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第1章 異世界1stDAY 始まりのヒモ男
第6節 山猫亭──美味なる復讐
しおりを挟む「お昼ご飯を食べたら、魔法の訓練をしましょう」
ヴァレに帰る道すがらサフィアが、次の予定を教えてくれた。
お昼ご飯!
そして、《魔術訓練》!
帰ったらおやつが待っている小学生のような気分だ。
こんな純粋な期待感で生きているのは、久しぶりな気がする。
ルンルンと門外市場のにぎやかさを通り過ぎ、基部で五メートルはある分厚い街壁をくぐる。
石畳が広がる、ヴァレの街の目抜き通りを歩く。
左右には、色褪せた帆布の日よけを広げた雑貨屋、磨き込まれた鎧を並べる鍛冶屋。
目に入る物すべてが、生きていた。
脇道に入っていくサフィアの薄紫色の髪を追う。
目抜き通りから一本横に逸れた脇道の奥に、その宿屋はあった。
──山猫亭
昨晩、サフィアと俺が泊まった宿である。
木組みと白壁の二階建て、軒先には黒猫をあしらった丸い看板が揺れている。
一階は通りに面して開放的な窓が並び、厨房の煙突からは香ばしい匂いが漂ってきた。
扉を押して中に入ると、木の梁と暖色のランプに包まれた食堂が広がる。
昼過ぎのため客はまばらだが、数人の冒険者風の男たちがテーブルで遅い食事をとっている。
奥のカウンターには、ふくよかで恰幅のいい女将が、ドンっと番人のように、腕を組んで立っていた。
「おや、サフィア、帰ったか」
女将が低くもよく通る声で言う。
サフィアに続く俺に気づいて、少し驚いたようにサフィアに告げる。
「ん、後ろの男はあんたの連れかい?」
「はい、ドーラさん、彼とは昨日からペアになったんですよ」
この女将はドーラさん、というらしい。
あれ、何か既視感。ドーラ・・・さん?どこかで聞いたような。
サフィアの返答に、ドーラさんは俺を射抜くように見つめてくる。
「新顔の坊や。サフィアの連れってことは、あんたもそれなりにやるんだろ?」
「うちの可愛いお得意様に恥かかせないようにな」
投げかけられるジャブの威力に、思わず目線を彷徨わせる。
《恥をかかせるな》って、どういう意味だ。
だが、意図は分からずとも答えは一つ。
「……はい、もちろんです」
ドーラさんは俺をじっと見て、威嚇するように口の端をわずかに上げた。
「ふーん。……まぁ、いいんじゃないか」
彼女は俺たちを順に見て、腕を解いた。
「で、この時間だ、飯はどうする?」
サフィアが笑みを浮かべて答える。
「いただきます」
俺も頭を下げ、サフィアの後についてテーブルへ向かった。
俺たちが腰を下ろすと、黒髪をきちんと束ねたウェイトレスが歩み寄ってきた。年は二十代、背筋が伸びていて所作がきれいだ。
「ご注文はどうなさいますか?」
サフィアが迷いなく答える。
「そうね、ストンボアのローストと……あとは、焼きチーズ入りのハーブスープと、薬草の根を練り込んだ黒パンを」
ボアって、イノシシ・・・だよな。
「かしこまりました」
「レイナ」と呼ばれたウェイトレスは、礼儀正しく一礼して別のテーブルへ。
その背を見送っていると、奥のカウンターからドーラさんの豪快な声が飛んできた。
「サフィア、全部、精が付くやつばっかじゃないか!!!ハッハッハ!!!」
俺は固まった。
「え、そうなのか?」とサフィアに小声で問う。
彼女は全く悪びれず、むしろ当然のように答えた。
「だって、精力つけてもらわないと、困るもの」
カッと頬が熱くなる。
サフィアは、恥ずかしげもなくそう言って、水差しを手に取った。
待つこと少し。
レイナさんが盆に載せた料理を次々と運んでくる。
目の前に置かれたのは、拳ほどもあるストンボアのロースト。
添えられた香草の緑が視覚にも食欲をそそる。
焼きチーズ入りのハーブスープ、表面がこんがり割れた黒パンも並んだ。
彼女は礼儀正しく一礼して厨房へ下がる。
う、美味そう・・・ゴクリと喉が鳴る。
鉄板の上で、湯気をたてるロースト肉の表面がわずかに脂で光っていた。
焦げ目の縁から透明な肉汁がつうっと流れ、淡く広がっている。
待ちきれずナイフを入れた瞬間、刃が抵抗を感じることなく沈み、断面から更に湯気が立ちのぼる。
その湯気は香草と脂の甘い匂いを混ぜ、鼻腔の奥をくすぐった。
ゆっくりとフォークで、切り分けた肉を口に含む。
舌先から広がる旨み。
しっかり効いた塩味、香草が肉の甘みを引き立て、油のコクが喉の奥まで満ちていく。
──え、これ、凄く美味しい!
