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エンペラーゴブリン編

第五話 流石『ビッグボス』の娘(*⁰▿⁰*)

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「魔王軍がこの街に来るぞおおお!」

「早く逃げろおおお!」

 魔王軍が攻めてきたとあって夜なのに街中パニック状態だった。
 俺とマカは人の流れに逆らいながら街の入り口付近に着くと、敵が攻めて来たとあって出入り口用の門は完全に閉じられていた。

「おいおい。これじゃあミイナを追いかけられないぞ」

「ジン様こっちです」

 マカの案内で兵士専用と思われる城壁の中にある階段を登って頂上に着くと、兵士数十名と一緒にミイナが仁王立ちしながら城壁の外を見ていた。

「「ミイナ(お嬢様)」」

「あら。やっと来たわね」

「ミイナ様。お知り合いですか?」

「私のメイドと旦那様よ」

『!?』

「あいつ、いや、あのお方が次期『ビッグボス』か」

「娘好きすぎて話しかけるだけで半殺しにする現『ビッグボス』によく認められたもんだ」

 兵士達は俺に対して尊敬の眼差しを向けてきた。
 ミイナパパ『ビッグボス』って呼ばれてるのか。

「はいはい、無駄話は後でして、今はこっちに集中しなさい」

 ミイナが教師のように手を叩きながらそう言うと、兵士達は一瞬にしてビシッと姿勢を正して城壁の外を見始めた。

「ミイナスゲェ。なんだか司令官みたいだ」

「そうかしら。べ、別に褒められても嬉しくないわよ。それよりジンもマカもを見なさい」

 耳が赤くなったミイナの指差す先、ここから一キロ離れたくらいの場所には何千もの松明の火があった。

「うわぁ、あれ全部魔王軍か」

「そうよ。もしかして私の旦那様は怖気付いているのかしら?」

「当たり前だろ。相手はあんなにいるんだぞ」

「だらしないわね。私の旦那様なんだからもっとしっかりしなさい」

 ミイナが仁王立ちしながらため息を吐いた。
 そう言われてもなぁ。

「それならジン。アンタに嫌でもしっかりしてもらうわ。誰か『声拡張石』を持ってきて」

「ミイナ様。こちらを」

「ありがとう」

 ミイナが兵士からマイクのような石を受け取った。
 なんだろう、ものすごーーーく嫌な予感がする。

「あーあー。魔王軍に告げる。私はこの街の領主である父の一人娘ミイナよ。いきなりだけどお願い! この街を攻めるのを今すぐやめて!」

 ミイナが松明しか姿の見えない魔王軍に頭を下げた。

「ミイナ」

「お嬢様」

 そうだよな。あんなに強気だったけどあの数を相手に戦いたいなんて――。

「――なんて、お願いすると思ったかしら?」

「ゑ?」

 ミイナが頭を上げ魔王軍を見下しながら親指を下に向け。

「この薄汚い【放送禁止用語】め!
 この街に攻めて来たことを地獄の底で後悔させてあげるわ。せいぜい首を洗って震えてなさい。【放送禁止用語】ども!」

 お嬢様とは思えない汚らしい言葉を吐きながらミイナが石を城壁の外へぶん投げた。おいおいおいおい!

「ミイナ! お前正気か!?」

「当たり前じゃない」

「お嬢様。ご立派です」

『ミイナ様万歳!』

「ありがとう」

 俺の顔が青ざめているのにマカと兵士達は全員歓喜しながら拍手喝采。
 コイツら狂ってやがる。

「お嬢様。敵が動き始めました」

 さっきの罵詈雑言が効いたのか、一キロ先の松明が大蛇のように列を作りながらこちらに近づいてきた。

「おいミイナ。お前が挑発したせいで魔王軍がこっちに向かって来てるじゃないか!」

「平気よジン。ちょっとこっちに来なさい」

「こんなときにどうした?」

 俺が近づくと、ミイナはぎゅっと抱きついてきた。

「ミイナ!?」

「緊張しないの。大丈夫。ゆっくり深呼吸しなさい」

「……おう」

 今度は頭を撫でるミイナ。
 俺は言いつけ通り深呼吸するが鎧越しなのにいい匂いがして落ち着かない。
 それに。

『じーーーー』

 気のせいか視線をあちこちから感じてぜんぜん落ち着かない。

「ミイナ。そろそろ離してくれないか」

「まだ緊張してるじゃない」

 それはあなたのせいです。なんて言えない。

「俺はもう大丈夫だから」

「そう。ならこのまま行くわよ」

「ゑ?」

「マカ。魔法で私達の援護よろしくね」

「かしこまりました」

「あなた達は万が一に備えてここで待機してなさい」

『は!』

 ミイナがあちこちに指示を出していた。それより行くってなんだ?

「じゃあジン。しっかり私に掴まっててね」

 ミイナの背中に羽が生え。

「ひとっ飛びするわよ!」

「おい待て、まさか――!」

「いくわよおおおお!」

 ミイナがロケット花火のように勢いよく上空に飛んだ。

「ぎゃああああ!」

「突撃いいいいい!」

 上空に飛んだ勢いのままカクンと直角に曲がって魔王軍のいる先へ落ちていく俺とミイナ。
 その時の気持ちを例えるなら、フォークボールをかけられた野球ボールになったような気持ちだった。
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