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44.シオンと過去の呪い ②
しおりを挟む「ラウェルを追いかけて、商人の屋敷で初めてあいつに会った。あの男には呪いの痕があった」
「うん。シオンは全身が毛むくじゃらの獣になってたんだよ。体も傷だらけで、人としての自我はないみたいだった。アナンが、シオンは魔女の呪いにかかったって」
オリーが眉を顰めた。
「魔女の呪いはそう簡単には解けない。ミツドリの歌を聞けたのは幸運だっただろう」
僕は自分の歌にどれほどの力があるのかはわからない。ただ、元々数が少ない魔女の呪いの強さは知っている。人は自分の望みを叶えるために呪術を頼みにすることがある。その時も、魔女に頼むのは一番最後だ。望みを叶える代償が大きいから。
扉が叩かれて、顔を出せば、アナンだった。アナンは僕を見て、すまなさそうに言った。
「せっかく言ってくれたのに、悪いな。兄貴はやっぱり、お前の気持ちは受け取れないって言うんだ」
「シオンには⋯⋯何か、わけがあるの?」
アナンの顔に一瞬迷いが浮かぶ。僕の目を見て、アナンは覚悟を決めたようだった。
僕はアナンを部屋に入れた。
オリーがいてもいい? と聞くと、アナンは頷いた。
「王都の屋敷の地下牢に兄貴が閉じ込められていたのは、魔女の呪いの為だった。兄貴は⋯⋯、恋人に裏切られた」
「裏切られた? シオンが?」
アナンは、大きく息を吸った。
「シオンは知っての通り、王都一の商人と言われるシュナンの長男で、自慢の跡取り息子だった。シオンは温厚な性格で世話好きだ。頭も回るし、見栄えもいい。そんなシオンが仲のいい友人に誘われた先で出会ったのが、とんでもない奴だった」
ある妓楼で評判の男娼がいるんだ。それが並み居る美女よりもずっと美しい。お前も一度会ってみろと言われて、シオンは付き合いでついて行った。男娼に特に興味があったわけじゃない。
ただ、その男娼は禍々しいほど美しかった。⋯⋯黄金の髪に蒼空の瞳。白磁の肌に桃色の唇。噂を凌ぐほどの輝くような美貌。
僕はアナンの話に、思わず隣に座っていたオリーを見た。オリーが当惑したように眉を寄せる。
「そうだ。俺がカランカンに行ったのは、話を聞いてそっくりだと思ったからだ。兄貴を呪って、行方をくらました男に」
シオンは妓楼に通い詰めて結構な金を貢いだ。ところが男娼はシオンを誘い出して呪いをかけ、妓楼から姿を消した。
「シオンは獣に変わった途端に理性も知性も失くした。でも、俺は父のようには絶対にあきらめたくなかった」
「⋯⋯大事な、お兄さんだもんね」
「俺は妾の子なんだよ。母親が死んで王都の屋敷に引き取られたが、誰も俺のことを相手になんかしなかった。いつも声をかけてくれたのは、年の離れたシオンだけだった」
「⋯⋯アナン」
──おいで、アナン。一緒に食事をしよう。
──お前は俺と同じ父の子だ。胸を張って生きろ。
毎日のように地下牢に通い続けた。人としての反応がなくなり、獣と化した兄に出来ることはないか。
ある時、何もわからなくなったはずのシオンが歌に反応することに気がついた。もしかして、と思って男娼を一晩買って檻の前で歌わせると、暴れていた体がおとなしくなる。
「⋯⋯だから、アナンは、僕に使い出があるって言ったの?」
「シオンは、屈強な男たちに牙を剥くことはあっても不思議と男娼を呼んでくると大人しくなった。お前は子どもだったが、何とかなるかと思ったんだ。あのオリヴィの元にいたぐらいだから」
アナンはそこで初めて、オリーをちらりと見た。
「山のような金と伝手を使ってカランカンに入っても、ご本人には一目会っただけで帰れと言われたからな。シオンの相手かどうか、わかるはずもなかった」
「⋯⋯カランカンに敵意丸出しで来る奴を相手にする必要はない」
オリーの言葉に、ひやりとした空気が流れる。アナンはオリーを無視して僕を見た。
「オリヴィが呪いをかけた相手なら、何としても兄貴を元に戻す方法を吐かせてやると思った。違っても、少しでも兄貴がよくなればいい。結果的にはラウェルのおかげで助かったがな。⋯⋯兄貴は、自分への戒めとして、声はこのままでいいと言っている」
「戒め?」
「兄貴は男娼に夢中になっていたけれど、好きだと思う気持ちの多くは相手への憐憫の情だったそうだ。それがどれだけ相手の心を傷つけて砕いたか、当時はわからなかったと」
──貴方は何もわかっていない、欲しいのは憐れみなんかじゃない。
「自分の姿が獣に変わるのを見ながら、彼がこぼした涙を思い出す。この声まで元に戻ったら、きっと自分は、彼の痛みすら忘れるだろうって。だから⋯⋯、ラウェル。兄貴のことは、このままにしてくれ」
アナンは僕の頭を撫でて、ありがとうと言った。
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