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呼び声

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 獅凰たちは物資を十分に補充した後に、レティシアが現れたとされる海域へ向かった。
 「海は初めてだな。」
 獅凰は、潮の香りを感じながら呟いた。
 「私も~。海は見たことあったけど仕事だったからね。何も考えずに見るのって初めて!」
 ミラは足をバタバタさせながらはしゃぐ気持ちを押さえられていない様子だった。
 「つか俺と運転変われよ。俺だって海を満喫したいじゃねぇか。」
 「船代出したのは俺だし、船を手配したのはミラだぞ。俺たちは仕事をした。んじゃあとは宜しく~」
 不満を述べるカイルを煽るだけ煽って制御室から出ていった。その制御室の窓からは獅凰とミラの楽しそうな姿が写っており非常に羨ましくも思いながらも、絶世の美女を目にするという一つの目的だけでモチベーションが跳ね上がっていた。
 獅凰はくつろいでいたのだが突如激しい頭痛に見舞われてしまった。その苦しそうな表情を見逃さなかったミラは、少し横になって休む事を薦めた。
 「休んだ方がいいんじゃない?」
 「何もないとは思うけどそうさせてもら……」
 
 
 
 「………か………れか………けて………」
 どこからか声が聞こえてくる。それに何だが不思議な感覚が宙に浮いているようでいて沈んでいくような感覚。そして深く沈めば沈むほどその声は鮮明な言葉となって耳に届く。
 「誰か!助けて!」
 それは確かに獅凰の耳に届いた声だった。その声は何度も訴える。助けを求めていると。そう何度も。
 「…………。………う。…………獅凰!」
 ミラの必死の声で獅凰は目を覚ました。どうやら船から落ちてしまっていたらしい。からだが海水で濡れている。しかし、獅凰が先ほど経験した感覚は海に落ちたとは例えにくいものであった。水に触れるほど冷たくも無かった上、液体というよりも柔らかい空気のような空間にいたのだ。
 「一旦引き返すか?」
 ミラから体調の悪いところを聞いていたらしいカイルは、獅凰の身を案じて引き返すことを薦めた。しかし、どうしても先ほどの声が気になっていたため獅凰にそんな選択などできなかった。
 「それは…出来ない…」
 その一言にどこか覚悟を感じて、二人はこの先に何かが起こると信じ進むことを決めた。
 しかし、そんな2人の緊張感もすぐに解けてしまった。なぜなら、獅凰が目を覚ましたすぐあとにレティシアが見えたからだ。岩場には、美しい人魚がおりこちらをチラチラ見ながら何か噂をしているようだった。どうやらその中の一人が獅凰たちに興味を持ったらしくミラに声をかけた。
 「ねえねえもしかしてレティシアに来たの?」
 「そうです!私たちレティシアを目指してここに来ました!」
 先ほどの不安なんてどこかへ飛んでいってしまったように目をキラキラと輝かせて人魚の手を握りながら大きな声で答えた。
 「ほんとう!?ならこっちに来て!私が案内してあげる。私はユスラよ。宜しくね」
 話しかけてきた人魚はとても気さくで三人も緊張することなく打ち解けた。カイルはただその美貌に見とれていただけなのだが…
 「ここに船をとめるといいわ。あとは海の中で案内するわ。」
 「海の中?」
 ミラは疑問に思った。息が出来ないではないかと。それに人魚の容姿を見るにエラで呼吸しているわけでもなさそうだった。
 「あーそうね。あなたたちは知らないもんね。レティシアの付近はレティシアにある魔石のお陰で水の聖霊の力を借りて環境を少しねじ曲げているの。だから呼吸の心配は要らないわ。最初は少し怖いかもだけど普通に呼吸するだけだから。」
 三人はユスラに案内されるまま海の中へと体をゆだねていった。そこには地上と何ら変わりのないごく普通の街が作られていた。しかし、どこを見渡しても美女、見渡す限りの美女。この都市に汚点など見つからないであろう。三人はユスラとともに海の都市の買い物を楽しんだ。
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