんでした」


考えを巡らせているサフィア。

数瞬後、物思いに区切りをつけ、話し始めた。


「セージの話を聞き、他の世界から来たことに嘘はないと感じました。となると、この世界の国や文化、貨幣や生き方。その全てを知らないということです。明日、冒険者ギルドまで案内して別れるだけでは、少し薄情かもしれませんね」

「いえ、そんな、これ以上は。何とかしてみせますよ。ここまでして頂ければ」


流石に受け取れないときっぱり遠慮したつもりだった。

だが、彼女は一切意に介さず、更に、踏み込んでくる。


「もしよろしければ、私が、この世界で生きていくために必要な基本的なことを一通りレクチャーしましょうか。戦闘術や魔術や生き方など。一緒に冒険すれば、《数か月》くらいで最低限、身に着くと思いますし」


──なんだって?


・・・数ヶ月?


咄嗟に、言葉を返せない。

さすがに、これは、おかしい、ぞ?

何故、ここまでしてくれる?


戸惑った俺を見て、サフィアが目を細めた。


「今、《警戒》しました?」


図星を突かれてビクッとする俺の様子に、ほんの少しだけ口角を上げて言葉を続ける。


「セージの顔に書いてありましたよ。素直なのは、いいことだと思います。もちろん、《対価》は頂きます。それでよければ・・・という話です」


──対価


なんだろう。

寿命を半分くれとか、一生奴隷になれとかだと困る。

いや、一生サフィアの奴隷になるのは一考の価値はあるが。


ともかく、俺が許容できる条件であってくれ・・・頼む。


こちらの真剣さを感じ取ったかのように、彼女は居住まいを正し、視線を向けてくる。


「セージ、あなたの話は聞きました。私の話がまだでしたね」


5センチくらい側頭部の両側に飛び出した深い紫色の《角》を指し示すように言葉を続ける。


「異世界には私のような種族はいたのでしょうか。この角を見れば、あなたとは違うことが分かりますよね?」

「いえ、私の世界には、私のような《人間ニンゲン》・・・という種族しかいませんでした」

「そうですか・・・」


そこで言葉を区切り、彼女は、透き通る《蒼い瞳》で、俺の瞳をのぞき込んできた。

視線を合わせるのではない。

その奥の奥の奥を見るように。


身動きもできず、俺も綺麗な蒼い瞳を見つめ続ける。


──ダメだ、心臓がドキドキしてきた


彼女の瞳から、目が、逸らせない。


「あなたは知らないと思いますが、私の《種族》は──」


ゆっくり進む時間の中で、神託を受け取る信徒のように、俺はサフィアの言葉を聞いた。




「──《サキュバス》です」




──は・・・?
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