歯が沈むごとに繊維がほどけ、温かい脂が舌を撫でる。
嚥下の直前、香ばしい焦げの苦みが一瞬だけ立ち、そのあとすぐ、柔らかな旨味が全てを覆った。
体の芯にまで届くような暖かな幸福感──《美味い》という言葉では追いつかない。
この感動を伝えたい!と視線を向けると、向かいのサフィアも、切り分けた肉を小さく口に運び、ゆっくりと噛み締めていた。
口元がほんのり緩み、蒼い瞳が幸福そうに細まっている。
噛むたびに、唇の端がわずかに上がり、その表情から《満たされている》という感情が伝わってくる。
こうしてみると、ただの美少女にしか見えない。
角がなければ誰がサキュバスだと気づけるだろうか。
彼女が恍惚とした表情で、ゴクリとイノシシ肉を呑みこんだ。
そこで、俺は声をかける。
「サフィア、この肉……美味しすぎる。凄いな」
サフィアが微笑む。
「魔物の肉は高いけど、美味しいのよ。肉の格が上なのよね」
え、これ、魔物肉なの!?
「ストンボア。これ、昨日あなたが襲われていた魔物よ。この辺だと強い魔獣ね」
サフィアが教えてくれる。
あの巨大イノシシ、ストンボアっていうのか。
「俺を襲っていた奴の仲間か。……じゃあ、これは復讐だな」
憎々しさを込め、再び肉にかぶりつく。
広がる柔らかさ、油のコク、香草の塩加減。
──めちゃくちゃ美味い
俺は一瞬でこの料理のファンになった。
「なぁ、これ、ドーラさんが作っているのか?」
「ガロさん。ドーラさんの旦那さんよ。奥にいるから中々会えないけど、優しい熊みたいな見た目の人」
優しい熊・・・。
俺の頭にパンダが浮かぶ。
鉄板の肉がきれいに無くなり、俺たちはご馳走様と手を合わせる。
サフィアが椅子から半身を起こし、ドーラさんを呼んだ。
「ドーラさん、二人部屋、空いてますか?」
「あぁ、空いているよ。なんだい、もう二人部屋にするのかい」
「えぇ、そこそこの期間ペアを組む予定なので」
ドーラは片眉を上げて笑う。
「あんたの種族のことは分かってるから、心配はないけどね。でも、何かあったらあたしに言うんだよ!」
それから俺に視線を移し、短く言う。
「坊や、しっかりやんな。ペアになったんだろう?」
「はい、頑張ります」
あ、なんとなく、《サフィアの求めに応えてやりな》ってドーラさんの意図が理解できた。
・・・つまり、そういうことを言われるほど、セックス(精力吸収)が《頻繁》ってことか?
嬉しいが心配でもある。出来ないときは出来ないのは男の辛いところだからなぁ。
サフィアが続けた。
「ベッドはダブルですか、ツインですか?」
「選べるよ」
「ツインでお願いします」
あれ、ダブルじゃないのか・・・別々に寝るのか。
「はいよ。2階の一番奥の角部屋だ。荷物は自分で移しておいてくれるか。出た部屋の掃除は……レイナにやらせておく」
「よろしくお願いします」サフィアが軽く会釈した。
俺も立ち上がり、「これからお世話になります」とドーラさんに頭を下げる。
「おう、頑張りな、セージ!」
そう激励と意味深な笑みを残して、カウンターへ戻っていった。
サフィアが俺の方を向き、口角を上げる。
「さぁ、部屋に行きましょ! 次は魔法の練習よ。セージも使ってみたいでしょ?」
!!!
おぉ、ようやくですか、師匠!
ついに来た、魔法訓練!
いよいよ魔法使いデビュー!
高揚感を胸に、俺は彼女を追いかけて、二階へ続く階段を駆け登ったのだった。
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