【恋は早いもの勝ち】溺愛攻めが買った惚れ薬

尾高志咲/しさ

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25.アナンとシオン ①

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 胸の痛みは見る間に強くなり、体がどんどん重くなる。呼吸が上手く出来ずに、指先がひどく冷たい。

「ラウェル! ラウェル!!」

 僕を抱きしめているのはダートのはずなのに、以前のような温もりは伝わってこなかった。まるで霞がかかったように目はよく見えず、自分の名を呼ぶ声はひどく遠い。

 ダートの言葉が耳の奥にこだまする。

『オリーがお前の側にいたのは、贖罪の為だ』


 黒々とした闇が足元に広がる。

 ──イッショニ、イタノハ⋯⋯

 ぽっかり空いた濃密な闇の中から、何本もの黒い手が伸びてくる。あっという間に体中に巻き付いて、泥のような暗闇の中に引きずり込まれる。

 ──ショクザイ?

 もがいて逃れようとしても、力の入らない体ではどうすることもできなかった。
 ぷつんと意識が途切れる前に、自分の心が叫んだ。

 ──⋯⋯ドコカ、トオク、ヘ





 歌声が聞こえる。
 細く高い声だ。優しい声は闇の中に浮かんでは消えていく。
 白く小さな手が僕の手をぎゅっと握りしめる。

『だいじょうぶ、こわくないよ。⋯⋯なかないで。うん、いっしょにいる。ずっと』

 胸に顔を擦り付ければ、細い腕が僕を抱きしめた。何度も背をなでる相手に何か囁かれて、いつの間にか不安な気持ちは消えていく。だんだん眠くなって、優しい声に甘えたくなる。

『もういっかい? わかった』

 小さな小さな歌声が聞こえる。体からはゆっくりと力が抜けて、いつのまにか何も怖くはなくなっていた。





 寒い。
 ⋯⋯体が冷たい。
 ああ、このままだと凍えてしまう。それとも、もう心臓まで硬く凍りついてしまったのかな。僕はこのまま死ぬのだろうか。

 ふわ、と手に何かが触れた。⋯⋯前にも覚えがある。もっと長くて、ふさふさしていたような気がする。何だっただろう?

「何だって? これ以上、部屋を暖かくするのは無理だ。蒸し風呂になっちまう!」
「⋯⋯」
「チッ! あっちが勝手にやってきたんだから、もう放っておけばいいだろう!」

 聞き覚えのある声だった。そうだ、この声は。
 僕は目を開けた。でも、周りの世界は霞んだままでよく見えない。

 何度も瞬きを繰り返していると、誰かが、ぎゅっと手を握ってくれた。夢の中の小さな子どもの手ではなく、骨ばった大人の男の手だ。白く霞んだ中にぼうっと影が見える。
 じっと目を凝らせば、影がもう一つ近づいた。

「お前、まさか、目が見えないのか?」

 聞いたことのある声だった。そうだ、この声は。

「アナン?」
「⋯⋯話すことは出来るのか」

 幾分安心したような響きが、声に籠もる。ここはアナンの屋敷なのか? 僕はどうしてまたここにいるんだろう。王宮の、大樹の元にいたのではなかったのか。

「僕、何でアナンのところに?」
「今度は俺が攫ってきたわけじゃないぞ! お前がいきなり空から現れたんだからな。シオンが世話をすると言ってきかなかったんだ!」
「シオン?」
「そこでお前に朝から晩までつきっきりな奴だよ」

 僕は自分の手がずっと握られているのに気がついた。両手で包み込まれて、温かな感触が伝わってくる。僕を見ているらしい影は淡い光を帯びていた。手を握り返せば、喜ばれているのが伝わってくる。

「⋯⋯あなたが、シオン?」

 手を握っている相手の代わりに、アナンがため息をつきながら答えた。

「シオンは、俺の兄だ。覚えているか? お前が屋敷の地下牢で、獣から人に戻してくれたんだろう?」

 アナンの言葉に、影しか捉えられない瞳を大きく見開いた。アナンの屋敷の地下牢にいた、あの毛むくじゃらの獣。僕が歌った後に裸で立っていた男。

「あの時の獣? あの獣が、アナンの兄さん?」

 僕の手を握った両手が、そうだと言うように、もう一度強く握られた。くぐもった声が「⋯⋯ア、ア」と答える。

「そうだ。声はまだ戻り切ってはいないが、お前のおかげで兄貴は元の姿に戻れたんだ。兄はお前に感謝している。⋯⋯俺も」

 最後は小さな声だったが、アナンははっきりと感謝の言葉を口にした。

「じゃあ、僕はまた、アナンの屋敷に来たの?」
「違う。ここは王都から離れた北の僻地だ。俺はお前を攫った罪で首を刎ねられるところだったが、兄貴がいたから、一緒に北に送られた」

 リシュリムには東西南北にその地を任された大公がいる。北の大公の領地には、隣国との国境に貴族たちの流刑地がある。命を奪うことが出来ない立場の者を、死ぬまで幽閉する場所だと聞いた。
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