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第二章 変化
1 まどろみ
しおりを挟む少しずつ少しずつ、何かが変わっていく。それは感覚としてはゆっくりだけれど、細胞レベルの話ではものすごいスピードなのかもしれない。
「おはよう! 志乃」
「おはよ……ふぁ、ごめん」
思わず出た欠伸に、伊織は笑って僕の頭を撫でた。
「すごく眠そう。夜更かししたの?」
「逆……はやおき」
寝不足の目に伊織の笑顔が眩しい。いつもお日様みたいにキラキラしてるけど、見てるだけでアイスみたいに溶けてしまいそう。
最近、僕はすぐに眠くなる。元々しっかり睡眠をとらないと体がもたない方だけど、こんなに疲れやすかったかと思う。
毎日予習しなかったら、すぐに授業についていけなくなる。そう思うのに、夕食後は眠気に耐えられない。気が付いたら机の上に突っ伏して寝ているか、少しだけのつもりが朝までベッドでぐっすりかだ。こんなことが、もう半月も続いている。
うちの学園は、付属の大学にほぼ全員が進学する。1年から3年の1学期までのテストと成績を総合得点化して、成績順に希望する学部への進学が決まる。各学年のAクラスにはアルファしかおらず、みな当然のように希望の学部へと進むのだ。
……こんな調子じゃ、来年は伊織と別のクラスになってしまう。
そう思うと、胸が痛くて仕方がない。
せめて、朝起きて勉強しようとアラームをいくつも設定した。今朝は何とか起きられたけれど、眠いものは眠い。欠伸を堪えていると涙まで出てくる。
伊織が僕の顔をじっと見ている。どうしたんだろう?
「何か……ついてる?」
「いや、その。欠伸を我慢してるとこも可愛いなって」
「え? あ……」
真顔で言われて、一気に目が覚めた。頬が熱くなって、うまく言葉が言えない。僕が下を向くと、伊織はそっと指を絡めてくる。
「志乃、ごめんね。これからは生徒会でかなり帰りが遅くなる。先に帰ってくれる?」
「うん……、わかった」
寂しいけれど、僕は一人で帰ることにした。以前なら伊織の仕事が終わるまで待っていたけれど、最近は眠気に勝てない。
放課後、ちょうど借りたい本があったので図書室に向かった。
目当ての本はすぐに見つかったけれど、後少し、というところで、なかなか手が届かない。もう5センチ背が高ければ、と思いながら必死で指先を伸ばす。
「ああ、これ?」
ひょいと後ろから手が伸びてきて、さっと本が取られた。はい、と手渡されて御礼を言うと、相手が驚いた顔をする。
「きみ……、氷室の?」
涼し気な瞳に整った顔。制服の襟についた校章の色を見れば2年生だ。誰だろうと思いながら頷くと、にこっと微笑まれた。
「あの、すみません。どこかでお会いしましたか?」
「一度だけ会ったことがあるよ。四条本家の結婚式で」
「四条?」
「そう。俺は分家筋だけどね」
四条は代々政治家を輩出する家で、上の姉の嫁ぎ先だ。目の前で微笑む彼は、四条宗人。姉の夫の従弟だと言う。姉の結婚式は、先方が嫡男だった為に驚くほど盛大だった。正直、人の数が多すぎて誰がいたのかもよく覚えていない。
もっとも、そんな記憶力一つとっても自分が優秀ではないことがよくわかる。目の前の彼とは違って。優し気な彼からは優れたアルファの気配がするのだ。
挨拶だけで退散しようとすると、さっと左手を取られた。
「ちょっと話さない? ああ、図書室じゃ怒られちゃうか」
よかったら外で、との誘いに首を振った。
「早く帰りたいので失礼します」
「えっ」
目を丸くする相手の手の力が緩む。その隙に素早くカウンターに行って、本の貸し出し手続きを頼んだ。書架の前で呆然としている彼に頭を下げて帰路に着く。
……今まで、誘いを断られたことなんかないんだろうな。
日が暮れるとやっぱり、眠くて眠くて仕方がない。気が付いたら机でうたた寝をしていた。スマホの震える音に慌てて出れば、伊織からだ。ベッドに移動して横になる。優しい伊織は、毎晩必ず電話をくれる。甘い声を聞いていると、幸せで胸がいっぱいになった。
嬉しくて仕方がないのに……段々瞼が下がってくる。とろりと眠気が訪れて、伊織の声が子守歌になってしまう。
「志乃、大丈夫? 最近すごく疲れてるみたい」
「……ん。どうしてかな。いつも眠くて仕方がないんだ。これじゃまずいと思うんだけど……」
そう言ってるうちに、僕はすとんと眠りに落ちていた。
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