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一枚上手

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 「来ました。あの馬車です。」
 グランダイトの東の門を抜けて森を走る馬車が一台あった。この先で複数の武装した戦闘集団が包囲しているのも知らずに…
 「自分が騙しきったと思っているやつを騙してやるのはやっぱり最高だな。何事もなく宣言通りの場所を選んでいる。まあ、あいつは北の門を抜けるって宣言したつもりらしいがな。」
 男は自分の計画の進行度合いに笑いが止められなかった。計画が順調に進んでいることに加えて、自らが状況を掌握しているこの状況を気持ちよく思わない者は誰もいないだろう。そしてようやくその時がきた。馬車は包囲の中に侵入し、身動きがとれなくなってしまった。
 「おじさんわざわざここまで荷物を運んできてくれてありがと。感謝するよ。はいこれお礼。その代わり荷台の荷物全部くれるよね?」
 「それは…客との信頼が……」
 「くれるよな?」
 男は馬車を引いていたおじさんに金を握らせた上で首に刃物を突き立てて、もう一度言った。 
 「し…しかし……」
 「ねぇおじさん、死にたいの?お金あげるからさっさとどっかに行ってくんない?」
 そして、とうとう怯えてしまったおじさんは、握らされた金を持ったまま森のなかを走り抜けていった。
 「良かったんすか?」
 武装をした部下らしき人間が男に言う。
 「あんなのどうでもいいに決まってるだろ。それよりも…なぁ?こっちのマヌケをいたぶる方が楽しいだろう?」
 そう言って武装した人を引き連れジリジリと馬車に近寄って行った。そして、あとわずかで馬車の中身を確認出来そうなところである声が聞こえてきた。
 「わーおかねはかえすのでたすけてくださーい」
 それは何とも気の抜けたベストオブ棒読みであった。当然その危機感の無さにも驚きはしたが一同が驚いたのはそんなことではなかった。一斉に、カイルの盗聴音声を発生させていたスピーカーに目を向けた。男は怒りに任せて馬車を覆っていた布を引き剥がす。
 「なぜだ!」
 そこには、獅凰達の姿などはなくいたって普通の荷物だった。
 「なぜって、最初から状況を支配していたのは俺だよ?あんたは最初から主導権なんて握って無かった。」
 「お前の会話を全部聞いていた。情報は俺の方が多いはず!情報量で勝っているのになぜ逃がしている!」
 「まだ分からないの?こうやって会話出来てしまっていることがすべてなんだけどな。」
 男は、何かを察したように身体中を探し回った。
 「当然俺も盗聴してたって訳。それにお前の盗聴には気づいてたしね。そもそもあんたは情報量何かで勝ててないんだよ!」
 「だからといってなぜ逃げられている。」
 カイルは盗聴に気づきある仕掛けをしていたのだ。それは筆談である。
 「獅凰~起きてるか~。出来れば明日にはここ出るぞ。俺に裏切りを持ちかけたやつがいた。恐らく待ち伏せして捕まえる気だろう。それに朗報敵の規模が分かった。ギルドだけじゃなくて、数ヵ国は関与してる。この国を含めて。」
 
 『この会話は盗聴されている。話を適当にあわせてくれ。逃走経路を決めておきたい。』
 
 「そうか、当然その依頼は受けたよな。」
 
 『分かった。それならこの会話で相手を誘導する必要があるな。本来の逃走経路は南からでて海に出ていくのが確実だろう。』
 
 「当たり前よ。情報を制するものが事態を操るんだから。偽情報を渡すだけで操れるんだったら安いもんよ。喜んでやるぜ。それに俺の本分は騙すことだからな。」
 
 『じゃあそれで確定だな。後は誘導先だが、東の森にするべきだろうな。森に包囲網を作ってくれるなら例え海だということに気がついても追い付けないだろう。』
 
 「それじゃ、明日の夜クラウディオの東の森に身を潜めて、次の夜に森を抜けるのがベストだな。これなら撹乱できる。」
 
 『明日の夕方には誰かに東の門へ馬車を走らせて貰うしかないな。何か案はあるか?』
 
 「じゃあとりあえず適当に場所教えてくるわ。」
 
 『それなら、価値の無いものを無理やり金で運ばせるのがいいと思う。運び屋自身に荷物が重要だと思わせたら荷物を命がけでも守ろうとするかもしれないからな。運び屋の目の前で拾った石ころとかで十分だろ。目に見えて価値の無いことが理解できる。そんなものの為に命まではかけないだろう』
 
 とこのように盗聴されている裏でこれまでの計画を練り上げていたのだ。
 「じゃあもう会うこともないと思うからバイバーイ」
 カイルは、そういい残して袖についている盗聴器を、握りつぶした。
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