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28.二人と優しさ ②
しおりを挟む体が動くようになると、勝手なもので新たな望みが湧いてくる。僕は庭に出たくて仕方がなかった。目が見えないのに外に出るなんて、無謀だとわかっていた。それでも、毎朝シオンが摘んできてくれる花の香りに、そわそわしてしまう。わずかに開けられた窓からも、風に乗って甘い香りが漂ってくる。自分の手で咲き誇る花々に触れることができたら、どんなにいいだろう。
僕の様子がおかしいことに、シオンはすぐに気がついた。そして、シオンの様子を見ていたアナンも。僕に向かってアナンがはっきりと釘を差す。
「いいか、間違っても外に出ようなんて考えるなよ。いくらここに人が来ないとは言っても、全く誰も来ないわけじゃないんだからな」
「⋯⋯そうなの?」
「定期的に監察官がやってくる。北の大公から派遣された奴が、俺たちの様子を確かめにくるんだ」
「えっ、じゃあ⋯⋯」
「お前が見つかったら騒ぎになるだろう。奴らが来たら、一日中隠れているんだ。応接室で俺とシオンが相手をする」
アナンの真剣な声に驚いて、変な声が出た。シオンならまだしも、アナンは僕を追い出そうと言っていたはずなのに、いつの間にか庇おうとしてくれている。
「⋯⋯あ、ありがとう」
「別に。お前はここを出たら行く当てがないだろう?」
アナンがぼそりと言う。そうだ、僕には行くところがない。
ずっとオリーと一緒に旅をしていて、途中でカランカンに連れていかれた。もうじき朱門を出られると思っていたら、惚れ薬に大金を使われて⋯⋯。
「ここは、使われていない部屋だらけだ。元は貴族の屋敷だと思うんだが、どっさり本の詰まった書庫や子ども部屋まである。お前一人ぐらい簡単に隠れられるはずだが、魔導士たちが来たらまずい。いざとなったら、お前は逃げろ。せめて、その目が見えるようになれば⋯⋯」
黙り込んだ僕を慰めるように、シオンが手を握ってくれた。
そうだ、今の生活は全てシオンやアナンのおかげだ。あの日、死んでもおかしくなかったのに、僕は今も生きている。ずっとここで、二人の優しさに頼っているわけにはいかない。
⋯⋯自分一人だけで、生きていかなくては。
その晩、夢を見た。
町から町へ、オリーと二人だけで旅をしていた。
空はよく晴れていて、明るい緑が山々を彩っている。次の町まで行く為に歩き続けて、一休みする場所を探していた。ちょうどよく枝を張った木を見つけ、オリーと並んで根元に座り込む。風の中に混じる香りを感じて目を向ければ、一面の蒼い絨毯が見えた。それは、青い花々の群生だった。たくさんの花がゆらゆらと風に揺れる姿に、僕はすっかり舞い上がった。
『オリー、見て! 青い花があんなにたくさんある。すごくきれいだよ!』
立ち上がって、花々の真ん中まで走る。うつ伏せになって、花を抱きしめるように両手を伸ばした。
ゆっくりと歩いてきたオリーが、僕の隣に寝転んだ。
『ラウェルは青が好きだな』
『うん、好きだよ。この花の色が好き。少し明るくて、今の空と同じ色。それに⋯⋯』
『それに?』
聞こえなかったのか、オリーは僕の口元に耳を寄せた。
『あのね、オリーの瞳と同じ色!』
僕が見上げると、オリーは泣きそうな顔をこらえて微笑んだ。そして、はっきりと言った。
『⋯⋯連れて行くから』
『どこへ? 次の町?』
オリーは答えない。強い風が吹いて、僕は思わず目を閉じる。目を開けた時には、どこにもオリーはいなかった。
「オリー!」
叫び声と共に飛び起きた。夢に驚いて目覚めるなんて、ここに来て初めてだ。寝台から起きた時には、全身にびっしょりと汗をかいていた。
一人で歩かなければと思った途端に、オリーの夢を見るなんて。
僕は寝台から降りて、ゆっくりと歩いた。壁に一枚の上着が掛けてある。僕の体には大きい上着を背伸びして引っ張った。なんとか手に取れば、オリーの匂いがする。ごそごそと袖を通して、僕は上着を着たまま、寝台に潜りこんだ。
⋯⋯野宿して眠っていた時みたいだ。
僕はオリーの温かい腕を思い出して、もう一度眠りについた。
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