25 / 72
25.アナンとシオン ①
しおりを挟む胸の痛みは見る間に強くなり、体がどんどん重くなる。呼吸が上手く出来ずに、指先がひどく冷たい。
「ラウェル! ラウェル!!」
僕を抱きしめているのはダートのはずなのに、以前のような温もりは伝わってこなかった。まるで霞がかかったように目はよく見えず、自分の名を呼ぶ声はひどく遠い。
ダートの言葉が耳の奥にこだまする。
『オリーがお前の側にいたのは、贖罪の為だ』
黒々とした闇が足元に広がる。
──イッショニ、イタノハ⋯⋯
ぽっかり空いた濃密な闇の中から、何本もの黒い手が伸びてくる。あっという間に体中に巻き付いて、泥のような暗闇の中に引きずり込まれる。
──ショクザイ?
もがいて逃れようとしても、力の入らない体ではどうすることもできなかった。
ぷつんと意識が途切れる前に、自分の心が叫んだ。
──⋯⋯ドコカ、トオク、ヘ
歌声が聞こえる。
細く高い声だ。優しい声は闇の中に浮かんでは消えていく。
白く小さな手が僕の手をぎゅっと握りしめる。
『だいじょうぶ、こわくないよ。⋯⋯なかないで。うん、いっしょにいる。ずっと』
胸に顔を擦り付ければ、細い腕が僕を抱きしめた。何度も背をなでる相手に何か囁かれて、いつの間にか不安な気持ちは消えていく。だんだん眠くなって、優しい声に甘えたくなる。
『もういっかい? わかった』
小さな小さな歌声が聞こえる。体からはゆっくりと力が抜けて、いつのまにか何も怖くはなくなっていた。
寒い。
⋯⋯体が冷たい。
ああ、このままだと凍えてしまう。それとも、もう心臓まで硬く凍りついてしまったのかな。僕はこのまま死ぬのだろうか。
ふわ、と手に何かが触れた。⋯⋯前にも覚えがある。もっと長くて、ふさふさしていたような気がする。何だっただろう?
「何だって? これ以上、部屋を暖かくするのは無理だ。蒸し風呂になっちまう!」
「⋯⋯」
「チッ! あっちが勝手にやってきたんだから、もう放っておけばいいだろう!」
聞き覚えのある声だった。そうだ、この声は。
僕は目を開けた。でも、周りの世界は霞んだままでよく見えない。
何度も瞬きを繰り返していると、誰かが、ぎゅっと手を握ってくれた。夢の中の小さな子どもの手ではなく、骨ばった大人の男の手だ。白く霞んだ中にぼうっと影が見える。
じっと目を凝らせば、影がもう一つ近づいた。
「お前、まさか、目が見えないのか?」
聞いたことのある声だった。そうだ、この声は。
「アナン?」
「⋯⋯話すことは出来るのか」
幾分安心したような響きが、声に籠もる。ここはアナンの屋敷なのか? 僕はどうしてまたここにいるんだろう。王宮の、大樹の元にいたのではなかったのか。
「僕、何でアナンのところに?」
「今度は俺が攫ってきたわけじゃないぞ! お前がいきなり空から現れたんだからな。シオンが世話をすると言ってきかなかったんだ!」
「シオン?」
「そこでお前に朝から晩までつきっきりな奴だよ」
僕は自分の手がずっと握られているのに気がついた。両手で包み込まれて、温かな感触が伝わってくる。僕を見ているらしい影は淡い光を帯びていた。手を握り返せば、喜ばれているのが伝わってくる。
「⋯⋯あなたが、シオン?」
手を握っている相手の代わりに、アナンがため息をつきながら答えた。
「シオンは、俺の兄だ。覚えているか? お前が屋敷の地下牢で、獣から人に戻してくれたんだろう?」
アナンの言葉に、影しか捉えられない瞳を大きく見開いた。アナンの屋敷の地下牢にいた、あの毛むくじゃらの獣。僕が歌った後に裸で立っていた男。
「あの時の獣? あの獣が、アナンの兄さん?」
僕の手を握った両手が、そうだと言うように、もう一度強く握られた。くぐもった声が「⋯⋯ア、ア」と答える。
「そうだ。声はまだ戻り切ってはいないが、お前のおかげで兄貴は元の姿に戻れたんだ。兄はお前に感謝している。⋯⋯俺も」
最後は小さな声だったが、アナンははっきりと感謝の言葉を口にした。
「じゃあ、僕はまた、アナンの屋敷に来たの?」
「違う。ここは王都から離れた北の僻地だ。俺はお前を攫った罪で首を刎ねられるところだったが、兄貴がいたから、一緒に北に送られた」
リシュリムには東西南北にその地を任された大公がいる。北の大公の領地には、隣国との国境に貴族たちの流刑地がある。命を奪うことが出来ない立場の者を、死ぬまで幽閉する場所だと聞いた。
35
あなたにおすすめの小説
向日葵畑で手を繋ごう
舞々
BL
琥珀は付き合っていた彼氏に「やっぱり男とは手が繋げない」とフラれてしまい、そこから更に人を避けて生きるようになった。笑うことさえなくなった琥珀を心配した母親は、琥珀の夏休み期間だけ自分の生まれ故郷である秩父へと送り出す。そこで久しぶりに再会した悠介は、琥珀のことを子ども扱いするものの、事あるごとに自然と手を繋いでくれる。秩父の自然に触れながら、琥珀はいつしか明るく優しい悠介に惹かれていったのだった。
ユキ・シオン
那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。
成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。
出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。
次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。
青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。
そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり……
※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
忘れられない君の香
秋月真鳥
BL
バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。
両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。
母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。
アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。
最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。
政略結婚から始まるオメガバース。
受けがでかくてごついです!
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。
洗濯日和!!!
松本カナエ
BL
洗濯するオメガバース。BL。
Ωの鈴木高大は、就職に有利になるためにαと番うことにする。大学食堂で出逢ったαの横峯大輔と付き合うことになるが、今までお付き合いなどしたことないから、普通のお付き合い普通の距離感がわからない。
ニコニコ笑って距離を詰めてくる横峯。
ヒート中に俺の部屋においでと誘われ、緊張しながら行くと、寝室に山ができていた。
巣作りしてもらうために洗濯物を溜め込むαと洗濯するΩ。
12話一旦完結からの17話完結。
卒業旅行番外編。
(素敵な表紙はpome様。感謝しかありません)
※大島Q太様のTwitter企画「#溺愛アルファの巣作り」に参加したのを加筆して出します。
※オメガバースの設定には、独自解釈もあるかと思います。何かありましたらご指摘下さい。
※タイトルの後ろに☆ついてるのはRシーンあります。▲ついてるのはオメガハラスメントシーンがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる