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Ⅲ.祝福の子

第11話 祭り①

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 部屋から出ると、廊下にサフィードが立っていた。

「殿下、お加減はいかがですか? まだ起き上がられては⋯⋯」
「もう大丈夫だよ。心配かけてごめん」

 騎士のほっとした表情に申し訳なさがよぎる。ぼくの体は、一体どうしてしまったんだろう。

 広間に行くと、ユーディトはいなかった。
 領主の息子が王子と共に来ているとの噂に、領内から挨拶の人々が次々にやって来る。その応対に追われているようだ。

「今年は、ユーディト様や王子様方がお忍びでおいでだと、民も喜んでいるようです。今朝の湖での出来事も、吉兆だと大変な盛り上がりだとか。祭りはもう始まっておりますが、イルマ殿下、体調はいかがです? どうぞ、ご無理はなさらずに」
「大丈夫だ、シヴィル」
 いたわってもらっているのに悪いなと思いつつ、祭りには参加すると告げた。

「また、無礼講となりますので、村では酒が入って無礼を働く者がいるやもしれません。十分お気をつけて」
「殿下には、私がついている」

 サフィードの言葉に、シヴィルがにこりと微笑んだ。
「さすが守護騎士殿。頼もしい限りです」

 ぼくはふと、シェンバー王子の姿がないことに気づいた。

「あれ? シェンバー王子は?」
「それが、お姿が見えないのです。朝、ご一緒に湖を見た時には確かにいらしたのですが」
「先に祭りに出かけたのかな?」

 セツの隣にいた侍従のレイが、不安げに首を振った。

「王子は、お出かけの際は必ず行き先を告げられます。私もどうなさったのかと心配です」
「殿下、レイは、王子がいないなら自分も仮装しないって言うんですよ」
「王子は一足先に出かけたかもしれないよ。レイもセツと着替えておいで」
 ぼくと同じ末子のセツは、レイを実の弟のように可愛がっている。レイは、ぼくたちに促されて渋々着替えに行った。
 ぼくも、仮装の衣装に着替えることにした。


 ⋯⋯昨日選んだ衣装は、どこへ行った?

 ぼくの前に並べられているのは、どう見ても旅芸人の衣装ではなかった。

「シヴィル、昨日選んだ衣装はどこに?」
「おかしいですねー。たしかに、こちらに殿下の選んだご衣裳を出したはずなんですがー」

 シヴィルの言葉に、どうにも心がこもっていない。あちこち探しているように見えるが、なんとなくいいかげんだ。怪しい。

「ちょっと見つかりませんねー。まあ、他にも衣装はございますので! そちらからもう一度選ばれてはいかがでしょう!?」
 鼻息も荒く、シヴィルがきらきらした瞳で新たな衣装を取り出す。

「もう、今着てるものでいいんじゃ⋯⋯」
 そう言いかけた途端、シヴィルが目をつり上げた。
「殿下! いくら無礼講だとは言っても、上の者がおやめになったら、下の者たちはどう思います? ここは率先して仮装していただきませんと!!」
「そ、それもそうかな⋯⋯」

 ぼくがやらないと言ったら、セツはともかく、レイは仮装をやめるだろう。サフィードも絶対、しなさそうだし。
 祭りの日ぐらい皆で楽しみたい。
 ぼくは思わず、目の前にあった衣装を手に取った。

「これ、似合ってるのかな⋯⋯」
「お可愛らしいですー!!」
 魔術師の恰好をしたシヴィルがパチパチと手を叩く。

 何とかドレスを回避して選んだのは、女神に仕える水の精霊の衣装だ。上下が一続きになっている白地に銀の刺繍の衣装で、首元と袖にはレースがあしらわれている。
 白の仮面を手に取って考える。
 いくらドレスよりはましだと言っても、ひらひらしすぎている。女性ものなのでは?という疑念が拭えない。



「殿下! あ、精霊の衣装ですね」
「わあ! お似合いです」

 広間に出て行くと、セツとレイが走ってくる。

 ──いや、二人の方がずっと似合ってるよ。

 セツは大きな羽の付いた帽子をかぶって派手な役者の恰好をしているし、レイは騎士だ。
 それぞれ一度やってみたかったと、にこにこしている。
 作り物の剣を腰にさげて、嬉しそうな顔をするレイは、とても可愛らしい。

「レイは、騎士になりたかったの?」
「いいえ、ぼくは昔から体が小さかったので、そんな望みは抱いておりませんでした。ただ、シェンバー殿下を拝見しているうちに騎士に憧れました。すごいなって⋯⋯」
「美貌が?」
「いいえ」
 レイは、きっぱりと言った。

「殿下は、毎日必ず剣の稽古と手入れをなさいます。お体の鍛錬もです。守られる存在の方ですのに、騎士のように自ら戦おうとなさるお姿をすごいと思ったのです。恐れ多いことですが、尊敬しております」
 少年の顔には、心からの憧れと尊敬の念があった。
「レイはいつも王子を褒めてばっかりですよ」
「そ、そんなことは⋯⋯。お優しい方なので」
 呆れたように言うセツに、レイが慌てる。

 ぼくは思わず叫んでしまった。
「優しい? 優しいのか、王子は!」
「はい、大変優しい御方です。イルマ殿下もご存知の通りに」
 何の疑いもない少年の瞳を見て、ぼくは何と答えていいのかわからなかった。


 広間でお茶を飲んでいると、ユーディトが神官の姿で現れた。神官の服も白地に銀の縁取りだ。ユーディトの銀髪と翡翠の瞳には、よく映える。

「イルマ! 体は大丈夫なのか?」
「うん! もう平気。ユーディト、神官の衣装がよく似合うね」
「イルマこそ、それは水の精霊の衣装だろう? とても似合っている」

 シヴィルは、満足げに微笑んで言った。
「お二人とも、大変よくお似合いです。まるで今宵のための一対のようですね」
「シヴィル!」
 ユーディトの頬がうっすらと染まる。ぼくとセツは黙り込んだが、レイは可愛らしく目を輝かせて頷いた。

 ⋯⋯そういうことだったのか。
 ユーディトと視線が合って、お互いに目を瞬く。
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