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54.歌と王宮 ②
しおりを挟む人の心に善と悪があるように、魔法にも大別して光と闇がある。相手を呪ったり弱らせたりする魔法は嫌悪される。まして闇魔法を使って捕らえたり命を奪うことは禁忌であり、大罪だ。
彼らは、僕を狙っていたのか。でも、ここは王都ですぐに闇魔法を使ったことが魔導士たちに伝わるはずだ。それなのに、なぜ?
コンコンコン。
扉を叩く音がする。僕とオリーは顔を見合わせた。二人で身動きせずにいると、続けて扉が叩かれた。
オリーが寝台を降りて扉を開ければ、黒の長衣が見える。
「⋯⋯何用だ?」
「お帰りをお待ち申し上げておりました。王宮にて、王太子殿下がお待ちです」
「王太子?」
オリーの訝し気な声が響く。
「はい。今すぐに、⋯⋯ミツドリ殿と共にお連れせよと」
魔導士の声は丁寧だったが有無を言わせなかった。僕とオリーには、最初から選ぶ権限はないことがわかる。僕は寝台から降りて、オリーの腕にしがみついた。彼らは3人だったが、一礼して部屋の中に入ると僕たちを取り囲んだ。
三方から光が放たれ、僕たちはすぐに王宮の奥に転移した。
「こちらでございます」
王宮への転移には、瞬きするほどの時間しか感じられなかった。目の前には見事な装飾を施した扉がある。
「⋯⋯王太子は王妃が生んだ嫡子で、王の子の中では一番上の男子だ」
オリーがそっと耳打ちしてくれる。僕はもちろん会ったこともないが、オリーにしてみれば従兄弟だ。
扉が開かれ、一陣の風が吹き抜ける。
開かれた大きな窓からは陽射しが入り込み、王家の紋が入った豪奢なマントを身に着けた人物が外を見ていた。流れる黄金の髪に長身の背。
⋯⋯あれが、王太子?
マントが翻り、王太子がこちらを見た。逆光に目を凝らすと、恐ろしいほど整った顔に、オリーと同じ蒼空の瞳が輝いていた。
⋯⋯まさか。
よく似ているだけだ。だって、全然雰囲気が違う。
彼は、もっと柔らかな、穏やかな感情を纏っていた。いつも僕に優しさを向けてくれた。
王太子はまっすぐに僕に向かって歩いてくる。何の感情も含まない声が一言、「長衣を脱げ」と言った。僕の後ろに立つオリーから、ゆらりと殺気が立ち上る。
部屋の中に張りつめた雰囲気が漂っても、僕は目の前に立つ男から目を離せず、動けないままだった。僕が動かずにいると、王太子が手を伸ばして、僕が被っていた頭巾を取った。
髪がこぼれ落ち、隠していた顔が露になる。
王太子の瞳が揺れた。長い睫毛が震えて、青く澄んだ瞳が僕を射抜く。僅かに浮かんだ微笑みはあっという間に消えて、まるで美しい彫刻のように表情が読み取れない。
「⋯⋯ミツドリの変化か。王宮を離れている間に成長したとみえる」
ああ、背の高い彼と目線が近いのは、僕が成長したからか。感情を含まない声と表情は、こんなにも彼の姿を別のものにする。
彼に会いたくて、オリーに無理を言って旅をした。でも、ここにいるのは僕が会いたかった彼なんだろうか?
「よく戻ってきたな」
「⋯⋯ダート」
目の前の王太子は、ダートだ。
信じられない気持ちと信じたくない気持ちが拮抗する。彼は、第二王子のはずなのに?
「お前が戻るのをずっと待っていた。リシュリムの王宮にはミツドリの故郷がある。例え大樹が眠りについても、お前さえいればいい」
「ダート?」
名を呼ぶと、彼は僕の手を取った。手の甲に、ダートの唇が恭しく触れる。
その時、僕の後ろから一気にオリーの魔力がダートに向かって放たれた。それを魔導士たちがせき止める。部屋の中には対抗し合う魔力が渦を巻き、体がまるで地に押しつけられるようだ。
「⋯⋯ッ!」
⋯⋯上手く息が出来ない。
足が、がくがくと崩れて蹲りそうになるところを、ダートに支えられた。
「止めよ! 大事なミツドリが弱る」
ダートの言葉に、部屋の中の魔力が霧散した。
ゴホゴホと咳き込んでいると、ダートが屈んで僕の背をゆっくりと撫でる。彼は、僕の後ろに立つオリーに目を向けた。
「オリヴィ、お前はミツドリを連れ帰った。時間はかかったが、大事な役目は果たしたわけだ。褒美として、命だけは助けよう」
──その男が二度とリシュリムに戻れぬよう、体に印を刻んで他国へ放り出せ。
魔導士たちに告げられたダートの言葉は、まるで抜き身の剣のように鋭かった。
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